もう1人の鮎子
大正9年。
春子は娘の花江を連れてリーズの店へとやってくる。花江は1才になったばかり。やっと立って1人で歩けるようになったという。
「ごきげんよう春子様、それから花江様。」
「ごきげんようマダム。」
「花江様も大きくなったわね。」
「ええ。マダム、花江の新しいワンピースできてるかしら?」
「はい、少々お待ち下さいませ。」
「お咲ちゃん!!」
「はい」
お咲が赤ちゃん用の白いワンピースを持って現れる。
「ごめん下さい。」
お咲が店頭に戻ってきたと同時に来客が訪れた。桃地に白百合の着物を着た品の良い令嬢だ。
「いらっしゃいませ。えっ?!」
「嘘?!」
お咲と春子が来客の顔を見て驚きを隠せずにいる。
「鮎子さん?」
令嬢は男装する前の鮎子とそっくりだ。
「あら、春子さん?ご無沙汰しておりますわ。」
「鮎子さん、貴女女性に戻ったの?」
「春子さん、女性に戻ったってわたくしは元々女性よ。面白い方ね。うふふ」
春子は目の前にいる鮎子に違和感を覚える。見た目はどう見ても鮎子だ。しかし鮎子は男装して女中の蘭子とかけおちしたはずだ。それに好き好んで和装なんてするはずもない。
「いらっしゃいませ。お客様、何をお探しでしょうか?」
リーズが応対する。
「ドレスを。今度わたくしの婚約式を兼ねた舞踏会がありますの。」
(婚約式?)
春子は鮎子そっくりの令嬢に疑いの目を向ける。蘭子とかけおちしたのだからそんなはずはない。もしかしたら同姓同名で顔がそっくりな人物なのか?だけど自分のことは知っていた。
どういうことなのだろうか?
「まあ、鮎子さん婚約なさっていたのね。お相手はどんな方?」
「お父様のご友人のご子息ですの。会社を経営していて帝国陸軍であるお父様が支援してるんですの。春子さんにも招待状出すから是非いらして。」
確かに鮎子の父は帝国陸軍の軍人で司令官をしている。春子はますます令嬢を疑う。
「お嬢様は鮎子様とおっしゃるのですね。」
リーズが入る。
「ええ、マダム。」
「ここを贔屓にして下さるお客様にも鮎子様という方がいらっしゃいまして。しかし彼女は男装を好んでらっしゃるのです。あちらは凛々しい男装の鮎子様で貴女は花のようにたおやかな鮎子様。風貌は違えど同じ名前なんて偶然ですわ。」
(そうね。偶然だわ。鮎子なんて名前どこにでもいるし、世の中には同じ顔の人が最低でも3人はいるもの。きっと私が忘れてるだけで舞踏会かどこかでお目にかかったんだわ。)
リーズの言葉を聞いて春子は自分を納得させる。
「マダム、素敵なドレス選んでくださるかしら?」
「勿論ですわ。お嬢様。」
鮎子はリーズに手伝ってもらいながらドレス選びを進める。
1着ずつ姿見の前で当ててみる。
「わたくしこれがいいわ。」
鮎子はブルーの生地に胸元にピンクのリボン、袖と裾にピンクのフリルがついたドレスを選ぶ。




