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その頃の白馬

 多くの犠牲を払いましたが、私は無事に下層へと脚を踏み入れることに成功しました。

 ホエズラーは、どんなにやり直しをしても私は死ななかったと言っていましたが、それも当然かもしれません。

 彼自身が言っていた通り、私は生き物ではありません。


 決して立ち入ってはならない洞窟へと入ると、偽りの白馬の体は徐々に消滅して本来の姿になりました。私は妖精だったのです。

 妖精と言っても池や水辺を守護するナイアデスのような力はありません。ただ、その分身のような存在のため容姿はとても似ていますし、お互いの意識もほんの一部ですが共有しています。


 さて、私がなぜ下層を目指しているのかと言えば、どうしてもお会いしたい方がいるのです。

 そのお名前はカッツバルゲル。そうです。今の青毛の二代目ではなく、遥か昔に息を引き取った白毛の先代カッツバルゲル様です。

 あのお方は、優秀とは程遠い天馬でしたが、とても慈悲深い一面を持っていらっしゃいました。


 カッツバルゲル様は、荒れ果てたこの森と茶色に濁った泉をご覧になられて……とても心を痛めていらっしゃいました。

 今、泉を守護するナイアデス……姉も、当時は小指の先くらいの大きさの妖精でした。フェアリーとすら呼べない弱々しい姿で、4番目の妹である私と必死になって助けを求めたのです。


 恐らくですが、まっとうな天馬なら相手にすらして頂けなかったでしょう。優秀な天馬なら残ったマナをごっそりと取って荒れ地にしてしまう。そう思えるほどにこの泉は枯れ果てて滅びようとしていました。

 しかし、初代カッツバルゲル様は違いました。自分にできることを精一杯やると仰ってくださいました。


 カッツバルゲル様は、何の価値もないであろう泉の守護聖獣になられました。

 それだけでなく、姉……今のナイアデスに霊力を分けて下さった。姉はその恩に報いようと献身的にカッツバルゲル様を支えました。

 私はそんな姉を誇りに思いました。彼ら、彼女らの働きで森が蘇っていくのを眺めるのが、何よりもの至福のひと時。この世の極楽がここにあるとさえ思えたほどです。



 しかし、私たちの幸せな生活は長くは続きませんでした。

 森の木々には人間と言う恐ろしい天敵がいたのです。森が蘇ろうとするたびに、彼らは姿を現しては木々を切り倒し、川の水を汚し、カッツバルゲル様に危害を加えようさえしました。

 私はしきりに人間を討伐するようにご忠告しましたが、カッツバルゲル様は「いつか彼らも理解してくれる」と言って聞き入れて下さいません。

 そしてある日……恐れていることが現実となったのです。


 カッツバルゲル様の角を取ろうと、ホーンハンターたちが襲い掛かってきました。

 私も姉も必死になって抵抗しましたが、人間たちは戦いなれている上に数もいます。善戦もむなしくカッツバルゲル様はお亡くなりになり、私はボロボロになりながらも角を抱えて、この洞窟へとやってきました。

 すると、角は光り輝いて異界への扉を開く役割を果たしたのです。カッツバルゲル様が神獣となられていたからなのか、それとも元々ここが特殊な場所だったのかは私にはわかりません。



 そして、まだ弱かった私は、弾き飛ばされて荒野へと投げ出されていましたが、はっきりと確信していました。あの奥に行けば、再びカッツバルゲル様に出会える。

 そう思って、お姉さまナイアデスに相談しましたが、彼女は聞き入れてはくれません。それどころかこう言いました。


「フォーよく聞いて。カッツバルゲル様の後継者となる、新たな一角獣を連れてきて欲しいの」

 私は自分の耳を疑いました。

 姉は最もカッツバルゲル様に愛され、力を授けられ、泉の守り手という地位まで与えられた妖精です。本来なら誰よりも、カッツバルゲル様の身を案じなければならない存在なのに、あっさりと主君と言える方を見捨てて新しい一角獣に乗り換えようとしている。

 カッツバルゲル様のかわりはいない。かわりなど絶対にいない。そう思いながら私は野へと下りました。



 森から出たとき、私の姿は黒い角を持つ白馬になっていました。

 恐らくこれは、主君へ対しての憧れと姉への意趣返し……そして人間への復讐心が、そうさせたように思えます。神々しい姿で近づいて人間を堕落の底へと導いていく。神獣の姿をした悪魔。

 私を影で悪魔と言っていたホエズラーには案外、人を見抜く力があったのかもしれません。

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