昔、結婚式場で短期のバイトをした時の話
いつも有り難うございます
よろしくお願いします
私の住むところは、公園もあり、ちょっとした水場もあり、かるがもなんかいたりするような住宅地です。
大通りから一本入った細い道路脇には、街路樹が植っていて春には小さな白い花が咲き、歩道は花のトンネルのようになります。
道路上まで伸びた花が咲く枝を傷付けないように…だと思うのですが、宅配のトラックが枝を避けて走るのを見て、運転手さんの優しさに感動。
先日は、この炎天下で汗だくになりながら、街路樹を剪定している植木屋さんに感謝し、そこを通る車を誘導する誘導員さんにもぺこりと頭を下げました。
その現場で働く人しか見えない景色ってありますよね。
皆さんはどんな景色が見えていますか?
「けっこうレアな景色を見てる」
そんな人も多いかと思います。
私は若い頃、よく短期でバイトをしていました。
どうせ短期なのでちょっと面白いようなバイトがいいな〜。なんて思って、ロマンスカーガールもしたりしました。
今回は結婚式場でのバイトのお話です。
私は、披露宴会場で配膳係をしていました。
紺色のワンピースを着てワゴンを押し、それぞれのテーブルに生ハムメロンとか、料理やお酒を運ぶ、お屋敷のメイドみたいなあの人が私です。
結婚式場での披露宴は「鳳凰の間」とかそんな名前がついた大きな広間で、テーブル席をいくつも用意し、高砂席や、親戚一同、仕事関係者、友人…だいたい80人前後のものでした。
披露宴が始まると、照明がおとされ、音楽ととも
に新郎新婦が入場。
二人でテーブルをまわり蝋燭に火をつけて行く。
テーブルに置かれた蝋燭の芯を水で濡らすグループが必ずいて、火がなかなかつかないって事があったりしながら進行。
お祝いの言葉や、電報が読み上げられたり、友人の余興などが始まります。
私はそこにタイミングを見て料理やお酒をだす係。だいたい普通に始まり、普通に終わる。
それが普通。
短期バイトなのでたくさんの披露宴を見たわけではないけれど…忘れられない披露宴が二つあります。
一つは、新婦の父親が亡くなっていて、その父親の兄にあたる伯父が「お祝いの言葉」を言った披露宴です。
私はいつも通りに会場の隅に立ち、ちんまりと控えていました。
司会が「次は新婦の伯父にあたる〇〇様のお祝いのお言葉です。どうぞ」
みたいな事を言うと、すでに酔っ払って顔を赤くした伯父がにこにことマイクの前に立ちます。
「〇〇はこっちの方に眠ってたかな…」
そう言った伯父さんは、マイクを横に動かしてお客さんの方は見ていません。
そしてすうっと息を吸い…大きな声で言いました。
「〇〇!お前が死んで、奥さんの〇子さんが必死に子ども達を育てたぞ!みんないい子に育ったぞ。
今日は〇ちゃんの結婚式だ。見えるか?〇ちゃん凄く綺麗だぞ!これからは〇〇君が〇ちゃんを幸せにしてくれる!……だからな、お前はもうゆっくりと休め…な。」
そう言いました。
新郎新婦、親戚一同、会場みんな号泣。
その中に混じって私も号泣。
伯父さんが「〇〇はこっちの方に眠って…」って言った時点でやばいと思ったんです。
こういうのに耐性が全くない私。
全く関係ないのに会場の隅で涙ポロポロ。
伯父さんってば、言葉に抑揚つけて言うんですよ。
最初は大声で、中盤は語りかけるように、最後は亡くなった弟に語りかけるよう優しく。
いや、これ泣かない人います?
私はその後、半泣きでビールを配りました。
もう一つは…
私は次の披露宴会場へ向かう途中でした。
とある披露宴最中の会場前を通った時、ドアがばーん!と開き、中から4人の男性が黒い何かを引きずりながら出てきました。
その黒い何かは、家紋入りの留袖を着た大柄な女性でした。
四人の男性はそれぞれ女性の手足を持っています。
「うおー〇〇〜!!離せ〜っ!離せぇえ!」
新郎新婦どちらかの叔母?でしょうか…
中年の女性が泥酔して大暴れして叫んでいます。
きっちり結いたであろう髪はぐちゃぐちゃにばらけ、着物も肌襦袢もはだけて足が出てます。
「ぎゃおーす!離せぇえーー!」
叫んで大泣きしたまま廊下に出されていました。
修羅場でした。
うわー…これ、大丈夫かな…
心配しつつ、私の担当の披露宴に向かいました。
その後はわかりません。
披露宴会場でのバイトは、誰かの人生の門出をちょっとだけ垣間見る事が出来て楽しかったです。
日本人は「生ハムメロン」より「生ハムとメロン」の方が美味しそうに食べてくれると思います。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございます。