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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第四十六話・幸福になる権利>

 あの鈍いクオリアが、テリスの気持ちに気づいていたとは正直思わない。

 いや、気づいていたところで――一人しかいない少女に、それも自分達の戦略の要である少女に、ああいった礼の示し方をすることは――まあ、親愛としてなくもないことだ、とは思う。というか、あのクオリアの性格を思えば、後先考えずにそういうことをしそうだとも思うのだ。だから。


――ああもう、本当に俺って馬鹿……こんなこと考えてる場合じゃねーだろうがよ……。


 古城の中に足を踏み入れ、階段を登っていく。気を散らしていたら足を踏み外しそうになるくらいには、あちこちが老朽化していた。石畳は苔むしていて滑りやすくなっているし、石が欠けたり穴があいていたりなんで場所もザラにある。手すりだってあちこち折れているので役に立っていない。下手に掴まったりなどしたら。そのままボキリと行きそうな具合である。


『セクハラ?ってことはカサンドラお前……ちゃんと女扱いされてたのか!そういやお前女だったな、すっかり忘れてたけど!!』


 いつもの軽口を装って、あんなことを言ったが。

 クオリアがカサンドラを抱きしめた時、明確に嫉妬した自分がいたのも事実で。否応無しに、気がつかされてしまったのである。

 自分は、カサンドラが好きだったのだ。そういう意味で。多分この感情には、親友としての気持ちもある程度混じってはいるんだろうけれど――彼女を女の子として見ていなかった、なんて言葉がはっきり嘘だと自分でわかるのなら、つまりはそういうことなのだろう。

 別に、だからどうしたかったわけでもない。

 カサンドラとキスがしたいとか、それ以上のことをしようとか、そんなことを考えたことがあるかといえば正直微妙である。それでもだ。

 一番近くにいたい、出来れば彼女の一番は自分であったらいいな、なんて思ってしまった時点で。それが単なる友情を超えているのは、ほぼほぼ間違いのないことなのだろう。


――でもさ。俺、クオリアみたいに鈍くねーし。ここまで露骨だと分からない筈ないんだよな。


 カサンドラは、自分にけして言わなかった。クオリアのことを、恋愛対象として好きである、などということは。それは恐らく彼女自身が自分の気持ちをはっきり線引きできていなかったのもあるのだろうし、きっとどこかで恋愛対象にしてはいけないと思ったのもあるのだろう。

 何故ならカサンドラは、最初の世界の人格――カレン・ラストであった時の彼女を、そのまま引き継いでいるからだ。カレンは、クオリア――当時のクシルに仕える騎士であったのだと言っていた。つまり。敬愛し忠義を向ける相手であっても、けして恋人同士になって結ばれるような存在ではなかったのだろう。だから、蓋をした。自分はこの人に恋心など向けてはいけないと、そう暗示をかけるようになったのではないか。

 勿論、この世界において、自分達に身分の差はない。ああ、正確に言えば元々のクオリアの身分は伯爵家の子であるのだろうし、カサンドラは普通の庶民の家の娘だ。しかし、冒険者となった以上法律上は同等に扱われるはずであり、二人が結婚しようと考えれば不可能ではないはずである。当然、クオリアの家の者達の理解を得る必要はあるのだとしてもだ。

 それでも彼女が、クオリアに対して親愛以上を向けないように気を使っているのだとしたらそれは、もう一つの理由もあってのことだろう。


――カッシー。……お前さ、いいんだぜ?


 きっと彼女は、最初の世界からずっと自分を責め続けている。

 愛する人を守りきれない自分を。愛する人を見つけるたび、不幸にしてしまう自分を。

 結局、彼女もクオリアと同じだ。愛する人を救えないのも、愛する人が地獄に落ちるのも全て自分が不甲斐ないせいなのだ、と。

 全部、全部、全部――自分のせいなのだ、と。


――そんなことねぇんだよ。お前と出会って、不幸になった奴なんていないよ。少くとも、この世界の俺らはみんなそうだ。クオリアだって。さっきのあいつの言葉、ちゃんと聞いてたろ。誰が、お前を恨んでたよ。誰が、お前のせいだなんて責めたよ。


 前を歩く少女の背中に、無言で言葉を投げかける。自分がこんなことを言っても無意味なのはわかっていた。むしろクオリアが言ってさえどうにもならないのだろう。

 最後の答えは、結局のところカサンドラ自身で見つけていくしかないのだから。


――だから、いいんだよ。……お前だってさ、ちゃんと幸せになっていいんだ。お前がそうやって自分の為に頑張るってなら俺は……全力で、応援するからさ。


 唇を噛み締めて、テリスは自分の心に折り合いを、つける。つけなければならないと、そう思った。

 そう、自分は彼女が好きだから。

 僅かばかりでもクオリアに嫉妬して、彼女の不幸になるようなことを願ってしまった自分を、正しく殺さなければならないのである。

 好きな相手の幸せを願うのは、当然のこと。だって自分は、クオリアのことだってけして嫌いではないのだから。


――だから、もうちょっと頼ってくれよな。……お前の望むハッピーエンドで、一番近くにいるのが俺じゃなくても。お前の背中を押すポジションくらい、俺であってもいいだろ?


「……この階じゃ、ない」


 もっと上だ、とクオリアに言われるまま古城を昇り続けてきたが。階段の終わるフロアまで来ても、クオリアは首を振った。此処ではない、もっと上だと。


「どういうことだよ?此処五階だぞ。これ以上上とか、屋上しかねーべ?」

「外から屋上見ましたけど、クリスタルらしきものがあったら視認できそうな気がしますよね?いえ、ものすごく小さいかもしれませんけど、なんていうか光り輝いていそうというか……」

「ショーン、それはちょっとライトノベル読みすぎじゃねえかな……」


 きょろきょろと辺りを見回しながらテリスは周囲を探す。壁沿いに歩いていくと、不気味な絵画が飾られたままになっていた。恐る恐る近づくと、それが恐怖に彩られた女性の顔だというのがわかる。一体何を見たのだろう。両手で髪を掻きむしり、顎が外れそうなほど大口を開けて叫んでいる。その眼は血走り、目蓋の淵が裂けそうなほど見開かれていた。よくよく見るとその瞳には何かの黒い影らしくものが映りこんでいるが、この絵だけではそれがなんなのかまで判別することはできない。

 油絵、だったのだろうが。経年劣化で絵の具が半分溶け出しているせいで、正直余計グロテスクな有様となってしまっている。城、になっているのだから此処も貴族以上の偉い身分の人が住んでいたのだろうが――はっきり言って、趣味が悪いとしか思えなかった。夜中にトイレに行こうとしてこんな絵を見たらチビるぞ、なんてことを思うテリスである。


「これ以上上は屋上しかない……いえ、確か塔があったような気がします」


 少し考え込んで、カサンドラが言う。


「どこかの部屋に、塔に繋がる階段があるのかもしれません。ただ、それが隠し階段になってる可能性は否定できませんが」

「そうだな……少し気配を探ってみよう」


 言いながらクオリアはずんずん廊下を進んでいく。古城に入ってからモンスターの類は一切姿を見せていないが、それにしても少々無用心すぎやしないだろうか。クオリアは前衛職ではない。あまり先頭を歩いて欲しくはないのだけれど。


――なんか、焦ってる……?もうすぐクリスタルに到達できるかもしれないからか?


 そういえば、選ばれし者ではないと、クリスタルはおろか古城に入っただけで呪われることがある――なんて噂であったが。自分達は大丈夫なのだろうか。結局英雄が選ばれる条件とやらもわかっていない。最終的にボスがいて、それを倒した奴が英雄確定です!とかならわかりやすいのだが。

 今のところ異変はないものの、なんだか今更になって怖くなってきたテリスである。そもそも、自分達の中に本当に英雄に相応しい人間がいるかどうかさえ、結局定かではないというのに。


「良かった」


 やがて、クオリアが安堵したように告げる。


「思ったより、仕組みはシンプルだったみたいだ。ほら」


 きい、と音を立ててクオリアが木戸を開いた。その向こうには、石畳の階段が続いている。しかも、階段の壁にはしっかり松明が掲げられて、赤々と燃え盛っているではないか。


「不自然すぎますね」


 カサンドラが眉をひそめる。


「さっきまでの道は、階段も崩れかけていたし苔だらけでした。絨毯だってシミだらけであちこち腐ったり穴があいていた有様だったのに。……此処の階段だけ、随分綺麗じゃないですか。しかも、松明が灯されたままって……まるでこの場所だけ、誰かが頻繁に訪れて掃除と手入れをしていたかのようです」

「やっているのは案外ガーネット神本人だったりしてな」


 クオリアが珍しくジョークを言う。いや、案外ジョークでもないのかもしないが。


「神様が此処に来れるってなら、本末転倒だろ。自分でクリスタル持ってこればいいじゃん」


 ついツッコミをしてしまうテリス。相変わらずクオリアが言う言葉はどこまで本気か嘘かもわからない。


「そうだな。つまり、神本人にもクリスタルを持ち運ぶのは不可能だったか……どうしても、人間に持ってこさせる必要があった可能性が高い、ということじゃないか」

「持ってこさせるって、なんでだよ。英雄っていうのは、単純に“唯一クリスタルに触ることのできる”だけの人間のことだろ?」

「そうだな、私も最初はそう思っていた。……でも、恐らく真実は……そんな優しいものではなかったと、そういうことだろう」

「……?」

「行くぞ」


 そしてクオリアは、それが当然というように真っ先に階段を上がっていってしまう。慌ててカサンドラが追いかけ、テリスとショーンとクライクスも続いた。おかしい。やはり、クオリアは何か知っているのではないか。雷の守護竜と焔の守護竜と話したと言っていたが――本当は、自分達に話していないことがまだあったのではないだろうか?


――いずれにせよ、真実はもうすぐ明らかになりますってことかね……。


「おい……!」


 その時、最後尾にいたクライクスが自分達を呼び止めてきた。何だ、と思うと彼は来た道を戻り、階段の前の木戸をがちゃがちゃと動かしている。


「嫌な予感がしたと思ったらこれだ……!ドアが開かなくなっている!」

「はい!?」

「ちょ……まじで!?俺達閉じ込められたの、お約束展開かよ!?」

「……!!クオリア、待って!待ってください!」


 カサンドラが慌てたようにクオリアを呼び止める。が、一番前を走っていたクオリアはクライクスの声が聞こえなかったのか、そのまま駆け足で階段の上のドアを引き、中に入っていってしまった。


「おいクオリア、俺達を置いてくな!!無用心すぎるだろ、おまっ……」


 やっぱり変だ。クオリアは一体何を焦っているのか。いや――それとも。


――!!もしかして、クオリアにだけクリスタルの気配を察知できたのって……マジで、クリスタルに呼ばれたからなんじゃないだろうな!?


 まずい、と思ってカサンドラを押しのけ、クオリアが消えたドアのノブを回そうとした。が。


「畜生!こっちも開かねえよ!!」


 悪い予感ばかりが当たる。ドアノブをいくらがちゃがちゃと回そうとしても、ドアに体当たりをしても、まるで開く気配がない。ドアは木製だし、かなり古びている。そこまで頑丈であるとは到底思えないのに。


「クオリア!戻ってください、クオリア……!!」


 カサンドラがドアを叩き、クオリアを呼んだ。何度も何度も、彼女らしからぬ大声で。

 けれどドアの向こうは沈黙したまま、声が返ってくることはなかった。まるで音さえも、闇の中に吸い込まれてしまったかのように。

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