お前はクビだ!(ダンジョンの中にて)
「この役立たずウマ、お前はクビだ!」
そう勇者は叫ぶと、僕を鞭打った。
「どうして!?」
聞き返すと、勇者はバカにしたように見下しながら言った。
「計算してみたら、テメーは食費に見合った働きをしていないことがわかった。我がAランク冒険者チーム、ホエズラーズに相応しくない!」
その言葉を聞いた格闘家や戦士、更には弓使いや修道士もおもしろがる様子で僕を眺めてきた。
「遂に役立たずの追放か! やれやれ!!」
「さっさとくたばれよ足手まとい!」
そんなことを言われたら心外だ。即座に抗議した。
「ちょっと待ってよ。僕は毎日100キログラム以上の荷物を運んでいるんだよ! 君たち戦士が止め損ねた敵を身体を張って止めているのも僕だし、喉が渇いたときには水魔法だって……」
勇者は歪んだ表情で悪態をついた。
「はぁ? 馬なんだから100キログラムくらい余裕で運べるだろカス! それに水魔法なんて駆け出しの魔導士でも使える」
「両方を同時にできる使い手が冒険者街に何人……」
「ごちゃごちゃうるせえぞ! この軍師気取りウマ!!」
勇者に蹴飛ばされた僕は転倒し、そのまま谷底へと真っ逆さまに落ちた。そのときに守ってきたはずの修道士と弓使いの声が聞こえた。
「あ~ せっかく馬肉が落ちちゃったじゃない!」
「あんなの食べるの止めなさいよ。役立たずが移るわよ!!」
勇者は大声で言った。
「飼い葉ドロボウも消えたことだし、乾杯しようぜ!」
「おおー!」
滝つぼに落ちた僕は、やっとの思いで岸へと泳ぎ切ると、びしょ濡れになった体の水滴を振り払った。
本当にひどい目に遭ったものだ。もう人間なんて信用しない。考えてみれば今まで人間と一緒にいてロクな目に遭わなかった。
自分の体を見てみると、あれ……? 鞭打たれたはずの皮膚が元に戻っている。勇者は思いきり引っぱたいてくるので、いつも皮膚が腫れたり、血が出ることさえ珍しくないというのに……
もしかしてと思いながら、先ほど落ちた滝つぼを眺めてみると、清浄な気が立ち込める不思議な気配を感じた。
「これ、もしかして……回復の泉?」
「なかなかの洞察力ですね」
驚いて振り返ってみると、白いキトンという服を身にまとい月桂冠をかぶった少女が立っていた。
「僕は……名もない馬です。貴女は?」
「この泉を守る者です。人の子からは泉の精霊……又はナイアデスと呼ばれています」
更に言葉をかけようとしていたが、僕は俯いて喋ることをやめた。泉の精霊も僕から見たら人間だ。人間なのだから嘘もつくし、少しでも気に入らないと勇者のようにひどい目に遭わせてくる。関わらないのが一番だろう。
「ごめん。先を急ぐよ」
そう言いながら立ち去ろうとしたら、いつの間にか泉の精霊は前に立っていた。
「……!?」
「お待ちなさい。どこに行くのですか?」
「……どこでもいいじゃないか」
そう言って歩き出そうとしたら、泉の精霊は瞬間移動して僕の首筋に触ってきた。
「……人間から虐待を受けたのですね」
急に心の中を覗かれた気分になり、僕はとても不愉快に思った。
「貴方には関係ないでしょ!」
「話を聞きなさい!」
そう怒鳴られると、あまりの恐ろしさに僕の全身の毛が逆立っていた。
これほどの恐怖を感じたのはいつ以来だろう。ホエズラーズのメンバーを怒らせても、Aランク以上に認定されている冒険者に睨まれたときでさえも、ここまで威圧されることはなかった。
「…………」
「…………」
「コホン……失礼しました」
精霊は元の表情に戻ると、僕を見つめてきた。
「私はこう見えても神の末座に籍を置くものです。貴方が経験してきたように、今の人間……特に冒険者には悪意を持つ者がとても増えています」
僕は頷いた。
「私には唯一神のような力はありませんが、ただ手をこまねいていては……心正しい冒険者は肩身の狭い思いをするだけでなく、悪い冒険者に追いやられ駆逐されてしまうと思います」
全くその通りだと思う。僕は相変わらず人間には不信感を持っているが、彼女たち精霊は少し違うのかもしれない。話くらいは聞いてみてもいいかと思えた。
「わかった。貴女の考えを聞かせて欲しい」
「はい。そこで私は……善人だけが回復できる泉があると良いと思い、この泉に霊力を付与したのです」
僕はなるほどと唸っていた。今の冒険者社会は大いに乱れ、正直者が馬鹿を見る世界になってしまっている。
「理念はわかりましたが、どうやって善人と悪人を区別するのでしょうか?」
そう質問すると、精霊はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに微笑んだ。
「な、なにか?」
「巧妙にカモフラージュしていますが……額に角を隠し持っていますね」
僕は参ったなと思いながら、水の角を隠している術を解いた。
これを魔法の力で隠していた理由は、冒険者に見つかると殺されたうえに奪い取られそうだからである。ユニコーンホーンは万病に効くと信じられているため、法外な値段で取引されることも珍しくないのである。
「あなたの言う通り、僕は人間……特に冒険者に不信感を持っているユニコーンです」
精霊はその言葉を聞くと、とても満足した様子で頷いた。
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