終末(11)
祐次は長い渡り廊下を車椅子で押されていた。両側には小さな絵が窓と窓の間に飾られている。
他に誰も居ないので、春香はそれを見ながら車椅子を押していたが、祐次は西日が眩しいのか目を閉じている。
秀樹がトコトコと車椅子を追い越し、急に立ち止まって振り返る。
「この絵、誰の絵?」「ほら、危ないでしょう」
春香は手を止めた。車いすも急停止する。
さほど怒った声ではないと感知してか、それとも車の前に飛び出したのを反省してか、秀樹は逃げる様に先へと走った。
「走らないの!」
今度は少し大きな声が響いて、秀樹は足を止めた。
しかし、そのまま同じ速度で戻ってくると、今度は動き始めた車椅子の横で止まった。
「ねぇおじいちゃん、この絵、誰の絵?」「ん?」
祐次は左目を開けた。
秀樹は判らないことがあると、すぐ祐次に聞く。祐次なら何でも答えてくれるからだ。春香だとそうは行かない。
祐次は可愛い孫に呼ばれて上機嫌になった。
「これはー、入院している人が、書いたんじゃないかな?」
真っ直ぐ孫の方を見て、祐次は答えた。
「へー」
それはいかにも低い声だった。どうやら有名人とかプロの画家による作品ではないと理解したのか、興味がなくなった様だ。
「おじいちゃんも描いたの?」
しかし入院患者の作品と聞いて、秀樹は質問を変えた。
「おじいちゃんは描かないよ」「なんで?」
祐次の即答、秀樹も直ぐに聞き返す。
春香は『こんな所』で始まった秀樹の『なんで?』に、少しだけ車椅子を押す速度を上げる。
「おじいちゃんは絵が下手だからだよ」「そうなの?」「うん」
春香も秀樹と同じく『そうなの?』と思った。心の中で。
「なんでぇ?」「頭で描いた通りに、手が動かないからだよ」
秀樹の『変な質問』に対する答えを、春香が考えている間に祐次が先に答えた。まるで祐次には『想定された質問』の様だ。
「へー」
右手で頭をクルクルと回す祐次を見て、秀樹は納得した様だ。春香は苦笑いした。
そう言えば春香が子供の頃、絵についてあれこれ批評をする割に、祐次自身は描かないのを思い出す。
「昔おじいちゃんの絵がね」「うんうん」
春香が昔のことを思い出した時、祐次も昔のことを思い出していた様だ。秀樹は車椅子の横に手を添えて頷いた。
「コンクールに入選したことがあるんだ」
「凄いじゃん!」