再会
すべての横浜での思い出を残し、結婚を決めていて急に白紙に戻った晶さんと別れてから八年の月日が流れた。
2002年9月。私は、吐き気や頭痛、歩くとフラフラする奇妙な浮遊感に襲われる。初めは貧血かと思っていたが、白い壁を見ているとグレーの影が映ったり、次の日には、白いのに黄色に見え、真っ白い雲までも黄色に見えて、眼科に行った。最初に前にかかったことのある所に行くと老眼のはしりだと言われる。まだ34歳なのに老眼?おかしいと思うがその時は、それを信じて帰宅。
しかし次の日、真っ直ぐな柱が歪んで見えたり、明らかに視力が落ちているので、もう一軒の眼科を訪れる。
検査をされた後、先生は穏やかな表情で「原田病かもしれません。明日の朝、市の病院に行って下さい」と紹介状を書いて下さる。聞き慣れない病名。家に帰り、医学書で調べると「たちの悪い眼病」とあった。
翌朝、フラフラと夢遊病患者のような地に足の着かない状態で市の病院に向かう。
視力検査、目薬で瞳孔を開いて造影剤を注射して眼の奥の眼底検査などのあと、診断はやはり
「原田病です」
視神経に水がたまって腫れ、物の見え方が変わる他、視力もいつもの半分以下に落ちているし、全身にいろいろな症状が出る免疫疾患のひとつという。
私を診て下さったのは関西では五本の指に入る名医。
すかさず「治りますか?」と聞くと先生は「治るけどすぐまた再発します」と返事。
厄介な病気だと思ったが、とにかく今落ちている視力を戻してもらわないと生活できない。
再発するかどうかは先のことなのでひとまず棚上げすることにした。
それでも、目薬をもらったら帰れると思っていたが、すぐにステロイド剤の点滴をするという。
ステロイドの副作用や炎症を抑えるには最強の薬であり、それだけに結構こわい薬であることは知っていた。
失明するわけにはいかないので、投与してもらうしかない。
家に帰ることも出来ず、早速入院する。
個室を希望するが空がなく四人部屋に入る。
二人は白内障、一人は網膜剥離の患者さん達だ。
皆さんいい方で安心する。
四人の中では私が一番若い。初めは目は見えにくいものの、元気で食後、運動不足になるので長い廊下を何往復も歩いていた。
しかし、ステロイド剤の点滴がつづくと段々身体がしんどくなってくる。
発熱、吐気、頭痛、胃の痛みに見舞われる。
その割に食欲はあるので、毎食完食していたが、副作用が出てくるのに眼は良くならない。
本を読むにも、テレビを見るにも歪んで見えるので疲れるだけ。
持って来たCDを聞くしかなかった。
眼科病棟の朝は早い。
毎朝八時過ぎるとアナウンスが流れ、各病室から患者さんたちが同じ階にある診察室前に集まる。
いつもの十人のメンバー。
待つために置かれている椅子に座っておしゃべりしながら診察を待ついつもの光景。
私は眼底を診てもらうので、瞳孔を開く目薬を入れて十五分待つ。
そのため、診察は一番最後になる。
入院三日目。
部屋に入ると見慣れない先生が居る。
見えにくいけどそれくらい分かる。
先生はにこやかに笑っているようだ。
その顔を見て私は驚いてしまう。
その医師はかつて、結婚を二人で決めたにもかかわらず、こわれてしまった相手の晶さんだった。
あのとき、医学生だった彼も立派な眼科医になっていた。
昔と変わらないイケメン振り、細身のままで初めて出会ったときに彼が着ていたバーバリーのベージュのトレンチコート姿が思いだされる。
他の患者さんが病室に引き上げた診察室に私たちだけが残った。
「久しぶりですね」晶さんは相変わらずにこやかな表情で言う。
カルテの私の苗字は変わっていないし、住所も同じ。
私が独身であることは分かるだろう。
話したいことは山ほどあるようで、何もないようで…。
唯、八歳年をとった私を彼はどう見ているだろうと気になる。
しかし、ここでは医師と患者以外に何の関係もない。
プライベートなことは、ほとんど話せないし、今更何を言って良いのか分からないし。
私は気持ちが整理出来ないまま「よろしく、お願いします」とだけ言うと診察室を出た。
病室に戻ると一番親しい十歳年上のAさんが「遅かったね。何か重大な話しでもあったのかと思ったの」
勿論、本当のことはまだ言えない。
いつか落ち着いたら聞いてもらうかもしれないけれど。
同室のおばあさん二人にも、Aさんにも向かいの部屋の男性四人にも晶さんは信頼出来て、やさしい先生と慕われている。
皆さんの話しからそれが分かって、自分のことのように嬉しい。
病を抱えている人は誰でもそうだが、些細なことにも変化にも敏感で不安がつきまとう。
その思いをしっかり受け止めて話しを聞き、患者の分かるように、分かるまで説明し、理解してもらう。
良い面も悪い面も含めて。
時間と根気の要る所だが、晶さんはそれを惜しまず接してくれるからと思う。
特に現役を退いたおじいちゃんたちには、「長い間、ご苦労様でした」と必ず敬意を払い、彼らの昔話や自慢話にも熱心に耳を傾けているのもよく知っている。
八年前の頃からやさしい人だった。
デート中、道端にいた迷い子の仔犬を抱いて飼い主を探し回ったり、重そうな荷物を持ったお年寄りを見ると、さり気なく力を貸したり。
その度に私に「時間とっちゃた。ごめんね」と謝るけれど、そんなこと全く構わなかった。
それに、“やさしくしました“という様な恩着せがましい所は微塵もない。
むしろ、そういう彼のやさしさが心に響いたものだ。
私も女だから、誰よりも私にだけやさしくしてほしいと思うことはある。
しかし、やはりそれは違うと思う。
晶さんと別れて二年後、私のことを心配した友だちが紹介してくれた人と二、三回食事に行ったことがある。
私を気に入ってくれたのか、やさしいというか、ベタベタしてくる。
買い物をすると持ってくてたり、座るときは椅子を引いたり、ドアは開けてくれたりと。
それがやさしさとは思っていなかったが、三回目にランチを食べにレストランに入ったときだ。
土曜日のお昼とあって店は混んでいた。
注文したが、なかなか料理は来ない。
やっと来たと思ったら、明らかに私たちより後に入店したカップルの所に運ばれたのだ。
しばらく待ったがまだ来ない。
すると、連れのその人が、まだ若い女の子のスタッフさんを大声で呼びつけ叱り始めたのだ。
今にも泣き出しそうな彼女は、それでも頭を下げて謝っている。
「もう、いいでしょう。もうやめて」と私が言っても聞かない。
支配人さんが来てやっと治ったが、私はこの人と一緒に居ることが恥ずかしくて情けなくてサッサと食事を終えて出て行きたかった。
しかし、その人は私の気持ちなど理解するどころか
「ああいうスタッフには、パシッと言ってやらないといけない。また同じことを繰り返すから」と、さも自分が良いことをしたようにさえ言う。
私は「大勢の人の前で、大声で叱られた彼女の気持ちは考えないんですか?」と問うた。
するとバツの悪そうな顔で、作り笑いを浮かべて黙っている。
私がその人と二度と会わなかったのは言うまでもない。
自分より立場の弱い人、反論したくても出来ない人に対して言いたいことを大勢の人の前で言うのは間違っていると思う。
本当に相手のことを思いやれるやさしい人なら、そんなことはしないし、するはずもない。
かつてのことを思い出しながら、改めて晶さんのことを考えていた。




