名家の令嬢十和子
「餞別?!」
そのはには餞別という言葉の意味が分からなかった。
「餞別っていうのはお別れっていうことだよ。」
「お別れ?!メアリーちゃんと?!」
そのはは目いっぱいに涙を浮かべる。
「泣かないで。そのはちゃん。ちょっとの間だけだから。」
メアリーはそのはを抱き締める。
メアリーが向かうのは帝都である。そこで女性バイオリニストのコンテストが行われる。それに出場するために1カ月ほど札幌を離れることになった。
「そのはちゃんが寂しがらないように、私の物あげようと思ったの。」
「メアリーちゃん、1カ月経ったら帰ってくる?」
「勿論だよ。」
「じゃあ私の話帰ってきたら聞いてくれる?」
そのは心に決めた。メアリーが戻ってきたら告白しようと。
「勿論いいよ。」
「良かった。じゃあメアリーちゃんが帰ってくるの待ってるね。」
そのはの顔に笑顔が戻る。
そのはにお別れを言った2日後の朝メアリーは上野駅に着いた夜行列車を降りた。その日の夜は列車の中で過ごした。列車を降りるとそのまま宿泊先のホテルに向かいチェックインした。
フロントで鍵を受け取ると客室へと向かうためエレベーターに乗り込む。
「お待ち下さい。」
エレベーターガール扉の開閉レバーを引こうとすると中年の上品な貴婦人と娘らしき少女がやってくる。
2人が乗り込むとエレベーターガールがレバーを引き4人を乗せたエレベーターは上の階へと向かう。
少女もメアリーと同じでバイオリンケースを持っている。もしかしたら彼女もコンテストの出場者なのか?
「十和子、マダムリーズのお店で買った新作のドレス似合っていたわ。コンテストは貴女が優勝間違いなしよ。」
娘は十和子というらしい。
「お母様、コンテストはドレスではなくバイオリンを競うのよ。」
「あら、こないだ少女雑誌に載っていたバイオリニストは美しい娘だったわ。演奏が上手なだけではいけないわ。」
その時
「3階でございます。」
エレベーターは3階に到着した。メアリーの客室がある階だ。メアリーが降りようとした時先に親子が降りていく。彼女達も同じ階に部屋を取っているのだろう。
メアリーは親子の後に続いて降りる。
(あっ)
十和子が帽子を落としてしまった。
「お嬢さん!!」
メアリーは十和子を大声で呼び止める。
「はい?」
振り向く十和子。
「お帽子落としましたよ。」
メアリーは十和子に帽子を手渡す。
「ありがとうございます。って貴女?」
十和子はメアリーのバイオリンケースに目をやる。
「貴女もバイオリンも?」
「はい。」
「十和子、行くわよ。」
十和子は母親に呼ばれるとメアリーに一礼して部屋に入る。
メアリーの隣の部屋だ。
メアリーも自分の部屋に入る。
荷物を広げるとラジオをつける。ラジオからは流行りの歌が流れてきた。赤い靴をはいた少女が横浜から異国へと向かう歌だ。
(横浜から異国に行った女の子か)
メアリーは自分の事を歌ったように聞こえる。
バイオリンを取り出して先ほどラジオから流れた歌を弾きはじめる。
一度聞いただけで曲を覚えてしまう絶対音感の持ち主なのだ。
ピンポーン
部屋のドアのチャイムが鳴る。
「はい。」
ドアを開けるメアリー。
「貴女はさっきの。」
「こんにちは。紅城十和子です。」
来客は十和子だった。




