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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第五十二話・託された未来>

『ガーネットという神が、果たしてどこからきたのか……それは我々にも分からない。ただ、我々が知った時にはもう、その存在は純然たる“邪神”であったのだ』


 あの空間で――焔の守護竜と雷の守護竜は全てを語っていた。

 この世界の恐るべき真実を――歪んだ理を。


『神は人を恨み、憎み……より強き力を欲していた。人間が生きるために物を食するのとはまた違うかもしれないが、神にもまた糧が必要だったのかもしれぬ。それが、生きた人間の魂。そして、クリスタルを宿せるほどに力に満ちた者の心の臓。五十年か百年かに一度、その“食料”が神には必要だった。ゆえに、空腹になるたび異変を起こして王家を動かし……クリスタルに選ばれる英雄という名の生贄を選抜するための手伝いをさせてきたのだ』

「貴方がたは、それを何百年もの間見守り続けてきたと、そういうことなのですか?」

『左様。我らとて見過ごせぬ悪行とは思ったとも。特に風の兄弟、水の兄弟はこのようなことを見過ごしていいものかと嘆いた。だが、誰も逆らうことなど出来なかったのだ。一番最初に、我らの中で最も力のあった無の兄弟が神に喰われる様を見てしまっては尚更よ。……我らは神に与えられた土地を守り、有事の際は神の望むように動くばかりの奴隷であった。それでも今回ばかりは見逃せぬと、我ら二人で立ち向かったが……結果は、このザマよ』


 ドラゴンの表情というものは分かりにくい。それでも、この空間では竜騎士でなくてもなんとなく伝わってくる感情がある。――焔の守護竜が、自嘲の笑みを浮かべているであろうということも、含めて。


『このガーネット王国を支配する邪神。その邪神に魂を売り渡してしまったカナシダ王家。そして、何も知らずに神の空腹のたび異変に巻き込まれて死んでいく人間達と……英雄などという体のいい名で呼ばれて、神に供物として捧げられ続けてきた生贄達。それが、この世界の真実よ。ガーネットという邪神ある限り、この世界の惨劇が終わることなどない。確かにクリスタルを宿した英雄の心臓を捧げれば、一時邪神の空腹は満たされ、異変は収まる。それを、平和と呼ぶ者達がいるのも事実よ。だが……それはけして、根本的な解決などではない。邪神が腹を空かせるたび、ほんの少し機嫌を損ねるたび危機は何度でも繰り返される。永遠に、この世の地獄が終わることは……無い』


 それは、クオリアも薄々予想がついていた真実ではあった。何故守護竜達が自分の意識に干渉し、真実を知らせたのか。それはクオリアが、真実に近づきつつあったからというのもあるだろう。

 そしてきっと、クオリア自身にかけられた魔女の呪いも影響している。今までの世界のことを踏まえるならば、この世界でもクオリアには相応しい“無惨な死”が待っているはずなのだ。殺されるか、事故死するか、自殺の道を選ばされるか。なるほど、神の生け贄になって生きたまま心臓を喰われるなんて、実に苦しそうでお似合いの末路ではないか。


「何故、カナシダ王家はそのような邪神にみすみす従うのですか」


 死ぬのは恐ろしい。それでも、覚悟がないわけじゃない。

 だからこそ問うのだ。長年惨劇が起こる様を見つめながら、何もすることなく邪神に縋ってきた王家の真意を。


「確かにガーネット神を倒すことは容易ではないのでしょう。ですが、国王軍にも冒険者達にも数多くの手練れが存在するはず……!真実を知らせ、皆で力を合わせれば邪神に立ち向かうことも出来たのではないのですか?」

『簡単なこと。カナシダ王家は……アナスタシア女王は。けして今の国の状況を“地獄”だとは思っていないからだ』

「何故……っ!!」

『ガーネット王国、その始まりの物語はお前達も知っているだろう。カナシダ王家が元々暮らしていた大陸は……大きな戦争が起き、まさに地獄絵図の様相を呈していた。人が人を殺し、爆弾の雨を降らせ、強奪し、強姦し、人を人とも思わぬ悪逆の限りを尽くす混沌とした地……。カナシダ王家の始祖は思った。人と人が憎みあい、争うこと以上の悲劇はないと。争いの無い平和な世界を作るためには……人が勝手勝手な意思で動き、別々の神を信じ、ぶつかりあう心そのものを無くさなければならないと。何故なら大陸で戦禍が巻き起こった最初のきっかけは……人々が自らが生き延びることばかりを考えて資源を奪い合い、そして小国ごとに、全く別の神を信仰しそれ以外を排他しようとしたゆえだったのだから……』


 クオリアは、愕然とする。分からない話ではなかった。確かに、宗教の違いというものは非常に厄介である。この国ではガーネット神を唯一神と崇める国教しか認められていない。何故なら、他の宗教の存在が邪魔であるからだ。ガーネット神だけがこの世の神と教えているのに、他の考えの違う神なんてものが存在するのは不都合でしかない。なるほど、それは争いの種になることもあるのだろう。

 時折隠れて新興宗教が別の神を布教しようとすることもあるが、多くの場合はすぐに憲兵に察知されて潰されてしまうのが常だ。ガーネット教を特に信仰しない、無宗教者がいてもいい。ただし、信仰するならばガーネット教以外はあってはならない。それがこの国の暗黙の了解である。今までクオリアは特に疑ってはこなかった。それがこういう国なのだろう、とあっさり受け止めて来れたのは――ひとえにクオリアが特に信心深くもない人間であったからに他なるまい。

 だが、もしやそんな自分達の考えは。心は。


「大きな争いを起こそうとする心も……ガーネット神以外を信じようとする心も!もしや、神によって我々は強引に摘み取られてきたというのですか!?」


 恐ろしい、どころではなかった。

 どんな運命であっても、どんな理不尽であっても、心だけは自由のはずで。自分達の意思だけな、何者にも触らせることなく今日まで生きてきたと信じていたのに。まさかそれが、それさえも偽りであったというのか。


『それが、ガーネット神がカナシダ王家に与えた“特別な力”よ。大きな争いを起こそうとする心も、他の宗教を信じようとする心も……完全ではなくとも多くが当代の王の力で抑制されてきたのだ。その結果、人々の心は異変が起きようとも大きく乱れるこもなく、暴動を起こすこともなく、国の内部で大きな争いに発展せずに今日まで続いてくることができたのだろう。同時に、この国に巻き起こるであろう地震や津波、竜巻、大雨といった天災の多くも神によって抑制されている。まあ、実のところそちらの方は、神ではなく我ら守護竜の力であるのだがな……』

「つまり」


 クオリアは、呻く他ない。


「神の力がなくなれば……王が民の心を操る力は失われ、人々が大きな争いを起こすことを防ぐことができなくなる。多くの天災に見舞われることも事実である。そうすれば、今よりももっと多くの犠牲が出て、大陸で起きたような戦禍が繰り返されることになる。アナスタシア女王も歴代の王達もそのように考えているからこそ、彼らが最も望むのは現状維持。邪神が望むたび異変を引き起こし、生贄を捧げ続ける世界だというわけですか……」


 思い出す。マカライトタウンで、津波に押し流され、あるいは押し潰されて死んだ人々を。

 氷の矢に貫かれ、何もわからぬまま殺され、あるいは生きたまま凍り漬けにされて死んだ者達を。

 風の守護竜を救えぬと、嘆いていたその配下を。

 望まぬまま領域を広げ、冒険者達を現在進行形で屠り続けるしかない風の守護竜を。

 そして苦痛の中で鎖で繋がれ、試練の的として留め置かれた光の守護竜の最期を。


「……ふざけるな」


 クオリアは叫んだ。


 このようなものが予定調和?このようなものがあるべき世界?


「こんな世界が平和だと……!?何処がだ!大陸の戦禍が再現されるよりは遥かに少ない犠牲だから我慢し続けろと!?冗談じゃない、誰がそんなもの承服できるか!!そんなの、カナシダ王家にだけ都合のいい、自己中心的で身勝手な世界じゃないか!!大体、人々の心を操らなければ本当に戦争になるかもわからないくせに……人々を都合よく洗脳して、自分達がトップに立ち続けたいだけだろう!争う心を完全に消し去り、自分達に導かせなければ平和が保てない?そのための犠牲を強いらなければ誰も幸せになれない!?偽善だ、そんなものただの偽善だ!!」


 ここまで、誰かに、何かに対して怒りを感じたことがかつてあっただろうか。

 今までの、転生していた数多くの世界でさえここまでの激情はなかったように思う。かつての世界で、繰那姫であった自分を凌辱したあのゲスにさえ、ここまで憎悪を抱くことはなかった。




「そんな風に守ってもらわなければ滅ぶ程度の世界なら……いっそ、さっさと滅んでしまえばいい!!」




 それは。

 世界を救うために旅をしてきた者としては、けして言ってはならないことだったのかもしれなかった。それでもクオリアは、自らの言葉を撤回する気はさらさらなかった。

 何も犠牲にすることなく、得られるものはないのだという人がいる。きっとそれは、間違いではない。けれど――カナシダ王家のしていることは本当に“必要不可欠な犠牲”であるのか。誰も犠牲にしない世界を追求した果ての犠牲だと胸を張って言えるのか。だってそうだろう。その犠牲者の中に、確実に彼らは含まれていないのである。ガーネット神を祀る、謂わば儀式を代行する司祭が彼らだ。その彼らに被害が及ぶことはまず有り得ない。実際、ダイヤモンドシティには一切異変の影響など出ていないのだ。

 彼等が笑顔を振り撒きながらが歩くその道。その後ろに群れを成して倒れている数多くの犠牲者達。アナスタシアは、その彼らを一度でも振り返ったころがあるのか。嘆き、沈んでいく彼らに笑顔で“たまたま貴方がたは生け贄の羊に選ばれたので諦めてください”なんてことを、心から言えるとでもいうのだろうか。


『……かつて』


 やがて、そんなクオリアに雷の守護竜が告げた。


『かつて、我らが選んだ英雄達にも皆……この話をした。誰もが正義感の強い、立派な若者達であった。我らの話に怒り、こんな理不尽などあってはならぬと叫んだ。そして……ならば自分がこの手で世界を変えて見せると……真にこの世界を救うのだと我らに誓ってくれたものよ……』

「……あるのですか。世界を救う方法は。この悪夢を、真に終わらせる手段が」

『無いわけではない。ただし……今までの英雄達は誰一人成功することがなかったこと……』


 そして、二体の守護竜はクオリアに、託したのである。


『クオリア・スカーレット。世界の為に、お前はその命を使い果たす覚悟があるか』


 すべての悲しいことを、悪い夢を終わらせる。

 その為に出来る、たったひとつの手段を。

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