冬備えの季節
8月も無事に終わりを迎え、いよいよ短い秋が訪れようとしていた。
今までは強かった日差しも和らぎはじめ、木々や動物たちも冬支度を本格化しようとしている。
そして、僕のダンジョンマスター帳にも、霊力分のマナ600ポイントが加算されていた。
フローレンスたちが森から集まった554ポイントを集めてくれて、マイフ隊への100ポイントを支払っても、1000を越えるマナが集まっていた。
「今月、何かマナが必要なことはあるかい?」
そう妖精たちに聞いてみると、フローレンスはどこか不安げに答えた。
「木々に冬備えをさせたいので、500ほどマナを頂けませんか?」
「わかった」
マナを渡すと、妖精たちは忙しそうに木の根や幹にマナをまき始めた。その様子を眺めているとエストックも僕を見てきた。
「冬場になると、森からのマナも半減すると精霊様から聞いています。木々にマナを分け与えても大丈夫でしょうか?」
なるほど、エストックの領地でもマナを蓄えたいという要望があったのか……ダンジョンマスター帳で確認してみると、彼女は十分なマナを持っている。
「可能なら、妖精たちの希望に沿ってあげて欲しい」
「わかりました」
彼女もマナを500ほど領地に振り分けたようだ。冬場のやり繰りを考えると、残りのマナは貯めておいたほうが賢明だろう。
ダンジョンマスター帳を閉じると、弟子のピーターとデイヴィッドがニコニコと笑いながら立っていた。何か僕に聞きたいことでもあるのだろうか?
「どうしたんだい?」
「実は、日頃からお世話になっているお礼として、大豆や麦を買ってきたんです」
「冬場は食糧を見つけるだけでも苦労すると思います。是非、役立ててください」
僕はその差し入れにとても感謝した。
冬場はこの辺りの土地は雪で覆われてしまうため、冷たい雪を掻き分けながら埋まった枯れ草を探すことになる。たっぷりと草を食んで脂肪を付けておいたとしても、翌年の春ごろになるとあばらが目立つ痩せ馬になっていることも珍しくない。
特に妻となったエストックのお腹には仔もいるのだから、僕自身が食べなくても彼女を飢えさせるわけにはいかないのだ。
「恩に着るよ君たち!」
そう弾んだ声を出すと、ピーターたちは驚いた様子で僕を見た。
「ここまで喜んで頂けるなんて……苦労して運んだ甲斐があります」
「せっかくだし、保管するための倉庫も建てようか? うちの隊員に詳しいヤツがいるんだ」
デイヴィットが言うと、彼の部隊の戦士は任せろという感じに腕まくりをした。
是非お願いしようと思ったとき、話を聞いていたエストックが近くに落ちている枯れ枝を咥えてきた。
「ん、どうした?」
彼女は角を白く光らせると、乾燥した見事な木の柱が姿を見せた。
「大地魔法を応用すれば、建材を用意できるのではないかと思いまして……」
どうやら彼女は300マナポイントを用いて、朽ち木、枯れ枝、落ち葉から建材を作る能力を習得したようだ。
デイヴィット隊のメンバーは、エストックの用意した石や木材を使って食料を貯蔵するための小屋を建ててくれた。
「よし、ネズミ返し完成!」
「やっぱり倉庫は高床式に限るよな」
「屋根の傾斜も付けておいたから、雪も積もりづらいし雪落としも簡単だ」
横で手伝っていたピーター隊のメンバーも、感心した様子で頷いていた。
「建材も余っているし、カッツバルゲル様と奥様ようの納屋も作ったらどうだい?」
「俺もそうするべきかと思ってたんですよ!」
その後、我々は作業を分担して効率よくことを進めた。
マイフ隊のメンバーは効率よく枯れ葉や朽ち木を集め、エストックはそれを木材へと加工し、ピーター隊とデイヴィット隊が建設を行い、僕は彼らが休めるように水たまりをお湯にした。
そして9月の後半ごろには、泉の精霊の部屋を備えた納屋兼冒険者用の建物が完成した。
「やった……これで真冬でも、カッツバルゲル様の教えを乞うことができる!」
なるほど。なぜここまでデイヴィットたちが一生懸命に建物を造ったのかやっと理解できた。全く、ちゃっかりしていると思っていると、東方面に放っていた使い魔鳥が飛んできた。
「ん、どうした?」
「ピィ、ピピィ! ピピピィィ!!」
ピーターは心配そうにこちらを見た。
「ずいぶん慌てていますが……一体、何を言っているのですか?」
僕は森の東側を睨んだ。
「ゴブリンの王が……大軍を率いて森の東側を進んでいる」
「なっ……!?」
精霊も異変を察したのか、姿を現した。
「数は!?」
「ピピピピィ!」
「……ゴブリンパラディン1、ゴブリンナイト5、ホブゴブリン16、一般ゴブリン400」
精霊フローレンスはすぐに僕を見た。
「いかがなさりますか?」
「……今は様子を見ます」
「わかりました」
様子見と答えたのは、もしゴブリン王の目的が僕の角や命なら、あまりに軍勢が大きすぎるからである。連中の目的がわからない間に部隊を進めるのは下策。
僕は渡り鳥の偵察にのみ耳を傾け、正確な判断をしようと思った。




