別離
大阪に帰る前日の午後、私たちは町田市内にある喫茶店に居た。
午前中、晶さんは大学に行っていたから会うのが遅くなっていた。
何だが彼の様子が変だ。
思い悩んでいるような、少し哀し気な表情も気になる。
しばらくの沈黙のあと静かに口を開いた彼は
「突然だけど、結婚の話しは白紙に戻してほしい」
私は彼が言っていることがすぐには理解出来ない。
「なぜ?私が何かしたんですか?」
「ちがいます。瞳子さんは何もしていない。これは僕の問題だから」
「じゃ、分かるように話して下さい」
彼の実家は岩手県花巻市。
父親は県会議員をしていて、地元ではかなりの名家であることは聞いている。
そのご両親が結婚を反対していると言う。
「僕の結婚相手は地元からもらえと言って来て。それにまだ学生なのだから卒業して一人前の医師になってからでも遅くないと」
「ご両親の言われるようにするということ?」
「僕に両親を説得する力が無くて申し訳ないです」
私と結婚したくなくなったから、いろいろ理由を並べているようにしか聞こえない。
「ご両親が承知してくださるまで待っていると言ってもダメなんですか?」
「僕の都合で、瞳子さんに迷惑はかけられない」とまで言う。
腑には落ちないが、気が変わらないならもう仕方がない。
目の前に居るのに、急にこの人が遠い人のように思える。
すぐに決めた結婚ならすぐに覆るということか。
ひとつだけ確かめたいことがあってたずねた。
「私と結婚しようと思ったことは本気ですか?」
「勿論、本気でした。」しかし、「本気でした」ともう過去形になっている。
この人に何を言っても私が惨めになるだけ、もうやめようと自分に言いきかせ席を立った。
叔母のマンションには送ってくれたが、もう何も話さなかった。
早く帰って来た私を見て叔母は驚いて
「どうしたの?何があったの?」とたずねる。
隠していても分かることだから、先のいきさつを話す。
「まぁ、何てこと!かわいそうな瞳子」と言って抱きしめてくる。
妙に芝居がかって気味が悪い。
「私から晶くんにもう一度考え直してやって下さいと言おうか?」
「本当に言ってくれる?」
「いいわよ。かわいい姪のためだのも」
「叔母さん。ついでに明日の午前十一時五分のひかり号で帰るから最後にもう一度会いたいから見送りに来てと言って。」
叔母は頷くと隣りへ出向って行った。
私が行くべきなのだが、今は彼の顔は見たくないし、きっと彼も同じだと思ったのだ。
しばらくして叔母が帰って来る。
「残念だけど、やっぱり決心は変わらないって。私の力不足ね。ごめんね。」
翌朝。晶さんは大学へレポートだけ出すとあとはフリーだと言っていたので十一時すぎのひかり号にしたのだ。
私は朝から叔母の身の回りのことをして食事もニ、三日分作って冷蔵庫に入れておく。
「叔母さん、帰るわね。何かあったら電話して」
「ありがとう。お世話になったわね。送れないけど気をつけて。姉さんによろしく。」
十時十分。
新幹線の新横浜駅に着いた私は晶さんを待っていた。
時計の針は進んで行くのに彼は来ない。
十時二十分。
叔母のマンションに電話しようとテレフォンカードを握りしめ、売店の公衆電話まで行くが、三人順番を待っている。
列に並びながらも私の乗る指定席の車両を見ているが、彼は姿を見せない。
やっと私の番が来たのはもう十一時五分前。
電話は出来ぬまま、あわてて走ってひかり号に乗り込む。
座席に荷物を置いてドア付近で見回すがやはり姿はない。
結局、晶さんには会えなかった。
せめて、見送り位来てくれるだろうと思った私が甘かった。
もう、結婚はないものとした以上、そんな女にかかわりたくないということだろう。
冷めた彼の心が分かって、却って良かったと思った。
ひかり号は、徐々にスピードを上げて行く。
時速二百キロ以上のひかり号の力を借りて、彼への想いも、思い出も、哀しみもすべて振り切って行こう。
横浜にすべての想いを残して行こう。
私は心に決めた。




