カッツバルゲルの判断
あれから数時間ほどで、エストック一行は帰還した。
誰ひとり欠けることなく戻ってきただけでなく、解放した女性や少女を十数人連れてきている。
「あなた。無事に救出に成功しました」
「なるほど。ゴブリンが人質に危害を加えたりはしなかったか?」
そう質問したら、マイフが結果を報告してくれた。
「リーダーであるゴブリンナイトを奇襲によって倒したら、大半のゴブリンが戦意を失い逃走しました。一部のゴブリンは隣の土地に潜んでゲリラ戦を仕掛けてくると思われます」
「なるほど。少し兵を休ませたらマイフ隊に討伐を頼むが……構わないか?」
「お任せあれ!」
吾は、エストックたちが連れ帰ってきた女性たちのことが気になっていた。
報告では80人前後の女たちが捕まっていたと聞いていたので、数が合わないことが気になる。
「……ところで彼女たちは?」
「解放した後、女性たちを冒険者街へと帰しましたが、彼女たちは職場や家を壊されてしまったので……」
「あの……」
そう言いながら歩み出た少女には見覚えがあった。
ホエズラーがクソ女と呼んでいたギルドの受付嬢である。彼女の名はゾーイ。僕が冒険者だった頃に所属していたギルドは小さいところで、実質的に彼女がギルド長代わりに様々な調整を行っていた。
「カッツバルゲル様のお噂は、かねがね聞いています。私たちも部下にして頂きたいと思い……今日は参りました」
僕は少女たちを見た。
中には冒険者と思われる者も混じっているが、大半は町娘といった感じだ。ピーターたちのような一人前の冒険者を受け入れるのとはワケが違うだろう。
「ご覧の通りここは魔境だ。魔物や野生動物の不意打ちで命を落とすかもしれないけど……」
「この泉の側に、村を作ってはいかがでしょうか?」
元ギルドの受付嬢ゾーイは、泉と森の間にある原っぱを見ていた。
確かに、ここを整備すれば集落だけでなく畑も作れるので、今年の食糧さえどうにかなれば住んでもらうのもいい考えかもしれない。
「わかった。ひとりひとりの魂の価値を調べるから一列に並んで」
「はい」
僕は17人の女性や少女たちの半生を、角を用いて調べてみた。
ゾーイをはじめとした3・4人の優等生と、少し普段の行動に釘を刺しておいた方がいい普通の女の子たち。そして過去に犯罪を繰り返し、今回も再犯すると思われる者も混じっていた。
「君たち3人は臣下には加えられない」
「え? どうしてですか!?」
「例えば君は、過去に24回も人の物を盗んでいる」
「なっ……」
「そして真ん中の君は、ゴロツキと手を組んで強盗や美人局を行ってきたし、ゴロツキも用無しになると別のゴロツキと手を組んで謀殺している」
吾は更に修道士風の女性にも言った。
「君はシスターとしての面倒な仕事を全部後輩に押し付けたうえに、自分のミスを他人になすりつけ、業務上で知り得た信者の秘密を平気で他人に話したり、場合によっては売ったりもしてきた」
その女たちは食い下がってきたが、吾は一歩も譲らなかった。
やむを得ない事情があったり、初犯で改善の見込みがあるのなら精霊と相談して決めることも考えるが、ここまで普段の生活が乱れている者を泉の側に置いておくわけにはいかない。
「早々に、精霊様の前から立ち去るようにっ!」
嘶きと共に叫ぶと、マイフ達狼隊が強制的に問題の女たちを引きずり出した。
その様子を眺めていたフローレンスは、心配そうに吾を見てきた。
「今の女たち、冒険者街で噓偽りを噂として広める可能性がありますが……放っておいてよろしいのですか?」
「君はどうするべきだと思うんだい?」
「……然るべき制裁も必要では?」
普段が穏やかなだけに、フローレンスがここまで強硬な言葉を口にすることは意外だった。
「…………」
確かに、一理ある意見でもある。今のシスターあたりには虚言癖もありそうだったし、噂というものの威力はバカにはできない。
「…………」
でも……ここはあえて僕という昔の1人称を使って、自分の考えを伝えることにした。
「フローレンス。僕たちはハデスや東方のエンマという裁判官じゃない。戦う意思のない者の命を勝手に裁くようなことはできないよ」
「た、確かに仰る通りです。出過ぎたことを申しました」
「いいや。君の言っていることも的を射ている。女子供を人質に立て籠っている悪魔一角獣という噂が広がったら、冒険者街から大規模な討伐隊が派遣されるかもしれない」
吾はそこまで言うと冒険者街を睨んだ。
さっき追放した3人は、そういう噂を流しかねないほど魂が濁っていた。ゴブリンの軍勢に大いに荒されて威信を傷つけられた冒険者たちも、手っ取り早く手柄を立てて名誉を挽回しようとして勝負を挑んで来る可能性がある。
「問題は、復興作業が落ち着いたとき……つまり春先か」
「用心するに越したことはありませんね」




