悪役に堕ちた少女~後半~
妙は小学校を卒業すると上京した。13才の時だった。当然家族が賛成するはずもなく反対を押し切っての強行だった。小さな頃から貯めたお小遣いを持って夜行列車で東京へと向かった。
幸いすぐに仕事は見つかった。子爵の神山家のお屋敷で女中として住み込みで働かせてもらえることになった。劇場や美術館を多数経営しており部屋には絵画や油絵、それから公演のパンフレットが置いてあった。
お屋敷には主人の神山の他妻と6才になる息子和也、そして執事が暮らしていた。
妙は着物の上に白エプロンという装いで掃除、洗濯と仕事をこなしていった。白エプロンは故郷の田舎街では見たことなく初めての洋装に胸踊らせた。
働き初めて1ヵ月後初任給が出ると妙は本屋へと向かい童話と辞書を購入した。仕事が終わると本を開き読み始める。
「私、人間の世界へ行きたいわ。ひれの変わりに陸を歩く足がほしいわ。」
さっそく読売始めたのは「人魚姫」。妙は少女雑誌で見た女の子達のようなプリンセスが出てくる童話を買い込んだのだ。そしてヒロインの台詞を繰り返し練習し分からない言葉は辞書で調べる。どうしてこんなことをするのか?全ては「女優」になるためだ。
ある日神山子爵の部屋を掃除しているとき帝劇のパンフレットが落ちているのを見つけた。そこにはヒロインを演じるドレス姿の乙女が写っていた。妙はその乙女が「女優」といって舞台の上で物語を演じる人だと知った。女優になれば自分の望みが叶うと思い1人台詞の練習を始めたのだ。暇さえあれば庭で練習しときに子爵の息子和也に読み聞かせることもあった。いつしか台詞は本を見なくても言えるようになった。
お屋敷で働くようになって2年が過ぎた。ある日神山子爵に来客があった。
「失礼致します。」
妙は子爵と来客にお茶を出す。
「君は!!」
来客が妙に気づく。
「あの、私何かしたでしょうか?」
「そうじゃないんだ。君さっき公園にいた子だよね?」
「はい。」
公園は妙がいつも台詞の練習をしている場所だ。
「私はこういう者でね。」
来客は名刺を差し出す。彼は「石井慶斗」帝国劇場の専属脚本家だ。
「君はお芝居は好きか?」
「はい。」
話はトントン拍子に進んだ。新作舞台に端役として出演することになりそのまま正式に入団。夢に着々と近づいたのだ。
しかし入団後は簡単にことは運ばなかった。同期の団員達は女学校で声楽を習っていたり、バレエの経験がある者、そして裕福な家庭の娘が多く皆プロの講師から個人レッスンを受けている者ばかりだった。
妙には何もない。お金も一流の講師もバレエや声楽の経験も。それゆえか妙には役が回ってこなかった。
石井先生はそんな妙を見かねホテルに部屋を取り二人きりで会って話を聞いてくれた。
周りから見れば自分のしてることは卑劣かもしれない。でも何もない自分にはこうするしかないのだ。
「妙ちゃん、君には野心が見える。真っ暗な闇の中光ろうとする月のような。」
石井先生は窓から夜空を見て言った。
「君はまだ芸名がなかったね。月子というのはどうだ?」
月子、妙なんて田舎風な名前よりずっといい名前だ。
「はい、月子。嬉しい名前です。」
石井先生は月子の隣に座り髪をなでる。
「月子ちゃん、次の舞台では月子ちゃんにも役をあげる。自分の力を試してみてはどうだ?」
次回作で月子は初めて台詞の多い役がもらえた。稽古は厳しかったが負けじと食らいついてなんとか舞台は成功した。当然月子が裏で手を回したと陰口を言う者もいたが月子は何くわぬ顔をしていた。
あれから10年月子は石井先生を後ろ楯に主役の座を守ってきた。桜子がカルメンで主役になるまでは。
ここでまた役がなければ元の生活に逆戻りだ。だから誰にもあの役は渡さない。
そう思って月子は壁にかかった高級な絹のドレスを手に取った。オーディションで着るための。




