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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第四十二話・明日の記憶>

 はっとして眼を見開いた時、クオリアに見えた景色は先ほどいた場所とは全く異なっていた。

 天井の、古びた木目。木造の――どこかの屋内で、自分は倒れているらしい。何だ、と思って身体を起こして、やけに全身が重たいことに気づいた。それは、怪我や不調による重さではない。もっと物理的なもの。


――なん、だ……?


 怠い両腕を動かし、自分の身体を見下ろして気づく。何だ、このやたらと派手でケバケバしい服は。赤い生地に、いくつも花らしきものが刺繍されている。それだけならまだ良い。随分と窮屈で、しかもこれは一体何枚重ねて着ているのか。身動きひとつするだけで苦痛だ。まるで、どこかの劇場に出てきた架空の国の姫君か何かのよう。ああそうだ、この違和感。この色使い。どうにもこれは、男性が着るものではないような気がするのだが。


「くそっ、重い………え?」


 思わず悪態をついて、瞬間喉を抑えた。自分の声ではない。いや、面影が全くないこともないが、いつもの自分の声より幾分高い。女性の声と言っても差し支えないほどには。

 嫌な予感がして――どうにか重い服を引きずりながら、部屋の中の鏡台らしきものの前に出た。四角く、小さな鏡の中に自分らしき存在が映っている。そう、自分が手を上げれば鏡の中の人物も上げる。だから映っているのは紛れもないクオリア自身であるはずなのに。

 どうして鏡の中にいるのが、派手な赤い布地を纏った“女性”なのだろうか。顔は、確かにクオリアに非常に似ている。藍色がかった長い黒髪も、同じ色の瞳も何も変わらない。ただ、明らかにそれは自分ではあり得なかった。ああ、どうして鏡の前に来るまで気づかなかったのか。服の合わせから、明らかに豊満な胸の谷間が見えているというのに。


――何だこれは……!?私が、女性になっている!?いや、まさか……そんなことがあるはずが……!


 自分はドラゴンから落ちたはず。そこまでは覚えている。だが、その後何がどうして、自分はこんな場所に一人でいるのか?女性のような身体になって、見覚えのない木造の屋敷の部屋の中、白いぺったんこの――ベッド?だろうか。それに寝かされて、何故顔面蒼白で鏡を見つめる羽目になっているのだろう。

 テリスは?クオリアは?ショーンは?――カサンドラは、一体何処に?


「!!」


 突然、すぐ傍に引き戸が開いた。どうして気配に全く気づかなかったのか。そう思うほどでっぷりと太ったその男は、全身から油っこい嫌な臭いを放ちながらそこに立っている。


「ああ、眼を覚ましたのか……繰那姫くりなひめ


 ニタリ、と笑うたび。男の黄ばんだ歯が見えて気分が悪くなる。


「じゃあ、そろそろいいよな?私達は夫婦になったんだから……夫婦なら、やることは一つだろう?」


 何だ。何なのだ。何を言っているのか意味がわからない。

 ただ、男が嗤うたびに嫌悪感を恐怖が這い上がり、クオリアは後退る他なかった。やけに重たい服のせいでまるで身動きができない。繰那姫、というのは誰なのか。自分は一体誰と間違われているのか。


「や、やめろ……!違う、私は……私は繰那姫とかいう人間じゃ……」


 鈍い鈍いと言われるクオリアでもわかる。男は、自分を妻と勘違いしている。そして、夫婦が行うなら別段珍しくないであろうその行為を、自分に強いろうとしている。


「何で拒むんだ、姫。分かっていて私の元に嫁いだはずだろう?家を守る為なら何だってやると言ったはずだよな?もう約束を破るのか?……お前の家族が、どうなってもいいのか?」


 逃げなければ。わかっているのに、自由がきかない。魔法を唱えようとして、気がついた。身体に、まるで魔力が満る気配がない。まるで、魔力の全てをどこかに置き忘れてきてしまったかのよう。これでは唱えても魔法が発動するとは思えない。


――嫌だ……!


 本能的な恐怖。それは、ただ乱暴されることへの恐怖ではない。

 だってそうだろう。自分には、自分には心に決めた人がいるのに。まだあの人と接吻も交わしていない。出来ることならば、いつかそあの人と結ばれて、あの人の子供を産みたいと願っていたのに――。


「たくさん子供を作ろうな、私の可愛い可愛い、繰那姫……」


 覚悟をしていたはずなのに。腕を掴まれ、服を無理矢理剥ぎ取られ――胸を掴まれた瞬間、絶叫していた。






――嫌だ、嫌だ…!利明……っ!!






 これは、一体何なのだ。

 今の自分はクオリア?それとも――ああ、一体、“誰”?




 ***




「素晴らしいわ。…今まで、たくさんの世界を見て来たけれど……こんなに面白い素材は、貴方が初めてよ」


 身体を引き裂かれ、泣き叫んだ瞬間――世界は唐突にひっくり返っていた。

 真っ白な場所に、クオリアの意識は落下する。今度は何だ、と思った。耳鳴りが酷い。頭が痛い。先ほどの恐怖が残っていて、まだ涙が滲んでいる。

 そして相変わらず身体は自由に動かない。今度はさっきより幾分まともな、そう“クオリア”が着ていたローブとよく似たものを身にまとっていたが、その代わり両腕を後ろ手に縛られていた。どうにもその状態で寝かされているらしい。真っ白な場所。部屋なのか、外なのか、ひょっとしたら夢の中であったりするのか。

 確かなのは、クオリアの視線の先に、真っ赤なドレスの裾が見えること。

 眠っている自分の目の前にドレスの女性が立っていて、自分に話しかけてきているらしいということだ。


「いろんな世界で実験したの。あたしはもっともっと力が欲しい。神さえも、竜さえも、超えた力が欲しい。その全てを超越した神なる竜を……あたしの手に収めるためにはどうしたらいいか。一番、いい結果を残せたのは、強い魔力と意思を持つ人間の身体に闇のクリスタルを植え付けて芽吹かせ、その血肉を使って神竜を創造する実験だった。でも……神竜に身体を食い破られた母体は死んじゃうし、しかも生まれた神竜の雛はオリジナルに遠く及ばないものばかり。仕方ないわよね。どんなに頑張っても、一人の人間が持てる力なんて微々たるものでしかないんだもの……」


 でもね、と。ドレスの女はどこか楽しそうに続けた。


「一人の人間が、何度も転生を繰り返し、魂を鍛えて……力をそのたびに蓄えられるとしたら、どうかしら?一人の、普通の人間では到底持ち得ないほどの魔力や、純度の高い魂を得ることも充分可能。勿論、それが出来る人間は本当に限られたものよ?だから、あたしはこの世界でずっと捜していたの。人喰いの魔女、なんて言われるのは少し不名誉だったけれどまあいいわ。この世界では、美しい者ほど強い力を持つ傾向にある。だから、貴方を攫えばきっとハズレはないと思ったのよ。……ええ、あたしの読みは正しかったわ。この世界で最も美しく、清らかな心と…高い魔力を持つ貴方。そして、転生をくり返すほど、ダイヤの原石のように魂を磨く素質を唯一持っていた……貴方。ふふふ、合格よ」


 すっと女の手がクオリアの頬に伸び、首を傾けられ、ついにその顔を視界に収めることに成功する。

 ウェーブのかかった明るい茶髪をアップにして後ろで一つに結い、血のように真っ赤な眼を細め、真っ赤なルージュを釣り上げて嗤う魔女。

 ああ、知っている。自分はこの女を――知っている!


「約束は、守ってあげるわ。貴方が生贄になってくれたから……これ以上、貴方以外のこの世界には何もしないであげる。貴方の大切な…あの竜騎士の娘にも手出しはしないでいてあげるわ。嬉しいでしょう……クシル」


 自分の国の民を、兵を、貴い命を蹂躙し続けた恐るべき存在。

 異界より訪れた招かれざる客人。災禍の魔女――アルルネシア。


「だから、たくさん苦しんで死んでいってね?何度でも……その魂がいつか、神なる竜を産み落とせるようになるまで」


 突き落とされる。

 息ができなくなるほど深く、溺れる。

 クオリアは理解した。そう。




「全部……全部、思い出した……」




 そうだ、自分は。クオリア・スカーレットは。

 繰那姫で――クシル・フレイヤで。

 たくさん、たくさんの世界に生まれ、そのたびに無残に死んできた存在だったのだ。多くが、最初の世界から自分に付き従ってくれている――カサンドラ。否、カレンの目の前で。


「私は……私の命も、運命も、何もかも全て……あの魔女の、掌の上だった……?全ては魔女のシナリオ通りに……」


 目を見開く。そこはもう、屋敷の中でもなければ、真っ白な謎の空間の中でもなかった。

 闇だ。塗りつぶしたような闇しか見えない。そこにぽつんと、クオリアだけが立ち尽くしている。まるでクオリアの絶望を如実に示すように。何処まで行っても救いのない、自分の存在そのものに未来は無いのだと示すように。


――違う……!私は……私はクオリア・スカーレット。今の私は、クオリアだ。他の誰でもない。そして……どの世界の私も、同じだったはずだ。どれほど運命に翻弄されようと、地獄に落ちようと……自分の意思で考え、己の心で道を決め、抗い続けてきたはずなんだ……!!


 クシルが、魔女への生贄に捧げられることを選んだのも。

 繰那姫が、愚かな男に陵辱されて孕まされてなお、汚れた血を残さぬため自死することを選んだのも。

 全部全部、自分の意思だった。誰かに強制されたことではなかったはずだ。喩え、それが魔女の思い描いた通りの結末だったとしても、結局転生して繰り返したとしても。自分は自分の信じるまま、自分の心にだけは背かぬ決断をしてきたはずなのである。


「私は、私だ……!他の誰かじゃない、誰かに操られてなんかない……っ!!私は自分の意思で此処にいる。此処で生きている、そのはずだろうっ……!!」

『その通りだ、クオリア』


 はっとして顔を上げるクオリア。真っ暗な闇の中、ぼんやりと灯る光があった。赤と、金。二つの光は少しずつ大きく、強くなり――やがて、巨大なドラゴンの身体を形成することになる。


「貴方がた、は……」


 誰に、何を言われずともわかった。揺れる焔のように鮮やかに燃え盛る翼を持つ竜。稲妻のように帯電する鬣が美しい二体の竜。その神々しさと、肌で感じる魔力の高さが存在証明に他ならない。彼らは、守護竜。クオリア達の世界を守る、焔と、雷の守護竜だ。


『我々のことは、紹介するまでもないだろう。……クオリアよ。お前は今日まで、自らの意思で生き、クリスタルの古城にまで至ろうとしている。それは誰に強制されたでもない、お前自身の意思。ただ……それでもお前の運命と結末は、魔女に呪われているのも確かなことよ……』


 焔の守護竜は告げる。お前はもう気づいているのではないか?と。


『この世界の真実……土の守護竜が、神を倒せと言った真相。そしてお前達の旅が最後に辿り着く場所。……全ては、一つに繋がった真実であるということに』


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