終末(九)
ゆっくりと車椅子を一〇一号室へ進めると、手でカーテンを押し分けて中に入った。そしてベッドに母を寝かしつける。
「やっぱり一〇四は無いんだね」
「そりゃそうよ」
旅慣れた靖子はそう言って笑った。祐次は説明書きを見つけてそれを読み、注意事項を母に言ったが、余り聞く様子はない。
「あれ、テレビ付くよ」
話を聞いていない靖子が、テレビのリモコンを操作していた。
「無料みたいだよ」
祐次が補足する。
「へー。良いわね」
「一泊一万円だって」
「へー。でも良かったわー」
全く気にする様子もない母の様子を見て、祐次は頭の中で計算を始めた。
叔父の様に十日だったら十万円。
一年居たら、三百六十五万円。
高いと言えば高いが、そんなに生きては居られない。この部屋が良いと言えば、まぁ、払えない額ではないだろう。
祐次は兄と弟の顔を思い浮かべて、弾き出した金額を三で割った。
洋服を来たままベッドに寝っころがっている靖子は、旅行先で一休みしているだけの様にも見える。
「折角だから座ったら?」
靖子はソファーを指差した。祐次はどうしたら良いか判らず立ったままでいたからだ。
「折角だから座りますか」
「そうそう」
靖子に言われて祐次はソファーに腰掛けた。
「簡易ベッドにもなるみたいね」
説明書を読んでいた祐次が言った。
「へー。でも、そうでしょうね」
靖子は一人で納得して頷いた。
「DVDも見れるみたいよ」
「DVDって何?」
英語には弱い靖子が聞き返した。
祐次は仕方ないなという顔をして答える。
「ビデオの丸い奴だよ」
「へー。判らないから良いわ」
笑いながら首を横に振って靖子が答えた。
まるで『旅館の案内』を読んでいるかの様だが、ここは紛れも無く病院である。
その証拠に、やって来たのは『仲居さん』ではなく、『白衣の看護士』だった。