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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第四十七話・断罪の光>

「………」


 クオリアは唐突に立ち止まり、後ろを振り返った。僅かに松明が灯るばかりの暗い室内。それでも今まで通ってきた古城の廊下や見て来た部屋と比べると、真っ赤な絨毯もまるで劣化した様子がなく綺麗に掃除されていることがわかる。

 そして、振り返った先。自分がくぐってきたドアの向こうは“沈黙”し――仲間達は誰ひとり追いついて来る様子がない。

 予想通りの事態と言えた。恐らく、皆は追いつきたくても追いつけない状態になっているのだろう。向こうでなんらかの足止めがあったか、あるいはそのドアが純粋に開かなくなっているか。わざわざ今までくぐってきたドアノブを回して確認しようとは思わなかった。万が一ドアが開いてしまった方が、クオリアにとっては不都合だったからだ。


――クライクスが、うまくやってくれたようだな。


 殆ど推測の域だったけれど。この部屋にクリスタルがあることは、ドアを開く前からわかっていたことだった。だから、誰より先にドアを潜り、そして次の者が入るより先にドアを閉める必要があったのである。その考えは正しかったらしい。やはりこの部屋はただ、クリスタルを安置してあるだけではないようだ。


「此処が最後の試練……」


 丸く、暗い塔の一室。クリスタルの姿はなかった。代わりにそこに存在していたのは――宙に貼り付けられるように固定されている、巨大な物体だ。

 八枚ある翼は全て折りたたまれ、がんじがらめに鎖で縛られ、つながれている。ぼんやりと光る全身は純白に光り、強靭な尾と足がまるでぶらりぶらりと揺れていた。

 明らかにサイズが小さい。本来の彼らならば、こんな狭い部屋に押し込めること自体不可能であるはずだ。それでも――分かる。この存在が、今まで自分達が見てきたのと同じ、守護竜と呼ばれる竜であることが。


「光の守護竜……ライト・マスター・ドラゴンか」


 無残な姿だった。鎖で縛り付けられ、あちこち血が滲んでいる。恐らくこの状況は、その体躯が本来のそれより異様に小さいこととも無関係ではあるまい。

 名前を呼ぶと、ライト・マスター・ドラゴンはゆっくりとその目蓋を持ち上げていた。開かれたその眼は、あのアクア・マスター・ドラゴンやアイス・マスター・ドラゴンと同じく血のように真っ赤な色をしている。

 それは即ち。このドラゴンもまた、あるべき意思を奪われていることと同義。


『ゴ……』


 やがて、その真っ赤な瞳がこちらを睨み――。


『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 全身をびりびりと震わせるほどの、咆哮。目の前の存在を敵と認識し、ドラゴンは鎖を揺らして威圧した。圧倒的なプレッシャーに吹き飛ばされないよう両足を踏ん張りながら、クオリアは自らのソウル・ウェポンを顕現させる。


「来い、戦禍の書……!」


 魔導書を握り、身構える。鎖で捕縛されているため、このドラゴンが動ける範囲は限られる。物理攻撃として来ると考えられるのは、脚での蹴りか尾での殴打のみだろう。そして魔法は飛んでくるだろうが、あの鎖がただの鎖ならこのドラゴンがこうも大人しく捕獲されているはずがない。大幅に能力が制限されていると見て間違いないだろう。


――それでも、今この場にいるのは……私一人。


 大幅に弱体化しているとはいえ、光の守護竜を相手に一人で挑まなければならない状況。楽なものではないだろう。それでも、クオリアはこの試練を半ば予想していたし、不利であることを承知で、一人で臨むことを選んだのである。

 理由は簡単だ。恐らく、この試練をクリアした者が資格を得る。クリスタルに選ばれた“英雄”になるのだろうと予期していたからに他ならない。


――カサンドラ、みんな。すまない。これは、私の我儘だ。英雄の座は……譲って貰うぞ。


 何故、焔と雷の守護竜が自分の元に現れて真実を語ったか。

 何故、自分だけがクリスタルに呼ばれて今此処にいるか。

 勿論自分は、こうなるようにクライクスに協力を依頼したし、此処に来たのも全て自分の意思ではあるけれど。同じほどに、“何者か”の意思が働いたことは否定しようのない事実である。

 そう、全ては繋がっていた。此処に至るまで、全ての糸が繋がって――物語が、ひとつの結末に収束していこうとしているのだ。


「先手は貰う……!“Darkness”!!」


 クオリアがドラゴンを中心に収束させたエネルギーが闇に代わり、そのまま光の守護竜を包み込んでいく。光属性のドラゴンの弱点は、当然ながらその反発属性。即ち、闇。弱点属性の魔法を回避しようもなくモロに食らったドラゴンは悲鳴を上げ、大きく脚と尾をバタつかせた。


「くっ……!!」


 尾が床を叩き、絨毯の敷かれた石畳を砕く。筋肉の塊であり、硬い鱗で覆われた尾はなるほどかなりの攻撃力を誇るらしい。と、感心して見ている目の前で、砕かれた床が巻き戻されるように修復されていった。


「……なるほど。この聖なる場所を崩壊させないために、一種の結界は張られている、というわけか」


 建物が崩壊することはない、ということらしい。なら、こちらも遠慮なく強い魔法を連続して撃ち込むことができるというものだ。


「“Black-Dawn”!!」


 巨大な黒い太陽が浮かび上がり、そのまま光の守護竜の胸に大きく当たって爆発した。その瞬間、守護竜の尾がクオリアのすぐ近くの床を叩き、飛び散った破片がこちらに向かってくることになる。


「くっ……!」


 とっさに顔をガードした両腕を鋭い石片が掠め、血が飛び散った。掠り傷程度だが、油断するわけにはいかない。なんせ、クオリアは一人しかいないのだ。回復の専門家であるテリス抜きで戦っているということは即ちそういうこと。つまり、大きな回復魔法を使うことができないのである。

 クライクスが氷の守護竜にやられた時は、なんとかギリギリで回復が間に合って命を落とさずに済んだ。あれも本当にギリギリではあったけれど、それでも回復の専門家がいるということはそういうことなのだ。テリスの技量が、ベテラン白魔導士達に勝るわけではない。それでも、間に合えば致命傷を負った者も救うことができる。白魔導士の有無は、それほどまでに重要な要素なのだ。

 だが。


「ナメるなよ……“Heel”!!」


 クオリアが、他の黒魔導士達と違うこと。それは、初級程度の白魔法ならば充分扱えるということである。この程度の掠り傷ならば自分でも治せる。どうやら黒魔法を打って攻撃するたび、カウンターを覚悟しなければならないようだが――それでも自分なら、その都度治すことが可能だ。


「昔から、魔法しか取り柄がなくてだな。だからこそ魔法で、誰かに負けてやる気はサラサラないんだよ……!!」


 長期戦になることも予想されたが、自分ならある程度の条件下でなら、長期戦であっても独力で戦える。そう踏んだからこそクオリアはこの無謀とも言える試練に独りで挑むことを決めたのだ。

 恐らく、既にクリスタル――及び守護竜達の方も、クオリアを英雄の最有力候補と定めているのはまず間違いない。だとしても、自分以外が英雄に選ばれてしまう可能性は極力排除しなければならなかったのである。

 自分と、クオリアが真実を話したクライクスだけが知っていること。

 この世界を救う英雄。それは、即ち――。


『“断罪の(ジャッジメント)閃光(レイ)!!”』


 ドラゴンの眼がカッと見開かれ、周囲に光の球がいくつも浮かび上がった。これを避け切るには――そう考えて、クオリアはとっさに身を転がす。そう、自分を攻撃してくるドラゴンの真下へ。


――よしっ……!!


 光魔法の特徴。光は全て一直線に敵に向かう。反射することこそあれ、曲がったり追尾するということはできない。

 そしてドラゴンの両サイドに展開した光の球は全て前方に向いていた。ならば、ドラゴンの真下を潜ればどうだ?


「ビンゴ!」


 何本もの光の一撃は、全てドラゴンの前方に向けて発射され、クオリアに当たることはなかった。予想した通りだ。ドラゴンの真下は、光魔法の完全な死角になっている。そして、光の球が浮かび上がってから発射されるまでには多少なりのタイムラグがある。タイミングさえ間違えなければ、その隙に空中に縫い止められた竜の真下に転がることは充分可能だ。

 ただし。


「っと……!!」


 この場所は、もろにドラゴンのキックと尾の乱打を喰らう。

 光魔法の攻撃がやんだならばすぐに飛び退いて物理攻撃を避けなければならない。思った通り、クオリアがさっきまでいた位置を太い尾が思い切り殴打していた。地面が割れ、すぐに元に戻っていく。あのままのんびりしていたら挽肉になるのは間違いなかったな、とどこか他人事のように思った。


「……そうだな」


 ライト・マスター・ドラゴンが何度も物悲し気に鳴いた。

 正気を失い、敵も味方も区別がつかなくなっているのであろう竜。それでも、その深い悲しみは伝わってくる。こんな場所に独り縛りつけられ、苦痛と孤独に耐えなければならぬ絶望。それが、いつまで続くかもわからぬ恐怖。どれほど苦しかったことだろう。どれほど終わりを、願っていたことだろう。


「貴方の苦しみを……長引かせたくはない。終わらせて差し上げる。貴方の悲しみも……この世界の歪みも、全て。その為に今、私が此処に居るのだから」


 いつもなら――貯めが長い事と、規模が大きすぎることで使えない一つの魔法。崩壊しないことを約束されたこの塔ならば、使うことも許されよう。


「貴方の願いは、私が叶える……!だから安心して眠れ、光の守護龍よ!!」


 魔導書を掲げ、魔力を集約させる。普段ならまず詠唱しない、長いスペルを一気に唱えた。長期戦も覚悟していたが、やはり少しずつ削っていくのはあまりにもしのびない。何故ならこのドラゴンは、神に無理矢理留め置かれ、試練の捨て石に置かれた――救われるべき、被害者に他ならないのだから。


「“Ultimate”!!」


 黒魔法最強の奥義が、炸裂する。光、闇、焔、氷、水、雷、風、地――全ての属性を飲み込み、あらゆるものを無に帰す圧倒的な力が光の守護竜を飲み込み、爆発した。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 断末魔の声。刹那、バリン!とガラスが砕けるような音が響き渡った。光の守護竜の身体が地響きを上げて落下し、その身体を縛りつけていた鎖が文字通り光の粒子となって消えていく。


「“螺旋を駆ける(スパイラル・)一撃(スティンガー)”!!」


 破裂するような凄まじい音が背後で聞こえた。クオリアが振り返れば、ドアを破壊したカサンドラが、仲間達を従えてそこに立っている。


「……!?これは、一体……」


 ボロボロの光の守護竜の姿に驚く彼女達に――クオリアただ、静かに告げた。


「終わったよ。英雄を選ぶ試練も……この竜の苦しみも」



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