真実
十一月終わりの小春日和の気持ちの良い日曜日。
駅前の喫茶店で晶さんと会う。
白衣姿ではない彼を見るのは横浜以来。
薄手のグレーのセーター同色のフラノのズボンに紺と白のグレンチェックのフラノのジャケットと相変わらずおしゃれなイケメン振り。
背が高いのでどんなファッションでもよく似合う。
私もやっとムーンフェイスの副作用が治まり、本来の細面に戻っている。
かつての恋人であっても嫌いで別れた訳ではないので、少しでもキレイにしたい。
大好きなリバティプリントのうすいピンク地に小花模様のブラウスとスカート、オフホワイトの短い丈のダントンのダウンジャケット。
私が着くと彼はもう窓際の席に居て、眼の見えにくい私の為に右手を小さく振っている。
コーヒーとレモンティーをオーダー。
「今日はあんみつではないの?」と晶さんが楽しそうに言うので、変な緊張感はとれる。
そして、彼はまじめな表情でゆっくり話し始める。
「一週間程前、サナエ叔母さんに相談したいことがあって電話したんです。そしたら、叔母さんは介護施設に入居しているとマンションの管理人さんから聞いてそこへ連絡しました」
「つい、最近入居したとは母から聞きましたけど、詳しいことは母も知らなくて」
「八年前に叔母さんから聞いた話を今、瞳子さんにして良いか相談したくて。でも、その前にあの話はすべて、私の嘘、作り話だと言われたんです」
「何のことですか?嘘とか作り話とか・・・」私は晶さんの言っている意味が全く分からない。
晶さんは、大きくひと息つくとゆっくり話し出す。
あの時、結婚を白紙に戻した理由となった叔母の話したことを。
「昔、瞳子さんの住む街の神社で、十才の女の子が通りすがりの男にレイプされるという事件が起きた。女の子の名前などは伏せられたが、その女の子が、瞳子さんだと言うのです」
「え?どうして?その事件のことは母から聞きました。母が真顔でひとりで人の居ない所に行ったらダメよ。と何度も言ったのをよく憶えています」
「そうでしたか。そのあと叔母さんは、その女の子がショックの余りその部分だけ記録を失ったままで、しかもそれが原因で生涯子供を産めない身体になった」と。
私は頭がクラクラするのを我慢しながら
「事件の起きたのは夏休みで、私は前々日から臨海学校にクラスの皆さんと行っていて若狭にいましたから、私ではありません。」
「分かっています。よく分かっていますから。」晶さんはコーヒーを一口飲むと続ける
「その話は、信じられなくて。瞳子さんから何も聞いていませんよ」と言うと
「そりゃそうですよ。瞳子は事件のことは覚えていないし、もし思い出していても結婚するあなたに言えるもんですか!」
「そうですね」
「だからね。このことはそっとしておいてほしいんです。瞳子の為に」
「どうして僕に話されたんですか?」と問うと叔母さんは「先も話したけど、瞳子はあなたの赤ちゃんが産めないんですよ。結婚相手のあなたにちゃんと話しておかないと。叔母としてね」
「僕は正直動揺したんです。長男だし、一回り下の妹が居るだけだし。跡つぎがほしいのは事実だし」
私は哀しいやら腹立たしいやら、言葉がうまく出て来ない。
「瞳子さんを守ろうとして結婚をないものにしよう。今ならまだ間に合うとあのとき思ったけれど、逆に辛い思いをさせてしまった・・・」
「それで無理にでも結婚出来ない理由を並べたんですね」
「僕が至らなかった。許してほしい」
「叔母の嘘で晶さんを苦しめてしまったんです。私の方こそごめんなさい。」
叔母は、彼のやさしさをうまく利用して結婚を阻んだのだ。
「でも、なぜ叔母さんはあんな嘘の話しをしたんでしょう?」
私には心当たりがないではなかった。
五十二才で独身の叔母は、隣室に住む若くてキレイでやさしく誠実な晶さんに心密かに恋をしていたのではないか。
二人で居て晶さんの話になると顔が輝いていたのを思い出す。
毎日、一回でも顔を合わせて挨拶するだけでも、心満たされていたのかもしれない。
時々でも自分の手料理を持って行き、好きな人に食べてもらうことも大きな喜びであっただろう。
しかし、そこへ姪である私がやってきて十日もしない内に結婚すると言い出したのだ。
きっと叔母は驚き、とり乱し、嘆いたかもしれない。
そして、その叔母の思いは、私も晶さんも全く知らないのだ。
だからこそよけいに、何とか結婚をやめさせよう。
せめてこのまま今の暮らしを続けたいと思ったのだろう。
叔母に伝言を頼んだ十一時五分のひかり号の発車時刻も一時間遅く晶さんに告げてもいた。
だから、彼は見送りに来なかった。いや来るには来たが、私はもうとっくに新横浜を出発して大阪に向かっていたのだ。
何も知らずお互いにすれ違った気持ちのまま別れてしまったふたり。
再会した今、何かを、すべてを取り戻せるだろうか・・・




