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春の虹  作者: 悠木 泉
4/6

闘病

物差しで測ったように規則正しい眼科病棟の生活。

面会時間に各々の家族や友人が見舞いに来る時だけ賑わう。

私はステロイド剤の点滴を一時間毎日続けている。

段々身体が辛くなってくる。

だるさも加わってベッドに横になっている時間が長い。

眼も完全には見えない。

不眠の為、夜中に目が覚める。

その度、電灯をつけて自分の両手のひらを見る。

ちゃんと見えているか。眠っている間に見えなくなっているのではないか。

朝起きたら見えなくなっているのではないかと怖かったのだ。

 入院五日目。

同室のおばあちゃん二人が白内障の手術を無事終え、退院された。

私とは病気が違うのだからと分かっていても、なかなか良い方向に行かないことに焦りと不安がつのり出す。

 いつもの朝の診察室。

いつも通り私と晶さんだけが居る。

仲良くしてもらっている同室のAさんが外の椅子に座って私を待っていてくれる。

一通りの診察が終わったあと、我慢出来なくなり、晶さんに今の悩みを打ちあける。

彼はじっと話しを聞いていたが、いつもの冷静な口調ではなくやわらかい感じで言う。

「ステロイド剤は諸刃の剣で眼を救うために、いろいろな副作用が出てくる。でも、使っていくと眼は元に戻るし、辛い副作用も点滴が終われば治ってくる。もう少しの辛抱だから。僕がついてるから」と。

そう言われて私は泣きたいのをこらえつつ頷く。

昔のことがあっても今の彼は、医師でしかないのだから感情的になってはいけないと自分に言いきかせるのに、何とも情けない。

 すると、彼は私の手をそっと握ってくれる。

それは医師としてなのか、かつての恋人としてなのか、両方なのか私には分からない。

涙がにじんでより見えにくい眼で見上げると晶さんはやさしい表情をしている。

私は両手に残る彼の手の温もりを感じたまま外に出た。

 私は彼を愛していた。毎日別れてからも叔母のマンションに帰るのもいやで、隣の彼の部屋に居たいとも思ったが、叔母が退院して来ているので、それは叶わなかった。

青春の日の思い出と言ってしまえばそれまでだし、彼を憎むことで忘れようとさえしてきた。

それなのに、こうして再会してしまうといろいろな事が思い出される。

何より困ることは、晶さんへの想いを思い出してしまったことだ。

彼が未だに独りでいると分かっても、どうにもならないのに元に戻らないのに。

十分わかっていることなのに…。

 翌日の午後。

回診に来た晶さんは一通りの症状を聞いたあと、テーブルにカップ入りのコンビニのあんみつをひとつ置いて行った。

もう一度目を凝らして見たが確かにあんみつがのっかっている。

何も言わすニコッと笑うとカーテンを開けて出て行く。

私の大好物があんみつであることを覚えていたらしい。

あの頃、喫茶店に入るたびあんみつを注文していた。

そんな私をコーヒーを飲みながら「好きなんだね」と笑って見ていた彼の顔を思い出す。

先と同じようにちょっと悪戯っぽい表情だったっけ。

 点滴を初めて一週間が過ぎると視力は大分戻ってきた。

副作用による身体の不調は続いていたが、ピークは超えたように思う。

唯、顔が満月のようにまん丸くふくれるムーンフェイスという副作用は嫌でたまらない。

目つきも鋭くて顔がかなりいつもと違っているのだ。

目に見える副作用はやはり辛い。

 同室でいつもおしゃべりをして楽しくすごせたAさんや他の患者さんたち。

私が一番年下なのに、彼女たちに何もしてあげられず、ほとんどベッドの中に居たことは心苦しかった。

二週間の点滴が終わり私は退院した。

最後の日。

晶さんは「退院して落ち着いたら一度外で会いたい。話したいことがあります。」と言う。

私も同じ気持ちなので承諾する。

退院しても副作用はまだ残っているし、眼が歪んで見えるのも同じ。

 退院して三日後。第一回目の通院日だ。

引き続き晶さんが主治医なのはうれしい。

ステロイド剤の点滴は終わっても、これから半年間ステロイドのプレドニンという白い錠剤を飲み続けなければならない。

最初は八錠から始まり段々数を減らしてゆく。

目薬も引き続き差してゆく。

 それでも、通院に変わりほっとする。

商社を三十才でやめたあと、自宅近くの小さいインテリア会社で事務の仕事に就いていた。

体調が戻るまで休んで良いとのことで安心する。

 その後は変わったことがなければ、一週間に一度、病院に行く。

少し歪んで見えるのと、副作用でかなり筋力が落ちていて歩くのもままならないので、母が付き添ってくれた。

診察室で母は初めて晶さんに会った。

事情は何であれ、母から見れば彼は“娘を振った男“にしか見えない。

「お世話になります。どうぞよろしくお願い致します」と型通りの挨拶をすると出て行ってしまう。

 退院して二ヶ月が過ぎた診察日。

いつも通り眼底検査が終わると晶さんは「体調がよければ、来週の日曜日に会いたい」と小声で言う。

次の患者さんが待っているので、私は何も聞けず外へ、“時間と場所はあとでメールします“と書かれたメモをもらって。

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