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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第五十五話・闇の降臨>

 クオリアは確かに、カサンドラの目の前で喰われた。胸を滅多刺しにされ、心臓を抉り出され、その魂に宿したクリスタルごと。

 でも、人の魂を消化しきるのには、神とて時間がかかるのだとしたら。

 それまではいくらガーネット神とて、万全に動くことはできないのだとしたら。




『うむ。我はしばし休眠に入ろう。異変も全て直に収まる……安心するといい。後片付けは任せたぞ』




――そうだ、ガーネットはそう言った。異変が直に収まるということはつまり、今すぐ収めることができないということ!


 そして、休眠に入ると言いながら自分達の前から姿を消そうとしたのは、それが必要だったからと考えるのが妥当だ。


――沈黙の鳥籠(サイレント・ケージ)は効いている……!この隔離された空間からは、空間転移の能力を持つ神さえ脱出できなくなっている!ガーネット神がそのままの姿でそこに留まっているのがその証拠だ!!


 クライクスの判断は迅速で、そして正しかった。時間制原付き、条件付きとはいえ神を巣穴に逃すことを防いだ。彼のお陰で自分達の希望は、あとほんの僅かところで繋がったのである。

 即ち、神を――内側のクオリアを信じ、自分達も外側から攻撃することによって――討伐できる可能性。残る賭けは三つだ。

 つまり、神が倒れるより前にクオリアが力尽きないかどうか。

 また、神を自分達が倒すより前に檻の制限時間が切れないかどうか。

 そして、目の前に立ちはだかるアナスタシアとリカルドをかわして、自分達が神を越えることができるかどうか。


――やってやる!これが私達の最後の綱渡り……絶対に、成功してみせる!


 そして、必ず神を倒して――取り戻す。

 この馬鹿げた運命に風穴を開け、愛する人を、今度こそ。


「貴女がたに邪魔などさせませんわ……!英雄を屠り、クリスタルを宿した神聖な魂を喰らえば神は鎮まるのです……!これで世界は再び平和を取り戻す!その平和を間近にして、こんなところで……世界を再び乱されるわけにはいきませんのよ!!」

「そうだ。一時の感情と、ただ一人の命を救うためだけに……貴様らに世界を乱されるわけにはいかぬ!!」


 壮年の将軍は、剣を構え――真っ直ぐカサンドラに斬り込んできた。


「果てるがいい!“秘剣・烈風”!!」

「ぐっ!!」


 速い。とっさに槍で防御することしか出来なかった。鋭い一撃を喰らい、ガードした槍の柄がびりびりと痺れる。速い、そして鋭い。今はたまたま動きが見えたから防御が間に合ったが、不意を打たれたら避けきるのは困難になってくるだろう。

 そして、この威力。ソウルウェポンでなければ、柄をぼっきりと折られていたかもしれなかった。


「ちっ……!“Fast-All”!!」


 補助役としての、テリスの判断は早かった。白魔導士が初手で味方にかける魔法はかなり重要である。リカルドの一撃の重さを見て、物理防御魔法を先にかける選択肢も彼にはあったはずだ。

 しかし、テリスが選んだのは物理防御を上げる“Protect”ではなく、全員の機動力を上げる“Fast”だった。それは何故か。


――英断です、テリス!!


 彼はリカルド以外にもきちんと眼を配っていたのだ。つまり、リカルドの後ろで、アナスタシアが長いスペルを唱え、魔力を集約させている光景を。


「“Meteor-Rain”!!」


 巨大な隕石がいくつも洞窟内部に浮き上がり、次々とこちらに向かって落下してきた。なるほど、テリスはアナスタシアの魔力の高さと驚異にいち早く気づき、物理攻撃だけに注意を払っていればいいわけではないと察したのだろう。

 つまり、一番優先するべきは、両方を回避できる可能性のある、回避力を上げる魔法だ、と。


「メテオレインってこれ!クオリアが使ってたのと同じ魔法じゃねえか……!こんな大技、クオリア以外に使える奴がいたのかよ!!」

「アナスタシア様は王族ですから、冒険者として旅立つことはなかったそうですが……それでも、アカデミアの特別コースの過程を修了されていると伺ったことがあります。歴代の卒業生の中でも、間違いなく五本の指に入る優れた成績を残されていると……」

「マジかよおまっ!それを早く言えよ!!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも隕石を避けきっていくテリスとショーンは流石である。白魔法の補助があるとはいえ、彼らもこの旅でかなり鍛えられてきたらしい。


――時間をかけてはいられない……!この二人をどうにか倒して、一刻も早く神に攻撃を仕掛けなければ……!!


 アナスタシアとリカルドが邪魔で、ガーネット神に近付くことができない。その状況がわかっているからかどうなのか、ガーネット神は楽しげに腕組みをし、触手を揺らめかせながらにやにやと高みの見物を決め込んでいる。

 まだクオリアの抵抗は始まっていないのだろうか。それとも、本当はもう―――。


――いや!最悪を考えるな……!今私がするべきことは、最悪の事態を考えて足を止めることじゃない!クオリアならきっと抗ってくれると信じて……そのために全力で、目の前の相手に立ち向かうことだ!


「アナスタシア女王陛下!貴女は何もわかっていない……!ただ一人の命の為に世界を乱している?逆だ。ただ一人の命さえ救えない世界がどうして……平和などと呼べるものか!誰かがいなくていい世界を貴女達が平和と呼ぶのなら……そんなもの、私は要らない!!」


 カサンドラは叫び、ペルソナ・ランスを天高く放り投げる。


「そんな偽りの平和など全て壊して、私達が自分達の手で、新たな平和を作って見せる!!“慈悲なき流星雨(デスペラード)”!!」


 旅立つ前より、遥かにこの技の威力も向上していた。槍の落下速度。そして分裂する本数。その名の通り、独裁者の放つ一切の慈悲を欠いた残酷な雨が、アナスタシア目掛けて降り注いだ。


「させんっ!!」


 そこに、リカルドが素早く立ちはだかる。


「“鉄壁の剣(アイアン・ウォール)”!!」


 それは、カサンドラが最初の戦いでクライクスの雷を防いだ技と似ているかもしれない。リカルドは素早くアナスタシアに寄り添うと、剣を天に構えて降り注ぐ槍を弾き飛ばしたのである。

 それも、一本ではない。

 降り注ぐ全ての冷酷無慈悲な雨を、一本の剣で全て見切って叩き落としていくのである。何て動体視力――何て剣技。一撃受けるだけでも相手に致命傷を与えられる威力を持った攻撃。ただ受け流すだけでも、相当な腕力を要求されるに違いないというのに。


――しかし……!


 リカルドは全ての攻撃を防ぎきった。しかしその代償は大きかったらしい。受けた剣に大きく罅が入り、次の瞬間派手な音を立てて砕け散った。

 そう。ソウルウェポンではない武器の最大の問題はそこである。耐久力に限界があるのだ。強い技を防ごうと思うなら、当然それ相応の耐久を持つ武器を用意しなければならない。そして、無限に直せるソウルウェポンと違い、普通の武器は――一度壊れてしまえば、元に戻ることはない。


「リカルドの剣を壊した……!奴はソウルウェポン使いじゃない。これでもう奴の攻撃は受けずに済む。この空間にいる限り、新たな剣の補充は出来まい……!」

「確かに、その通りだな」


 クライクスの言葉を、リカルドはあっさりと肯定してみせた。


「構わんさ。そもそも私の最強の武器は……剣ではないのだから!」


 男が背中に差していた長柄の武器を抜いた――と、思った瞬間。


「!?消えた……っ」


 見失った。突然リカルドの姿が見えなくなったのである。だが、次の瞬間カサンドラは気付いた。ショーンの足下に落ちる黒い影は――!


「ショーン!上ですっ!!」


 見覚えがある。無い筈がない。

 だってそれは、自分と同じ――竜騎士の技なのだから!


「“悪魔の跳躍(イービル・ダイブ)”!!」


 闇を纏った槍が、少年を脳天から突き刺そうと迫った。


「ぎゃっ……!」


 ギリギリで気付いて、身をよじっただけショーンは流石である。だが、槍の穂先はショーンの右腕を掠め、血を迸らせた。ついでに落下の衝撃で石の床が大きく抉れ、衝撃波でもろに彼は吹っ飛ぶことになる。


「ショーンっ!!」

「さすが、英雄候補なだけありますわね。リカルドの“悪魔の跳躍(イービル・ダイブ)”を避けるだなんて」


 感心したようにアナスタシアが口を開く。


「リカルドは、我がガーネット国王軍でも最強の竜騎士。そう、彼の本職は剣士ではなく竜騎士なのよ。狙われたら最後、敵は肉片も残さず吹き飛ぶことになるわ。わかったでしょう?わたくし達が本気だということは。この世界の平和を守るためなら……貴方がたを本気で殺すことも厭わないということが!」


 わかっていないのは貴方達の方よ、と女王は告げる。


「一人の命も救えない?わかっていないわ。本当にわかっていないのですわ!この世界の発展も、治安維持も、平和も!何の犠牲もなしに叶うことなど何一つありませんのよ。人は何かの犠牲なしに、何かを得ることなど絶対に出来ませんの。大きな望みであればあるほど必ず対価は必要になってくるのです……!それが、英雄であり、異変によるって引き起こされるあらゆる“小事”なのですわ。それに耐えさえすれば、それ以外の大多数の人々は平穏無事に暮らしていくことができるのです。それを……一時の感情で奪うなどあってはならぬこと!貴方がたがしていることは、神をわたくし達から奪うことで……名もなき数多くの人々の幸せを全て壊すことに他なりませんのよ!!」

「ざけんじゃねぇよ!」


 そんなアナスタシアに、テリスが鋭く吼えた。


「じゃあ何か?世界のために、クオリアや……テメェの身内や、知ってる人が死んでいくのを黙って見てろってのか!その元凶が何なのかもわかってるのに、怒りも憎しみも捨てて指咥えて見てろってのかよ、ざけんなよ!!そんなこと出来る人間がこの世界にどれだけいると思ってんだ。俺達は生きてる、意思がある、感情がある!全部合理的だから割り切れって言われて、ハイそーですか、って受けとめるなんてできるわけねぇだろ!」

「では、奪われた一人や二人のために神に楯突くのが正しいことなのですか?どうせ貴方がたでは神に勝つことなどできませんわ……神の余計な怒りを買う方がよほど災厄だとは思いませんの!?復讐なんて馬鹿げたことを考えて何になるというのですか、そんなことをしても、失われた命が帰ってくることなどありませんのに!!」

「その綺麗事を、よりにもよって貴女が言いますかっ!」


 ショーンもその援護射撃に加わった。その眼は、憎悪にも近い怒りに染まっている。


「少人数の犠牲?仕方ない?そう思うなら御自分と身内でその犠牲を引き受けたらどうなんですか!一番安全なダイヤモンドシティにいて、命令するばかりで、自分も自分の家族もけして異変に巻き込まれない……英雄になることもない貴女に、そんな綺麗事を言う資格なんてありません!!貴女は少しでも、僕達や……異変で犠牲になった町の人の立場になって真剣に考えたことがあのですか!?自分の大切な人がいざ理不尽に殺されても、貴女は復讐せずに怒りを飲み込めると……それが世界の平和のための仕方ない犠牲だと、本気で割り切ることができるとでも言うのですかっ!!」


 その言葉に、一瞬アナスタシアの顔色が変わった。驚愕と――そして、動揺。しかしその色は刹那ですぐ消え失せることになる。


「……庶民でしかない貴方に、わたくしの気持ちなどわかりませんことよっ!」


 まずい、というのは誰もが悟ったことだろう。慌てたようにテリスが魔法防御スペル“Barrier-All”を唱えて備えた。怒りと共に、再びアナスタシアの魔力が上昇していく。


「わたくしはこの国の女王……!生まれた時からこの重責を担い、民を導く役目を与えられた存在……!どれほど犠牲を払ってでも、どれほどの死を見送ってでも……わたくしは必ず生き続けなければなりませんの!その責任の重さが、苦悩が貴方がたにわかるとでも言うのですか!!いいえ……絶対に、わかるはずもありませんわ!!」


 アナスタシアが手を掲げると、そこに一本の金色の杖が出現した。まさか彼女も、ソウルウェポン使いだというのか。


「目を醒ますのは貴方達の方よっ!!“Neo-Hurricane”!!」


 ハリケーン、の上位互換にあたる技。全てを切り裂く突風が吹き荒れ、一気にカサンドラ達全員を吹き飛ばした。


「うわああぁぁっ!!」


 バリアを張っていたおかげで、幸い風魔法によるダメージは殆ど受けなかった。しかし、バリアごと吹き飛ばされてしまうのはどうにもならない。カサンドラもクライクスもテリスもショーンも、皆一気に風に巻き上げられ、次々と壁に叩きつけられてしまう。


――なんて、威力……っ!!魔力の高さが……馬鹿に、ならない!女王がこれほどの力を持っていたなんて!!


「一気に片をつけてくれよう。……女王陛下」

「許可しますわ、リカルド。彼らの苦しみを長引かせるのは、わたくしとしても本意ではありませんもの」

「御意に」


 何をする気なのか。カサンドラは全身の痛みを堪えてどうにか上半身を起こす。そして、リカルドの身体に漲る、凄まじいオーラを見た。


――あれは、まさか……!


「“天から下りし神に支える、大いなる使徒よ……”」


 槍を掲げ、仁王立ちするリカルドの足下に現れる紫色の魔方陣。


「“漆黒を司る、果てなきの夜の守護者よ……”」


 知っている――わかる。

 そのスペルは自分の呼ぶ、ガイア・マスター・トラゴンのそれとあまりにも似通っているのだから。


「“今こそ我らが星の下、亡者へと闇の鉄槌を下さん!召喚・闇の守護竜……ダークネス・マスター・ドラゴン”!!」


 そしてリカルドの真後ろで、闇の守護竜が漆黒の翼を広げた。

 自らの召喚主の命に従い――最後の罰を下すために。

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