終末(十)
この病院の緩和ケア病棟に入院すると言うことは、死ぬまでもう少しであると聞いていたからだ。
実際祐次の叔父も、ここに入院して十日程で亡くなった。
「そう。じゃぁ、そこの扉を入ってー、
左曲がって突き当りを右ね。
今ね、看護士が準備してるからー、
詳しくはそっちの受付で聞いて見てくださーい」
「判りました」
祐次はどきどきしながら、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の向こうに、車椅子を進ませる。
「よかったねー。ここに入院出来れば安心だわ」
靖子は前を見てそう言った。
「そう?」
入院を喜べない祐次は、疑問形で返す。
病気を宣告され、治療を始めてから一年と四ヶ月余り。
既に覚悟を決めた靖子にとって、今の苦痛から解放されることの方が重要だったのだ。
祐次は、言われた通りの道順を辿って車椅子を押すと、長い渡り廊下の途中に出た。
そこは両方に『小さな絵』が飾ってあるギャラリーの様な場所だが、その時間は誰も居なかった。
「あぁ良かった。ここは人気があって中々入院させて貰えないのよ」
「そうなんだ」
上機嫌で話す靖子の声が、誰もいない渡り廊下に響く。
さっきと違って、まるで『遠足にでも行く女の子』の様にはしゃぐ靖子の車椅子を、祐次は渋い顔でゆっくりと押して行った。
緩和ケア病棟のドアを、祐次は足で押さえながら車椅子を押し込んだ。すると、車椅子同士がすれ違うには少し狭い廊下の奥から、看護士がパタパタと小走りに来る。
「中島さんですか?」
「はい」
「はい」
靖子と祐次が答えた。二人とも中島だったからだ。
「では、一番奥が一〇一号室です」
「はい」
看護士が指差す先を見て祐次が頭を下げた。靖子は小首を傾げてにこやかに挨拶をする。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
靖子の挨拶に看護士は足を止め、そこでお辞儀をした。そして祐次の方を向き、すれ違いざまに声を掛けた。
「後で書類をお渡ししますので、ナースステーションへ来て下さい」
「はい」
もう祐次の答えは、かすれる様な声でしかなかった。