終末(10)
秀樹は車椅子から手を離し、両手をブンと振って祐次を見た。その目は『流石おじいちゃん』という目だ。
しかし嘘かホントか、そんな話を春香は聞いたことがない。
祐次に確認したい所ではあるが、車椅子を押しながら黙って聞いていた。祐次は話を続ける。
「それでね、県の美術館へおじいちゃんのお父さんと、お母さんと、兄弟皆で観に行ったんだよ」
「お母さんは?」
秀樹が聞く。お出かけする時に、お母さんはいつも一緒だ。
「秀のお母さんはまだ生まれてない」「なんで?」
「おじいちゃんが小学生の時だから」「そっか」
軽い声で秀樹は頷いた。納得した様だ。それを見て祐次は話の続きを語った。
「いっぱい展示されている中から自分の絵を探したんだけど、中々見つからなくて、どんな絵か説明して皆で手分けして探したんだけど、やっぱり無かったんだよ」
「名前を見たの?」
不思議な話に、思わず春香が口出しをした。秀樹も不思議そうな顔をしている。
春香の問いに祐次は頷いていたが、秀樹の顔を見たままだった。
「そしたら、直ぐそこにあったんだけど、おじいちゃんの絵が『逆さま』に飾ってあったんだ」
「なんでー?」「なんでだろうねー」
笑いながら秀樹が質問した。祐次も笑った。
祐次にとってそれは、未だ謎のままであり、遂に答えられない質問となった。
春香は車椅子を押しながら笑いを堪えていた。そう。ここは病院なのだから。
「だから写真を撮るんじゃないかー」「そっかー」
秀樹は納得したのか再び走り始めた。長い渡り廊下はもう直ぐ終わる。ドアの向こうには祐次が入る病室があるのだ。
「ねぇ、数字の横になんで『同じ字』が、付いてるのぉ?」
少し離れた所にある『ネームプレート』を指差して、秀樹が祐次に聞いた。まだ幼い秀樹が読めるのは、画題に点々とある平仮名と、その下にある数字だけなのだ。
それでも沢山ある中から共通項を見つけるとは、中々筋が良い。秀樹の利発さに感心しつつ、祐次は上機嫌で答えた。
「それは『ぼつ』って……」「秀樹、ドアを開けて」「はーい」
祐次の声は春香の厳つい声に掻き消された。
秀樹は絵の前から離れ、すぐ先のドアに向った。そこにはさっきと同じ様に『引く』と書かれた重い扉がある。秀樹はそれを押す。
祐次と春香の心配をよそに扉は無事に開いて、祐次は再び手を窄めた。しかし、ドアを押さえる秀樹の横を通る時、縮めた右手を伸ばして秀樹の頭をそっと頭を撫でる。秀樹は得意そうな顔をした。