<第六十一話・夜明けを導く者>
アナスタシアの心が折れつつあることに、リカルドは気がついていた。
――駄目だ……!此処で、此処で私が負けるわけにはいかぬ……!!
確かにアナスタシアの、王家のやり方が非難を浴びるのはわかる。ガーネット神は邪神であり、カナシダ王家は邪神に魂を売り渡してしまったのだ――そう言われても、反論するのは難しいことだろう。ガーネット神に生贄を捧げ続けることで、無理矢理平穏を保ってきたこの国。神が空腹になるたび暴れては人々に被害を与え、多くの犠牲を出し、しかもそれを勇敢な若者を贄とすることで鎮めてきた王家。
おまけに、その王家は代わりに人々の心を操り、自分達が人心を掌握しやすくしてきた背景がある。
自分達だけ生き延びられればそれでいいのか。王家が王であるため、無辜の民を犠牲にしてきただけではないのか。カサンドラ達の立場を慮れば、そう言いたくなるのも仕方のないことではあるだろう。その犠牲者が、愛する存在ともなれば尚更だ。
――でも……お前達は知らないだろう!アナスタシア様が今日までとれほどの苦労を重ねてきたか!犠牲を少しでも減らすため、どれほど神に懇願し続けてきたか!!
自分達は、臆病者だったかもしれない。
けれど、平和を望み、少しでも被害を少なくしたいと願ってきた気持ちはけして嘘ではないのだ。人が人を殺し、騙し、苦しめる世界。それだけは再来させてはならぬと、アナスタシア達は王として自ら泥を被ってきたのである。神に立ち向かう勇敢さはなかったかもしれないが、臆病なれど、臆病なりに戦ってきた女王。その苦しみを、痛みを、何も知らないで勝手なことばかり言う連中に、心底腹が立つのも事実だった。
自分は女王直属の護衛隊長。彼女のことは、幼い頃からずっと間近で見てきたのだ。だからわかる。彼女に全く勇気も責任もないのなら、どうして危険とわかっていながら自ら英雄候補達を儀式の間に伴うことをするだろうか、と。
こうして、儀式に反対し、英雄候補達が戦いを挑んでくるのはわかりきったことだったというのにだ。
「“夜明けの一閃”!!」
クライクスの雷を纏った攻撃を、今度はどうにか魔力も使って防御に成功する。槍と剣が派手な音を立ててぶつかり、雷の力を帯びた火花が散った。
戦ってわかったこと。細身の見た目の通り、クライクスは魔法剣士だがさほど腕力がない。パワーと体格ならばリカルドが圧倒できることだろう。だが、スピートならばあちらに軍配が上がる。クライクスは自らのパワーと体重の無さを、猛スピードで全身の体重をかけてぶつかることにより補っているのだ。
勿論、このまま押し返せばリカルドの力で少年を吹き飛ばすこともできるだろう。しかし、それは向こうもわかっていること。こちらがカウンターする前に彼は飛び退き、距離を取ってヒット&アウェイを繰り返すのだ。
そして彼を追撃する暇は、自分達にはないわけで。
「“秘薬・火雨”!!」
頭上からいくつも降り注ぐ火の玉。爆発した火薬が火花を飛び散らせながら襲いかかるのを、ギリギリのところで槍を使って払いのけるリカルド。自分だけではなく、アナスタシアの身も守らなければならない。なんせ、彼女は白魔法での防御が一切行えないのだから。
――ガーネット神は、生贄を喰らい尽くすまでは休眠に入らなければならない!その間、神の力と動きは大幅に鈍る!
カサンドラが神のところまで辿り着くのが見えた。彼女一人なら、守護竜をも圧倒する神が負けるはずはないのだが――今はあまりにも状況が悪い。体内で反撃してきているであろうクオリアの魂を必死で抑えているはずの神が、カサンドラの全力の攻撃を受けきるのは相当厳しいはずである。
それを防ぐために自分達がいたはずなのに、なんてザマだろう。
――まだだ!まだ終わってはおらぬ!!カサンドラは竜騎士。最大の必殺技は私と同じく……ドラゴンの召喚魔法であろう!ならば、詠唱と集中にまだ時間がかかるはず……!それまでに駆けつけてカサンドラを討てば、まだ間に合う!
問題は、そんなことはクライクス達も百も承知ということだろう。
前衛で殴るクライクス。後衛から毒薬や火薬を投げ込んで波状攻撃を仕掛けてくるショーン。そしてその二人を補助し、回復する魔法を掛け続けているテリス。見事な連携には殆ど隙がない。誰か一人倒すことが出来ればこの無限ループは崩れてくれるはずだというのに。
「アナスタシア!まだ終わってはおりませぬ、アナスタシア様っ!!」
なんとかアナスタシアが魔法で彼らの一人を討ってくれれば、と思ったが。アナスタシアは呆然と座り込んだまま、動かない。確かにこの状況で彼女が集中を維持して魔法を放つのは難しいのかもしれないが――それでもまだ、諦めるには早いというのに。
「くそっ、私は……私はまだ諦めんぞ!女王陛下は、この国は……この私が守って見せる!!」
段々とリズムは掴めてきた。子供とはいえ、自分と女王に刃を向けてくるような相手。そして、ドラゴンの召喚魔法でさえ防いでみせた連中。
情けをかける余裕も、容赦をするべき相手でもない。ならば。
――クライクス・フォーティーンは……マカライトタウンの傷が完治していなかったはず!それに、鳥籠を作っているのはこいつだ、こいつさえ殺せば神を逃がすことができる……!!
「はぁぁぁぁっ!!」
「!!」
クライクスが斬りつけてきたのを、こちらから踏み込むことで回避し――槍を、一気に突き出していた。
まだ柔い、少年の体を貫く嫌な手応えがあった。回転しながらクライクスの腹に捩じ込んだ槍が肉を、内臓を引き裂く感触を知った。
「がはっ……!」
傷と、それから少年の口許から吐き出された血が、リカルドの髪を、鎧を汚す。クライクスさんっ!というショーンの悲鳴に近い声が聞こえた。
――殺った!これで我々の……!!
「残念、だが」
え、と思った。自らの腹を貫いたリカルドの槍を――がしり、とクライクスが握りしめて来たからだ。
苦しげに血を吐きながらも、クライクスは不敵な笑みを浮かべる。
「これで、お前は動けない。そして……あと一歩、遅かったな……っ!!」
リカルドは、知る。
今度こそ、自分は諦めなければならないことを。
自分達の最大の敗因は、彼らの覚悟を――絆を、読み違えていたことにあったということを。
***
もうすぐ。
もうすぐだ。
あと少しで――全てが、終わる。
「“天から下りし神に支える、大いなる使徒よ……!”」
カサンドラの目の前で、ガーネット神が忌々しげにこちらを睨む。明らかに先程よりも顔色が悪く、余裕がない様子だ。恐らく、クオリアが体内で必死に抵抗してくれているのだろう。
『おのれ……おのれおのれおのれおのれ!忌々しい人間の分際でっ!!』
神の背中から伸びる触手が鞭のようにしなり、カサンドラを打ち据えようと攻撃してくる。だが、避けきれないほどのスピードではない。そして、魔法も来ない。その余裕がないのだ、今のガーネットには。
ならば、カサンドラがすることは一つ。落ち着いて、自分が今成すべきことをするということ。集中は途切れさせない。皆が繋いでくれた時間を、希望を、自分は必ず未来へ届けて見せると誓ったのだから。
「“大地を統べる、砕きの夢の守護者よ……!”」
カサンドラの周囲に巻き起こる風。地の属性の魔力が高まり、カサンドラの魔力と混じって全身から噴き出してくる。
わかる。信じて、託してくれているのは仲間達だけではない。これが最後だと、ガイア・マスター・ドラゴンもわかっている。わかった上で、全力でカサンドラに力を貸してくれようとしているのだ。
今こそ終わらせるために。全ての悲しい事を――悪い夢を。
「“今こそ我らが星の下、愚者へと最後の怒りを示さん……!召喚・大地の守護竜、ガイア・マスター・ドラゴン”!!」
そして、地の守護竜を召喚した時、阿修羅の形相で睨んでくるガーネット神の後ろにクオリアの姿が見えた。
神の力が抑えられ、弱まることで、内側から攻撃するクオリアの意思が可視化したということだろうか。美しく、気高いその瞳と眼があった。その唇が動く。声は聞こえなくても、心は通じあっている。
自分達の想いは、今ひとつになった。
この悪い夢のような世界に終止符を。そして新たな夜明けを。
――そして今こそ貴方を救い出し……!この馬鹿げた運命に、風穴を開けてみせるっ!!
「食いなさいガーネット!これが、私達の……答えだっ!!」
カサンドラとクオリアの息はぴたりと合っていた。
二人の力が、叫びが、今重なりあう。
心と心でしっかりと手を繋ぎ、未来を見据えた自分達を止められる者はもはや誰もいない。そう、例えそれが神であったとしてもだ。
「“超新星爆発”!!」
「“Last-Resort ”!!」
カサンドラの、地の守護竜の魔法攻撃と。クオリアの、黒魔法究極奥義。ガーネットは防御しようとしたのだろうか。それとも、それを行うことさえ叶わなかっただろうか。
体の外と中から、とてつもない力の爆発を受けたガーネット神は――魔力の業火の中、断末魔の悲鳴を上げた。
『ぐああああああああっ!!人間がっ……人間ごときがぁぁがあぁぁっ!!』
真っ白な光が弾けるように溢れる。
「!!これは……っ」
それがガーネットの最後の力の奔流であり、記憶そのものだった。逆らうこともできぬまま、皆がその光の渦に飲み込まれていくことになる。
そして、カサンドラは、その場にいた者達は見ることになるのだ。この惨劇がいかようにして始まってしまったのかを。
ガーネット神という、超越者の真実を。




