家出した令嬢
旅館の外には井戸がある。椿はそこで冷水を汲み桶にいれると洗濯板で大量のシーツを洗う。全て客室で使用しているもので、椿が女将のいいつけで洗っている。春といえでも冷水は手によくない。
「椿さん」
お咲が2人分のお茶を持ってやってきた。
「休憩にしましょう。」
「ありがとう。」
冷たい水に手をつけていたからから、湯飲みが暖かい。
「こんなに大量のシーツよく1人で。だけどあの発言は良くなかったですよ。」
椿は先ほどの客室で掃除が遅いことに対して嫌味を言われ剥きになって言い返してしまった。それで口答えした罰とて冷水で大量のシーツを洗うはめになってしまった。
「だって女将さんが許せなかったもの。嫁のもらい手が見つからないなんて。」
「だけど女将さんの言ってることは間違ってないと思いますよ。私達いつかは殿方に嫁いだら炊事に洗濯、掃除、毎日がその繰り返しですよ。」
「それが可笑しいのよ。炊事洗濯?そんなのは召使いの仕事よ。私はその間、素敵なドレス着てパーティーやお茶会に呼ばれるの。貴族の夫と共に。」
「それ本気で言ってます?」
「当たり前でしょ。」
椿は旅館に宿泊に来るお客様を羨ましく思っていた。この旅館を訪れるのは裕福な人ばかり。ドレスや宝石に身を包み、庭園をお散歩。ある者は帝国劇場までオペラを観に行ったり、三越百貨店まで買い物に出かけたり。貧しい椿には味わえない幸せを簡単に味わっている。
(どうして世の中はこうも不公平なのかしら?)
椿はいつしかそう思うようになっていた。
お客様の夕食を部屋まで運び終えると椿は中庭を通りかかる。身なりのよいスーツを着た紳士が庭に咲く花や池をキャンバスにスケッチしている。
「お客様。」
椿はなんとなくその紳士が気になり声をかけてみた。
「失礼、あまりにも素敵な庭でしたのでキャンバスに留めておきたくてね。」
紳士は顔をあげる。しかし彼は椿の顔を驚いたように見つめる。
「あの、お客様、どうされました?」
「鮎子さん、こんなところにいたのですね。」
鮎子。突然椿は見知らぬ女性の名で呼ばれる。
「西宮家の旦那様から聞きました。鮎子さんが家出したと。僕に何か不満がありましたか?」
西宮。それは大日本帝国軍の司令官の名前だ。その令嬢が家出したという話は4年くらい前に話題になっていた。未だに行方は分からないという。
「りょう、ここにいたのか。」
そこに初老の紳士がやってきた。
「父さん、彼女。」
りょう、それがこの方の名前。こちらの初老の紳士は父親なのだ。
「父さん、鮎子さんだよ。4年前に家出した。」
「りょう。確かに彼女は顔はそっくりだが鮎子さんではない。鮎子さんは男装して女中の少女と駆け落ちしたって噂だから。」
りょうは父親に諭され去ろうとする。
「お待ち下さい。」
椿は2人を呼び止める。
「りょう様はその鮎子さんという方が忘れられないほど大切だったのですか?」
「大切もなにも彼女は婚約者だったんだ。僕達は結婚して父の会社を継ぐ予定。」
「まあ会社を経営してらっしゃるのですね?そんな素晴らしい方の縁談を棒に振るなんて。私じゃ考えられませんわ。」
「ああ、だけど最近じゃ経営は右肩下がりで西宮司令官がその援助を」
「りょう。」
父親が余計なことは喋るなと言うようにりょうを目線をやり口止めする。
「旦那様、りょう様は会社の経営を再建を条件に西宮司令官の令嬢と婚約されたのですね。」
「君には関係ないだろう。行くぞ、りょう。」
「貴方は会社の再建に西宮司令官の援助が必要。りょう様は鮎子さんとの結婚を望んでいる。そして私は地位の高い嫁ぐことを望んでいる。宜しければ私と手を組みませんか?貴方方のお役に立てると思いますよ。」
その後椿はりょうと父親の宿泊している部屋に呼ばれる。父親は自分の専属の執事に手紙を書かせた。勿論西宮家宛に。鮎子が見つかったと。




