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春の虹  作者: 悠木 泉
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出逢い

一九九四年五月、ゴールデンウィークと有給休暇を連ねての十日間の休みを使って私は大阪の自宅から東京都町田市に住む叔母のマンションに向かっていた。

母の妹である叔母のサナエは五十二才で独身。

若い時から生まれた大阪を離れて東京で暮らしていて、つい最近、町田市に転居したのだ。

その叔母が二日前に自宅で転び左足を骨折。

世話をするために新大阪から新幹線ひかり号を利用して、新横浜駅を目指している。

叔母はしばらく入院しているので、その間はゆっくりマンションで暮らして横浜見物するつもり。

新横浜駅から横浜線に乗り換えて七ツ目の町田駅で降りて、歩いて五分程の場所。

マンションに着くと管理人さんに連絡が入っていて、鍵を開けてもらう。

大阪土産の天むすを二折渡し病院のことを聞く。

 荷物を置くと同じく天むすを二折持ってお隣りのお部屋を訪れる。

管理人さんも一緒に来て下さる。

お隣りの方が動けない叔母を病院まで車で運んで下さったと母から聞いていた。

出て来たのは意外にも若い男性だった。

細身で背が高くかなりの男前、何かドキドキしてしまう。

私は長身の美青年に弱いのだ。

自己紹介し叔母のことにお礼を言う。

「いえ、大したことはしてませんよ。わざわざありがとうございます」とさわやかな口調と笑顔が好印象を与える。

「しばらく叔母の所におりますので、よろしくお願いします」

それが、私と晶さんの出会いだった。

今から叔母の病院に行くつもりだと言うと車で送りますと言う。

勿論、地理には全く不案内だから助かる。

そのまま、彼の親切に甘えて病院へ二人で向かう。

 叔母は私の顔を見ると喜んだ様子。隣りに立つ晶さんにも満面の笑みを見せる。

途中で買った花をガラス器に入れる。タオルなども取りかえて、また彼の車でマンションまで帰った。

たった十五分位だが、彼が医学部の学生で来春には卒業すること、年齢は二十四才ということなど話す。

私より二歳年下になる。

明日から連休に入るので、大学も休み。

横浜には初めて来たと言うと、良ければ案内しますと言ってくれるので頼むことにした。

 翌日、二人で歩いて町田駅まで行き、そこから電車で移動することにする。

横浜の名所であるマリンタワー、外人墓地、横浜港など見て回る。

ユーミンの歌で有名な山手の「ドルフィン」というレストランで食事したり。

元々、方向音痴な上に何よりここでは道すらよく分からない。

とにかく、彼だけが頼り。

まじめな人だとは叔母からも管理人さんからも聞いていたので、安心して任せるしかない。

横浜は初めて訪れた街だが、同じ港町の神戸の大学に通っていたので、似た感じかと思っていたが、やはり少し違う。

海と街までの距離が近いためか全体にゴチャゴチャした印象。

エキゾチックな雰囲気は同じでロマンチックではある。

次の日も、私は面会時間に叔母の病院に行き世話をすると、あとの時間はほとんど晶さんと過ごした。

横浜だけでは足りなくて鎌倉まで足を延ばしたりもした。

歩き疲れて遊び疲れて乗った横浜線で隣りに座っている晶さんにいつのまにか、もたれてウトウト眠っていたこともあった。

眠っている私の為にわざと一駅二駅のりすごし、自分が眠ってしまったからと言うような人だった。

 ある夜、渋谷まで映画を観に行って思ったより遅くなってしまったことがあった。叔母には映画館の公衆電話から遅くなると連絡したが、電車を乗り継いでいると時間がかかるのでタクシーで帰ることになった。

渋谷駅前のタクシー乗り場まで歩いてゆく。

自然と手をつなぐ、歩いている内に人波が多くなり、今で言う指と指をからめる恋人つなぎになってしまう。

私は恥ずかしいけれど、うれしくてタクシー乗り場がもっと遠かったらいいのにと思ったものだ。

 とにかく人混みに流されて彼とはぐれないようにしなければ。大分待ってやっと乗ったタクシー。身体のどこかが触れ合っていないと安心出来ないのか、晶さんの右ヒザと私の左ヒザが車の振動に合わせて触れたり離れたりしている。

私の左手と彼の右手は先と同じ恋人つなぎのまま。

東京の夜のおびただしい光の洪水。

宝石を砕いて撒き散らしたような夜景に見とれながら、心はドキドキ。

時々、隣りの彼を見ると緊張しているのか、意外と真剣な表情。

気になって左手に少し力をこめると、私の方を見てほほえんでくれる。

 私は大学卒業後、商社に勤めていた。

入社して五年が経っていて、そろそろベテランの仲間に入ろうかという立場。

仕事は自分に合っていたのか、楽しくすごせてはいる。

唯、男性と長いおつき合いをしたことがなかった。

人見知りが激しく口下手で不器用な人間だったので、男性から声もよくかかったし、交際を申しこんで来る人も結構いたが、どうやってつき合えば良いのか、何を話せば良いのか分からず、つい引っ込んでしまう。

私から積極的になることはないので、皆好かれていないと思うのか何を考えているのか分からないと思うのか、すべて長く続かなかった。

そんな中、晶さんだけは違っていた。

強引とか積極的とかではないが、いつも私を気づかってくれて、何を言ってもやさしく同じ態度で接してくれる。

私が話し易いようにうまく持っていってくれる。

いつの間にか、自分が人見知りで口下手な相手が喜ぶようなことも言えない不器用な人間であることを忘れていた。

晶さんにそんな自分の悩みを打ち明けたとき。

「今のままの瞳子さんで良いですよ。そこがステキだから」と照れながらボソッと言ってくれたのが、とてもうれしかった。

良い所も至らない所もすべて、あるがままの自分を受け止めてくれる人。

そんな人に私は会いたかったのだと改めて気付いた。十日間の私の休日もあと二日を残すことになった日。

私は晶さんから「来年の春、卒業したら僕と結婚して頂けませんか?」と言われたのだ。

驚いたけれど、何か予感めいたものもあり、言葉では言い表せないほどうれしかった。

身体を流れる血が急に熱を帯びて勢いよく流れているような気がした。

「私で本当に良いんですか?」

「はい。瞳子さんのことが大好きなんです」と少し恥ずかしそうに言う。

私は唯、大きく頷くと

「とても嬉しいです。ありがとうございます」と続けた。

たった十日でお互いの何が分かると言われるかも知れないが、私たちは同じ気持ちになっていた。

気持ちがひとつになるのに時間の長さは関係ないと思う。

とにかく、私は仕事もあるので一度大阪に帰り、両親に結婚の話しをして休日にまた会うことを約束する。

横浜と大阪の中間地点である名古屋で。

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