<第五十一話・今、真実は白日の下に>
「お待ちしておりましたわ。英雄クオリア・スカーレットと、その御一行の皆様方……」
カサンドラ達がダイヤモンドシティ、その王宮に辿り着くと。アナスタシアは兵士達を従え、自ら出迎えに上がった。
自分達がクリスタルを手にしたこと、そして英雄に選ばれた者が出たこと――どうにも彼女は予め知っていた様子である。やはり、アナスタシアは神に通じているのだろうか。そして、クリスタルを使った儀式とは一体何なのだろう。クリスタルは何故か、クオリアの身体に吸い込まれて消えてしまったというのに。
――胸騒ぎ……。クオリアがクリスタルを手に入れた……私たちの中から英雄が出た。これは喜ぶべきことのはずだ。私達はクリスタルを手にして、世界を救うために冒険者として旅立ったのだから。なのに……。
カサンドラの胸から、暗雲が晴れる様子はない。クオリアがクリスタルを手にした時から――いや、もしかしたらそれよりも前からだ。何か、大きな見落としをしているような気がしてならなかったのである。
これで、世界は本当に救われるのか。
だって、異変を引き起こしていたのは神本人である可能性が高いというではないか。それならば、その神の望み通りクリスタルを献上することが本当に正しいことなのか――?
「既に準備は出来ております。今から、皆様を儀式に行う場所にご案内致しますわ」
「ちょっと待ってください、女王様」
不安を感じているのはカサンドラだけではないのだろう。声をあげたのはショーンである。
「その前に教えてください。クリスタルは……クオリアさんの身体に吸い込まれて消えてしまいました。これで儀式なんてできるものなんですか?それに……クリスタルを使えば世界が救われるって、それは本当なんですか!?」
その疑問は、全員の代弁であり、尤もなことでもあるはずだった。
此処まで尽力し、目的を達成して帰ってきた自分達には――全てを知る権利が、与えられて然るべきだろう。
「儀式って、一体何をするんです?アナスタシア女王……貴女は何を知っていて、何を隠しているのですか?全ての異変はガーネット神が引き起こしたもの……この世界を危機に陥れているのは、本当はガーネット神そのものなんじゃないですか!?」
突然の質問攻め――そして、神を愚弄するような発言。状況が状況ならば、その時点で不敬罪に問われかねない行いである。ガーネット神を信仰する国教を信じている者も少なくはない。少なくとも王族は代々神に定められた神の代行者であり、当然全ての者が熱烈なガーネット神の信者であるはずなのである。
怒りを買う可能性は大いにあった。少なくとも周囲の兵士達がざわついたのは事実である。しかしアナスタシアは顔色一つ変えず、兵士達を手で制してみせた。
「貴方の疑問は尤も。此処まで尽力してくれた貴方がたには、全てを知る権利があるでしょう。……着いていらっしゃい。儀式の間で……貴方がたが知りたかったこと、全て説明して差し上げますわ」
さあ、と。アナスタシアは護衛のリカルド・メイソンを連れて一堂を案内した。不安はある。不信もある。少なくとも彼女が最初に話したことが真実で無かったことは、殆ど証明されてしまっているのだから。
それでも今は、彼女の言う通りに従うしかない。真実を知り、その上で未来を選ぶことは、か弱い自分達にも出来る選択であるはずなのだから。
「ガーネット神の姿を、実際に見たことのある者は殆どいないとされています」
アナスタシアは、女王であると同時に優秀な黒魔導士でもことが知られている。案内されたのは、玉座の裏にある小さな小部屋。竜の姿をしたガーネットの石像の前で、彼女は小さくてスペルを唱えた。
「故に、多くの場合……神の姿は竜で顕されることが殆ど。この石像も竜。守護竜を従える存在もまた、その上位の竜に違いない……人々がそう考えるのも必然でしょうね」
「実際は違う……ってこと、です?」
「ええ。……全く違いますわ」
テリスの問いに、アナスタシアはにこりと微笑んで答える。その後ろで石像が重い音を立てて動き――その下から石畳の階段が姿を現した。
「王宮に、地下があったのか……この下が儀式の間、か?」
「その通りよ。英雄の候補と、わたくし達王族、王族に認められた従者以外はけして立ち入ることの許されない聖域ですの。……同時に。我らが神、ガーネット様の玉座が存在する場所でもありますわ」
クライクスの言葉に頷き、女王とリカルドがまず下へと降りていく。クオリア、カサンドラが続き、さらにクライクスとテリス、ショーンが最後尾で階段を降りた。狭い螺旋階段である。横に並ぶのは二人が精一杯な広さだ。
――クリスタルの古城と、よく似ている……。あの隠し階段の奥の塔と……。
地下だが、綺麗に手入れが行き届いている。松明が等間隔に点り、ゆらゆらと怪しく青い炎を揺らめかせていた。ぐるりぐるりと、長い階段をひたすら降りていくカサンドラ。どれくらい降りたのか、いい加減目が回りそうだと思い始めた時、ついに先頭を歩いていたアナスタシアが立ち止まった。
そこには鉄製の、重苦しい扉がある。扉には王族の紋章が刻まれており、彼女がそこに手を添えて再度スペルを唱えると、扉は軋むような音を立てて開いていった。
「この先ですわ」
言われるまでも、ない。扉が開いた瞬間――息が詰まりそうなほど、強い威圧感を感じたのだから。
重力は何も変わらないはずである。それなのに、どうしてこんなにも、身体がずっしりと重いような気がするのだろう。息苦しいような錯覚を受けるのだろう。
「とんでもない、魔力だな」
どこか苦笑いを帯びた声でクオリアが言う。
「これが、神の存在感……というわけか」
扉の向こうへ――アナスタシアに続いて、カサンドラは降り立った。
そこには広い洞窟が広がっていた。王宮の地下とは思えない、広い広い空間である。奥に、誰も座っていない空の玉座があり。その前には念入りに書かれた、淡く光る魔方陣が存在していた。
そしてそこ魔方陣の中心に、突き立てられているものがある。
柄に、王家の紋章を刻んだ短剣だった。
「あの玉座こそ、ガーネット神がおわす場所。……わたくし達、カナシダ王家は。代々この神聖なる場所を守り、神に謁見し、そのたび指示を仰いで来ました。我々王家は……いえ、この国は。神の力なくして存在することは叶わないからです」
アナスタシアは、語る。
「貴方がたが、突き止めた通り。神の力は弱まってなどいませんわ。異変を起こし、守護竜さえも操り民に犠牲を強いたのはガーネット神ご本人。何故そのようなことをなさったのか。全ては、クリスタルを手にいれるため。……五十年ほどに、一度。神の忍耐と怒りは頂点に達し、クリスタルなくしてはコントロールがきかなくなるのです。神への最大の供物こそ、クリスタル。それを我々に求めさせるために、神は異変を引き起こすのですわ。一刻も早くクリスタルを持ってこなければ……この島ごと破壊するという、そういう警告を持ってして」
「それってつまり……」
カサンドラは呻く。
「神がこの島の人々を人質に取って……カナシダ王家を脅迫しているということですか…!」
身も蓋もない言い方だと分かっている。しかし、それ以外に何が言えるだろう。
クリスタルを人間達に持ってこさせるため。人間達をせっつくため。その為だけに神は、数多くの異変を起こしてきたというのか。罪のない、多くの人々を犠牲にすることさえ厭わずに。
「そう解釈されても……仕方ないかもしれませんわね」
深く、深く。アナスタシアはため息をついた。
「しかし、“喩え犠牲を払ったとしても”、我々にガーネット神の力は不可欠だったのです」
「……どういうことですか」
「簡単なこと。ガーネット神が怒り、荒ぶり、異変を起こすことによる犠牲よりも……ガーネット神の力が存在しないことにより発生する犠牲の方が、遥かに大きいからですわ。貴方がたも知ってますわね?この国の歴史を。カナシダ王家が遥か昔、海の向こうの戦乱の大陸からこの地に逃げ延びてきて、神の試練を乗り越えて国を作ることを許されたという神話を。……多少の脚色はありますが、あれはほぼほぼ真実ですのよ。わたくし達は知ってますの。かつて海の向こうの大陸で、どれほど恐ろしく悲しい争いが繰り広げられ。どれほど多くの…無辜の民が犠牲になったのかということを……」
確かに、その話は聞いたことがあるが。それが現状とどう繋がるというのか。
困惑する自分達に気付いてか、わからないかしら?と彼女は問いかけてくる。
「この島では、大きな戦争も…大地震も大噴火も、何一つ起きてはいませんわ。異変の一つとして狭い地域を壊滅させる地震や噴火が起きたことはありますが、それだけです。何故か。全て神がこの地の多くの災害を抑え込み、わたくし達王家に“人々の心を正しく導く”力を授け、常に争いの芽を潰してきたからに他なりません。神がいて、神の啓示を受けたわたくし達カナシダの一族が……人々の心から無用な争いの心を消し去り、導いていくこと。それ以外に、この国の平和を守る方法など存在しないのですよ。ガーネット神の力及ばぬ混沌とした世界と比べたならば……“小さな異変によってもたらされる被害など”どれほどささやかな犠牲であることか……!」
どこか熱がこもった口調で演説するアナスタシア。隣のリカルドが表情ひとつ変えず、その演説を黙って聞いていることが異様だった。まるで、彼女は何一つ特別なことなど言っていないとでも言うように。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……何を、何を言ってるのか、全然わかりません……!!」
ショーンが混乱のまま叫ぶ。
「ささやかな犠牲?小さな異変?……なんですか、それ。全部全部、クリスタルをさっさと集めさせるための脅しと見せしめのためにガーネット神がやってたっていうんですか?守護竜の意思を奪って…自分に逆らう守護竜は倒して、それで?……わけがわからない。全然小さな犠牲なんかじゃない…!!だってマカライトタウンだって、クンツァイトの洞窟だって、どれほどの人が…どれだけの守護竜が苦しんで、殺されて…っ!何十も何百もって人が…!!」
「たかが何十、何百人の犠牲ですわ」
「なっ……!」
「つまり、これが真実ということ」
すっ、とクオリアが前に歩み出た。
「この島を統べるガーネットという存在は……紛れもない邪神だったというわけだ。カナシダ王家は自らが王となる国を作るため邪神に魂を売り渡してしまった。ガーネット神はモンスターを島中にバラ撒き、いつでもモンスターによって人々を殺戮できることを示した。そして王家と密約を交わしたのだろう。……王家が紋章を定めた土地だけは、神が自らモンスターに命じて“襲わせないようにする”と。その結果……紋章という、本来存在しもしない結界が機能しているかのように見せかけることができるようになったわけだ。同時に、神の気紛れひとつで“紋章など無視していくらでも人間達を襲わせることができる”状況が出来上がった。そして……」
彼は魔方陣の中心に歩みより――王家の短剣を、引き抜いた。
「クリスタルを得るために、異変を起こしては王家をせっつき……“より勇敢で意思の強い者”を選抜させ、英雄候補として旅立たせた。恐らく英雄になる存在に明確な基準は存在しない。ただ、守護竜の眼鏡に叶った強い魂の持ち主でさえあればいい。……選ばれた英雄はクリスタルを持ち帰る。クリスタルを、その心臓に宿して」
どくん、と。カサンドラの心臓が跳ねた。やっと――ずっと感じていた強い違和感と、嫌な予感の正体が明確になる。
何故、とは思っていたのだ。どうして先代英雄候補の冒険者達は、娘の世代に世界を救う手段について何も語らなかったのか。何故、英雄に選ばれたというリーダーの少年は事故死し、その死の詳細が隠されたのか。
まさか。まさか英雄、というのは。
「もう分かっただろう、みんな」
クオリアは淡々と――残酷な真実を、告げた。
「クリスタルに選ばれし英雄というのは即ち……クリスタルを宿した、神に捧げられる“生贄”のことだということが」




