童謡のヒロイン
メアリーの部屋を訪れたのは十和子だった。
「貴女はさっきの。」
「はい、貴女とお話がしてみたくて来ちゃいました。」
「ありがとう、じゃあ中へどうぞ。」
メアリーは十和子を中に入れる。
メアリーはお茶を入れる。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。」
「うふふ、まるでボーイさんみたいね、えっと」
十和子はまだ名前を聞いていなかった。
「きみ、岩崎きみ。」
アメリカではなく日本の名前を名乗った。コンテストは日本の名前で出場しようと思ってるのだ。
「きみさん、さっきバイオリンで弾いてらしたでしょ?今流行りの曲を。」
十和子はメアリーの弾くバイオリンの音色を頼りに部屋へとやってきたのだ。
「聞かれてましたか?これはお恥ずかしい。」
「そんな、謙遜なさらないで。素敵な音色だったわ。赤い靴の女の子。今頃はアメリカで暮らしているのかしら?」
十和子は歌の中の少女に思いを馳せる。
「この歌の少女自分と被るんだよな。」
メアリーが口を開く。
メアリーは自分の生い立ちを話す。アメリカ人の宣教師の養女になったこと、メアリー・ヒュエットというアメリカの名前をもらったこと、そして父の仕事の都合で日本に戻ってきたこと。
「本当だ、赤い靴の女の子だわ。」
「今回のコンテスト出場は自分の腕を試すためでもある。だけど日本の父と母に会うためでもあるんだ。私は物心ついた頃にはすでにアメリカ人の父と母と暮らしていた。本当の両親の顔は覚えてない。頼りなのは日本人としての名前だけなんだ。」
コンテストで結果を残せば新聞や雑誌で取り上げられる。父や母に自分の存在を気づいてもらえると思ったのだ。
「きっと気づいてもらえるわよ。」
「ありがとう。なあ、君の話も聞かせてくれないか?私だって話たんだから。」
「そうですね。」
十和子が口を開く。
バイオリンを始めたのは3才の時だった。
オーケストラのコンサートを観に行った時白いドレスでバイオリンを演奏する少女に一目で惹かれた。
母に相談したらすぐに先生を紹介してくれた。発表会の度に母は華やかなドレスを新調してくれた。
「勿論母には感謝しております。だけど私はドレスではなくバイオリンで勝負したいのです。」
「そうか、じゃあお手並み拝見させてもらうとしよう。」
メアリーは十和子に自身のバイオリンを渡す。
「待って下さい。私自分のじゃないと。」
「自信持って弾いてごらん。」
十和子はバイオリンを渡されると弾きはじめる。オペラ「カルメン」の曲だ。難しい曲なのに弾きこなしている。
美しくも激しい音色が部屋中に響き渡る。
その時再び来客を告げるチャイムが鳴る。
十和子はバイオリンを弾く手を止め、メアリーが出る。
目の前にはエレベーターで一緒だった貴婦人がいた。十和子の母だ。
「娘はいるかしら?」
「お母様」
奥から十和子の声がする。
「十和子、明日のコンテストの衣装合わせするわよ。部屋に戻りましょう。」
「はい、お母様。きみさんまたね。」
十和子の母はメアリーが壁にかけているタキシードに目をやる。メアリーの明日の衣装である。
「これ明日のコンテストで貴女が着るの?」
「はい、紅城夫人。」
「男装なんてまた斬新な趣向ね。」
「アメリカにずっとおりましたから。アメリカでは女性も男性と同じ装いで舞台に立つんですよ。」
夫人はメアリーと少し会話をすると十和子を連れ部屋を後にした。
翌日メアリーは目を覚ますと壁に目をやる。
「嘘?!ない。」
壁にかけておいたはずのタキシードがなくなっていたのだ。




