西洋に憧れる特待生
「かすみさん、貴女ハンバーグやスパゲッティーなんて食べたことあるのかしら?」
「そうよ、貴女の家貴族でも何でもないじゃない。」
今度は薔子ではなくかすみに鋭い視線が向けられる。
かすみは華族の令嬢ではない。彼女の両親は他界。今は下町で小さな食堂を経営している叔父叔母夫婦の元で暮らしている。金銭的にはこの学校に通える余裕はないが、入学試験を主席で合格し、特待生として通っている。
「食べなくったって味は分かるわ。宮殿で食べる料理は美味しいわ。英語の教科書でも見たでしょ?」
かすみは主要5教科はどれも優秀だが英語が特に秀でている。
「かすみさん食べもしないで美味しいなんて、可笑しい方。」
かすみを笑っているのは辻村麻友子。黒髪を簪でまとめた色白の美少女だ。赤く黄色い毬の模様が入った振り袖に紺の女袴を履いている。
「Ms. Tsujimura, I think you're wrong.Princesses in European countries eat those dishes. They can't taste bad. They will be perfectly delicious.」
流暢な英語でかすみは麻友子に告げる。西洋のプリンセスが口にする料理は絶対に美味しいと。
「千草さん、今は英語の授業ではありません。」
先生の鋭い指摘がかすみに飛ぶ。
「先生、英語の授業でなければ英語を使ってはいけないのですか?そんな校則ありますか?」
「もういいです。私の授業に不満があるなら受けなくてかまいません。廊下で反省してなさい。」
薔子とかすみは廊下へと追いやられる。
「貴女の英語素晴らしかったわ。さすがは特待生さんね。」
口を開いたのは薔子だった。
「あの泉野さん、」
「薔子で構わなくってよ。」
「薔子さん、この学校って本当にお嬢様学校なのかしら?だって煮物なんて地味でお嬢様っぽくないわ。西洋の料理のが裕福な令嬢を連想させるわ。」
「うふふ、貴女面白い方ね。わたくし気にったわ。ねえ、今からわたくしと一緒に来ない?」
「まあ、行けません。先生に見つかってしまうわ。」
「平気よ。扉は閉まっているし、音を立てずに行くのよ。」
2人は手を繋いで爪先を上げてゆっくりと家庭科室の扉の前を歩く。
薔子がつれてきたのは時計塔の中だった。中は螺旋階段になっていてかすみは薔子に手を取られながら階段を上がる。
最上階に登るとそこは広い空間で大きなゼンマイが動いていた。バルコニーからは校内が見渡せる。
「ここはね白菊の乙女達にとっては特別な場所なの。」
「それってあの言い伝えのこと?白百合の花の。」
かすみは時計塔の話は入学してから耳にしていた。
「そうよ。皆初等科の頃から憧れていたの。その発端になったのがわたくし達の先輩にあたる2人の女学生。1人は男装の麗人の上級生、もう1人はドレス姿の華族の令嬢で下級生でしたのよ。」
薔子は言い伝えの元になった話をする。
「その男装の麗人のお姉様はわたくしの家の何代前かの先祖なの。」
薔子が以前部屋の整理をしていたら軍服と集合写真が箪笥の中から見つかったという。
その時
「貴女達、こんなところで何してらっしゃるの?」
2人の前に現れたのは担任教師の宮原すみれであった。
「先生、どうしてここが?」
かすみが薔子の腕にしがみつきながら尋ねる。
「貴女達の姿が時計塔のバルコニーから見えたのよ。貴女達こそ。今は授業中のはずよ。」




