終末(十二)
祐次の母である靖子がこの『一〇一号室』にやって来たのは、師走の十日過ぎのことだ。
夜勤明けの祐次が自宅に帰って来た時、靖子が三度目の嘔吐をしている最中だった。
隣のベッドには夫の祐吾が居たが、脳梗塞でリハビリ中の身では、声を掛けることしか出来ない。もどかしかっただろう。
靖子は最近、食事がまったく食べられなくなり、水で飲んだ薬も吐いてしまっていた。
だから痛み止めも効かなくて、靖子は膨れ上がったおなかを押さえて苦しがった。
「どうしようか。今日先生居るかな」
一息付いて布団の上に座り、靖子が祐次に聞く。どうしようもない、苦しそうな声だ。
洗面器を洗ってティッシュを敷き詰めていた祐次は、カレンダーの赤い丸を見る。
「今日は先生、居る日じゃなかったっけ?」
十二月に入って靖子の治療は『緩和治療』に切り替わり、それまで診てくれていた金山先生から、徳田先生に代わっていた。
金山先生は『若手のホープ』と言った感じのハキハキとした先生だが、今度の徳田先生は少し年上の、どちらかと言うと、のんびりとした感じの先生だ。
どうしようかと言われても、どうしようも出来ない。
祐次は、カレンダーに書かれた徳田の電話番号を途中まで押した所で手を止めると、慌てて靖子の診察券を取り出す。
そして、電話が繋がるのを待つ。
交換台を経て、徳田が電話に出た。
『どーんな感じ?』
今更何が起きても動じない。そんな感じさえする。
「食事は三日位とってなくて、何か食べても吐いてしまいます」
電話が繋がって、祐次は徳田に事情を伝えた。
『薬も吐いちゃうかなー』
その問いに、祐次は受話器から口を離して母に向かって聞く。
「薬も吐く?」
靖子は黙って頷いた。
「はい。吐いてしまって、薬も飲めないみたいです」
『そうかー。薬も吐いちゃうかー』
のんびりとした口調で言う。祐次は眉を顰めた。
今更ながら、母靖子の具合は悪い様だ。
しかし、伝えることは伝えた。あとは指示を待つだけだ。
『じゃぁ、病院来れる?』
「はい」
祐次はほっとする。
理由は色々あるが『これ』と言うことは、できない。