終末(8)
一〇一号室は角部屋で、他の部屋より広い。それに、テレビも無料で見れる。
そう書かれた説明書きを見て、祐次はテレビカードを放り投げた。
「ブルーレイも見れるのか」
「さっきあそこにあったわよね」
「そうだね」
受付の傍にあった娯楽室にブルーレイの棚があり、世界遺産とかそういうシリーズが置いてあった。
「持ってくる?」
「いや、いいよ」
「そう」
写真が趣味の祐次は、そういうシリーズは既に観ていたからだ。
「この部屋すごーい」
秀樹ははしゃいでソファーに飛び乗って腰掛けた。
簡易ベッドにもなる応接セットが一つ、病室に設置してある。
「そうよ。ここは一泊一万円もするのよ」
「ひゃーくまんえん位するの?」
通貨の概念がない秀樹は、祐次と言い合う時に使う『最高額』を提示したのだ。
祐次をベッドに寝かせた春香は、秀樹の方に振り返った。
「そうよ。百万円でお釣り位するのよ」
「すごい!」
秀樹が驚いて答えるのを眺めつつ、実は春香も判っていないのかと祐次は心配した。
春香は祐次の視線を感じたのか、笑いながら祐次の方を見る。
「とりあえずこの部屋に入って、他の病室が空き次第移りますって」
「あぁ、判っている」
そう言うと祐次は目を瞑った。
大分傾いた日の光が、病室の奥まで差し込む。祐次が目を瞑ったのを見て、春香は窓辺に向った。
「別にそのままでも良いけどな」
「そのままじゃ高いでしょ」
祐次の声に答えながら、春香は開け放たれていた窓のカーテンを閉めた。その音に気が付いた祐次が左目を開ける。
「そのままでいい」
この場合の『そのままでいい』とは、既に閉められたカーテンを元の状態に戻すということだ。
春香はそう理解して、カーテンを開ける。
大きな窓の隣にはドアがあって、病室から庭に出ることが出来る。
今日はもう寒いだろうが、明日から緑の芝生で散歩をするのも良いだろう。
庭を巡る遊歩道で疲れたら、東屋で一休み。そこにはコンセントがあり、電気毛布で暖を取りながら長居も可能だ。
窓の外に広がる世界は、何とものどかである。
「じゃぁ、手続きあるから今日は帰るよ」
明日の散歩コースを検討しながら春香が言った。
「うむ。ご苦労」
ちょっと偉そうに、祐次が答える。
春香は、そのふてぶてしい態度にちょっとむっとしたものの、秀樹を手招きして呼び寄せて、いつもの通り笑顔で病室を出た。
春香は一〇七号室の前で、入れ替わる様にやって来た担当の看護士に頭を下げた。そして黙って渡り廊下の方へ歩く。
春香は秀樹の手を握る反対の手に、ハンカチを握り締めていた。そして渡り廊下を歩く間、秀樹と話す振りをして下を向いていた。ここに『父の絵が飾られる』と思うと、とても怖かった。
一〇一号室の様子を見に来た看護士が、西日が射す所で眠る祐次に声を掛ける。
「じゃぁ中島さん、後で夕飯お持ちしますね」
そう言いながら看護士は窓際へ行く。祐次は左目を明けて看護士の顔を見ようとしたが、見えたのは後姿だった。
「はい」
祐次の声は、看護士が閉めるカーテンの音によって遮られた。
祐次は仕方ないなと思って、そのまま目を閉じる。
そして、誰も居なくなった病室で昔のことを思い出した。