<第五十話・覚悟の旋律>
どうしてだろう。真実に近づく度、自分たちの目的が終わりに近づく度、嫌な予感が拭えなくなっていくのは。
テリスはそれを振り払うように、無理矢理前を見据えた。何日もかけて、やっと戻ってきたトリフェーン砂漠。わかっていたことだが、来た道を戻ることさえ容易なことではない。何故だか森に入ってからは殆どモンスターに遭遇しなかったものの、クンツァイト山脈付近、トリフェーン砂漠付近ではその限りでなかったからである。
「全く、面倒かけさせてくれるぜ……」
目の前にわらわらと現れたのは、キラー・ジャイアント率いる吸血ネズミの大群である。もはや、どこがモンスターの生息地だなんて予想は全くアテにならない状況らしい。筋骨隆々で棍棒を振り回すキラー・ジャイアントは、本来ならばクンツァイト山脈の山の上の方にしか出現しないモンスターだ。こんな砂漠の中に出てくるなど通常考えられない。おかげで、自分達が此処に到達した時は――まだ新人らしき冒険者達が完全に右往左往していた。
自分達が旅をしている間に、丁度アカデミアは卒業式を終えていたらしかった。つまり、アカデミアを卒業した新人冒険者パーティ達が次々と砂漠を超えて山や森、遺跡を目指す頃合なのである。トリフェーン砂漠は最初に冒険者達の道を阻むダンジョンであるとされているが、反面強大なモンスターはそう多くはない。故に、比較的堅実な冒険者が最初に砂漠を目指すのは何もおかしなことではなかったのだが――だからこそ、今のこの状況は完全に新人達の“初見殺し”になっているのだった。
つまり、新人が太刀打ちできないようなモンスターがわらわらと出現するような状態になっているのである。自分達も、旅立った直後にキラー・ジャイアントになんて遭遇していたら、かなり面倒なことになっただろうな、と思う。
「そこのお兄さん達!僕達が引きつけておきますから、今のうちに逃げてください!」
「は、はい……!」
「す、すんませんっ……!!」
襲われていた新人パーティ達をショーンが岩陰に誘導していく。キラー・ジャイアントは攻撃力が高く耐久力もあるため、新人が相対すると非常に苦労するモンスターだ。ぶっちゃけ、物理攻撃の多くが通らない。下手に接近するとカウンターで棍棒を喰らう。そんでもってその威力が馬鹿にならないため、最悪頭や肋をカチ割られてお陀仏になりかねないのである。
「……俺らも新人のはずなんだけどなあ」
「それでも、一ヶ月程度先輩ですから、なんとかしてあげないと駄目じゃないかなと。……それに」
戻ってきたショーンが、ちらり、と砂漠の向こう側を見る。その方角は――マカライトタウンのある方だ。
「僕、なんとなく気がついたんです。戦闘能力とか技術とかって……勿論それも大事なんですけど。それは、そのまま強さに直結するもんじゃないなって。……正直この短い期間で、僕等はそこまで戦力的にレベルアップしたわけじゃないと思うんですよ。ただ……経験したことで、心が鍛えられたから、強くなったんじゃないかって」
それは、分かる気がする。
どれほど強い魔法が使えても、強い武器を持っていても、目の前の敵に怯えてチビっていたら結局何も持っていないことと同じことなのだ。
弱い魔法しか使えなくても、弱い武器しか持っていなくても。相手に立ち向かう勇気を忘れず、勝つための最善の策を考え続ける。それだけで、打開できる状況はきっといくらでもあるのだ。自分達がこの旅で、そしてカサンドラから学んできたことは――つまりそういうことだったのだろう。
「どれほど絶望的な状況であっても……諦めず、考え続けること。……それだけで、0は限りなく1に近づく……ってわけか。その通りかもな」
少くとも。自分はモンスター達を前にして、びびって判断が遅れるようなことはなくなったように思う。
単純なことだ。もっと大きな絶望がこの世にあることを知ったから。それに比べたら目の前の脅威など、脅威の数にも入らないと思えるようになったから。
人を変えるのは、絶望なのかもしれない。絶対に乗り越えられない、乗り越えようのない絶望を知る者ほど、そこから学ぶのだ。どうすれば絶望を乗り越えられるのかと。絶望を前にしてもなお、折れない為にはどうすればいいのかと。
勝負に、絶対はない。勝負が確定するのは、人が諦めて膝を折ったその時であることに、違いはないのだから。
「さっさと終わらせましょう。ゆっくりしている時間なんて私達には無い筈ですから」
カサンドラは容赦がない。彼女は素早く前に出て自らの槍を思い切り空へと放り投げた。なるほど、此処は屋外。広い砂漠。高さを稼ぐには、申し分ない。
「“慈悲なき流星雨”!!」
分裂するいくつもの槍の雨が、何十もの吸血ネズミの群れに降り注いでいた。
確かに一匹一匹は大したことのないモンスターではある。しかしその牙は鋭く、一度噛み付かれると麻痺で動けなくという厄介な特性を持っている。そして、一匹に噛み付かれて動けなくなった獲物に集団で襲いかかり、その血を吸い尽くして絶命させてしまうのだ。紋章の加護の弱い小さな集落では時々大量発生して甚大な被害を齎すこともあるモンスター。耐久は脆いが非常に俊敏で仕留めるには手間がかかる――そのはずであったのだが。
「おいおいおいおい……」
テリスはあっけに取られるしかない。
「い、一撃で……全滅」
ネズミ達は逃げる暇もなく槍の雨に貫かれ、絶命していた。カサンドラの攻撃――威力もそうだが、攻撃範囲と落下速度が格段にアップしている。
彼女も、色々と思うところがあったのかもしれない。彼女なりに覚悟を決めたのか、それともどこかで焦っているのか。
いずれにせよ確かなのは、もうザコ戦で苦労することなど無いくらいには、彼女の力量が上がっているということである。
「スティールする暇もなく、全部やられちゃいましたね。ネズミのしっぽ、欲しかったなあ……」
「そしてショーンは相変わらずブレねえな、と」
「残るはジャイアントだけなんだがな。今回俺も出番は無さそうだ」
はあ、とクライクスは溜息をついた。
「困ったな。ただでさえこのパーティで一番影が薄いような気がしているのに……このままだと余計忘れられそうだ」
その視線の先。仲間をやられて激怒したキラー・ジャイアントの攻撃を、軽々躱すカサンドラの姿があった。そして、そこに容赦なく降る――隕石魔法の、一撃。
「“Meteo-Rain”」
数多の流星が、ジャイアントの逃げ場を塞ぎ、そして巨人の全身を火球で殴打し続けた。ご愁傷様としか言い様がない。断末魔さえ聞こえず、巨人は真っ黒な炭となって絶命していた。
「ミッション完了。他のモンスターは、今のところ……見えないな」
涼しい顔で黒魔法系最強クラスの魔法を放ったクオリアは。涼しい顔で、パタン、と魔導書を閉じてみせた。
自分たちの力量は皆恐ろしく上がっている。が、特にそれが顕著なのがクオリアだった。クリスタルを吸収した影響なのだろうか。メテオレインなんて魔法、普通一発放てばかなり疲労するのが普通のはずなのに――彼は汗一つかかずに、すたすたと砂漠を歩いている。
彼の魔法の技量、魔力が高いことは最初からわかっていた。素質、という意味では恐らくこのメンバーでも随一だったことだろう。ただ、今までの彼は、その高い魔力を扱いきれていなかった印象があったのだ。そして、魔法を使う時の判断力や魔法を即座に切り替えて使うスキルが、魔力の高さに追いついていなかった気がするのである。
そう、それが唯一の彼の弱点であっただろうはずが。今では隙とも呼べないほど進化している。魔法を打ってから次を打つまでの時間。別の魔法に切り替える速さ。そして、魔法を打ってすぐ回避行動に移る高い身体能力。
ただの経験値、というだけでは説明できまい。一体何が、彼をそこまで変えたというのか。
「……あのさ、クオリア」
もう、ダイヤモンドシティが見えてきている。あと少し。あと少しで自分達はあの場所に辿りつく。
この、特例中の特例として始まった旅の始まりにして、終着地点へと。
「クリスタル、何でお前の身体の中に入っちまったんだ?それ、大丈夫なのか?」
皆が尋ねたくても、なんとなく聞きづらかったであろうことを口にする。クオリアは一言、問題ない、と口にした。
「体調に変化はない。むしろ絶好調なくらいだ。クリスタルの恩恵かもしれないな」
「いや、そうじゃなくて……いや、それもそう、なんだけど」
今。
さらっと彼ははぐらかした。“何故クリスタルが体内に入ったのか”というテリスの疑問を。
「……お前は見てないのかもしれないけど」
本当は、カサンドラがいない場所で話したかったが、仕方ない。
「お前がドラゴンから落ちて気を失った時も…お前が一人で先に進んじまって、閉じ込められちまった時も。……どれだけ俺達が、カサンドラが心配したか、知ってるか」
「て、テリス、それは……」
「カッシー。……悪いけど、ちょっと黙ってて欲しいんだわ」
ほんの少し、カサンドラが動揺した気配があった。本当は知られたくなかったことだろう。当然だ。彼女は自分が、クオリアを幸せにできる存在などとは思っていない。むしろ、自分はクオリアを不幸にばかりしてきたと責めているし――最低でも、彼の重荷にだけはなりたくないと考えているはずなのである。
だから、余計な心配をした自分のことなんて知られたくないはずだ。わかっている。これはテリスのエゴ。
カサンドラが知られたくないことだとしても。クオリアはきちんと、その事実を知っておくべきだと、そう思うのである。
「英雄ってのは、何なんだ。お前、まだ何か肝心なことを隠してやがるんじゃないのか」
クオリアのことは、好きだ。友人として、仲間として、大切だと今なら本気でそう思える。
思えるからこそ。カサンドラの気持ちを蔑ろにするようなことがあったら、許せない。同時に――ショーンの気持ちも、踏みにじって欲しくはないと思う。
仲間だから。
隠し事があってもいい。それでも――それぞれの想いを重んじるのが、仲間であるべきだと、そう思うから。
「お前に何かがあったら、カサンドラや……ショーンがどれだけ悲しむことになるか。わかってて、自分が“英雄”になること選んだんだよな?」
「テリス」
そのテリスを遮るように、クオリアは告げた。
「変えられない運命は、確かにある。どんなに足掻いても、願っても、祈っても……届かない手は、この世界にいくらでもあるだろう。私はそれを知っている。身をもって、知っているんだ」
それでもな、と。彼は言う。
「それでも、変えられるものもきっとある。救えるものもきっと存在する。世界がどれほど優しくなくても。想い一つで変わることなくても。……それでもなお、世界を変えていくのは……誰かの強い意思。誰かの勇気だ」
「クオリア……」
「その為に私は自分の意思で、自分にできる最善の道を選んだ。安心しろ。何も成し遂げられないまま……むざむざ死んでやる気などない。お前達みんなそうだろう?」
「………」
「……ありがとう、テリス。君のような仲間がいることを、私は心から誇りに思う」
クオリアは微笑み――強引に話を打ち切って、先へと歩き出してしまった。
――何なんだよ、それ……。
優しくて、本当に愛おしいとわかる笑み。だからこそ。だからこそ突き刺さる。それがまるで、遺言のようにしか聞こえなくて。これが最期だと、まるでそう知っているかのように思えてしまって。
――そう思うなら、なんで。そんな顔してんだよ……。
本当は死にたくない――と。
テリスにはクオリアが、そう言ったように聞こえてならなかったのである。




