<第四十話・恋心と空模様>
「物凄く適当なんだが、これでいいか?」
すっ、とクライクスが両手に握って差し出してきたのは木の枝。非常に簡単な籤引きである。三本だけ下がぽっきり折れているので、それを引いたら三人組の方。長いのを引いたら二人組の方、という具合に分けられるのだ。シンプルだが非常に理にかなったやり方だな、とショーンは思う。同時に、クライクスにその籤作りを任せたのも含めて。
つまり、この籤引きでメンバーを三人と二人に分けようしているのである。理由は単純明快、ドラゴンに乗れる最大人数が三人までだったからだ。
ガイア・マスター・ドラゴンはカサンドラの魔力が保つのなら、自分達を乗せて山を越えても構わないと言ってくれた。それは非常に有り難いことだったのだが、いかんせん五人もいる。そして、五人を同時に運ぶのははっきり言って無理があった。ドラゴンの背そのものは広くてスペースは充分だったのだが、何が問題ってゴツゴツしていて安定して立てるor座れる場所がかなり限られていたのである。
結果、チームを三人と二人に分けることになったのだが。
「ぶっちゃけテリスと二人組になるのだけは嫌なんですけど。その場合はうっかり空から落としてしまうかもしれません」
「カッシー!お前まだ怒ってんの!?画伯を画伯と読んで何が悪ぃんだよ!!」
「そうだぞ、カサンドラ。確かに君の芸術を理解してもらえないのは残念だったが、だからといって乱暴はいけない。そもそも貴重な白魔導士がいなくなっては困る」
「正論なんですけどクオリアさん、その言い方だと地味にテリスさんの価値はジョブにしかないと言ってるように聞こえますが……」
「え!?す、すまないそんなつもりでは……!ただ私はこれから先の旅で回復が使えるテリスがいないのはとても困ると言いたかっただけで……!!」
「クオリア、全くフォローになってないどころか正直に抉ってくれてどうもありがとう……」
「あああテリスさんが完全に沈没……!どなたかゾンビ復活の儀式お願いします……!」
「よし今の隙に置いていきましょうそうしましょう」
「そそそんなつもりでは……あああテリス、本当にすまない。私ってやっぱり馬鹿なのかな……」
「お前たちさっきの話を蒸し返すな……!ショーンまでボケるな!そしてテリスは早く現実の世界に戻ってきてくれ俺はツッコミになりたくない……!」
「俺の価値ってやっぱりジョブとツッコミだけなんだぁ……」
こんな具合に、さっきの喧嘩を蒸し返して完全に収集がつかない状況である。
もしこれが、探索のための効率的な組分けを、とかいうのだったらどんな組み合わせになっても反対されることはなかっただろう。勿論、とんでもなくバランスが悪いパーティを組んだりしたら、安全面で苦言が呈されることはあっただろうが。今回はほんの少し空の旅をするだけの組合わせである。どんな組み合わせになってもさほど問題がない。だからこそ――ある意味での信頼もあって、おふざけに発展してしまうのはまあわからない話ではなかった。
それは同時に、誰もが本当に願っていることを簡単に口にできないからこそ、でもあるのだろう。
ショーンは気がついていた。多分このメンバーの中で、“自分は他の誰とペアになっても構わない”と思っているのが多分、クオリアとクライクスだけだということを。
そう、三人組の方ではなく、二人組の方が問題なのだ。ほんのちょっぴりの空の旅。でも滅多に経験できない、ドラゴンに乗る体験。しかも、二人きり。ショーンは薄々気づいていた。出来れば一緒になりたいな、と思う相手がいる者が此処には三人もいるということに。
しかもカサンドラもテリスも、そしてショーンも。残念ながら揃いも揃ってそういうところがチキンなのである。素直にそれぞれ一緒になりたい相手の名前が言えないのだ。で、半分照れ隠しもあってからかい合いに発展してしまう。カサンドラだって何も本気でテリスと二人組になりたくないと思っているわけではないのである。
――旅を続けるごとに……どんどん、この世界の恐ろしい現実が見えてきて。怖いものも、たくさん見るようになって。……だからこそ、選ばれた五人の仲間で、精一杯団結して乗り越えて行かなきゃいけないのに……。
日毎に募る、自分自身の醜い感情に、ショーンはほとほと嫌気がさしていた。他のみんなに対する劣等感と、カサンドラへの嫉妬。彼女がいっそ、小説に出てくるヒロインや悪女のように露骨にクオリアにべったりしたり、クオリアに惚れてますオーラを出してくれたら、自分も堂々と彼女を恨むことも出来ただろうに。
カサンドラは明らかにクオリアに対して特別な想いを持っているのに、それをどうにか押し殺そうと必死になっている。どう見ても告白する気があるようには見えないし、それはフラれたらどうしようというより、絶対に想いを伝えてはいけないと自制しているようにも見えるのである。理由はわからない。わからないけれど、ただ殺しきれてない好意だけは見えてしまう。当然だ。同じ相手を見ているのだから、わからないはずがない。
おまけに、そのカサンドラは明らかにテリスに気にかけられているのに気がついていないし。カサンドラにもショーンにも慕われているクオリアは、明らかにどっちの気持ちにもまるで気付いていない様子なのである。いつの間にこんなに人間関係が複雑になってしまったのだろう。悪いのは誰なのか。あるいは誰も悪くないのにこうなってしまったのか。
――だから、この場合。クライクスが籤を作るのは一番無難ではある……んだけど。
ショーンは籤に手を伸ばす。もしカサンドラがクオリアと二人組を引き当てたとして。ショーンがカサンドラに、ペアを代わって欲しいと頼んだら――きっと彼女は、どれほどクオリアとペアになりたくてもショーンにその席を譲ってくれるのだろう。その結果が目に見えているから嫌になるのだ。彼女はクオリアの幸せの為ならば、きっと簡単に身を引けるし、そもそも自分がクオリアと一緒になれる未来など考えてる気配もない。彼女はいつだって、クオリアの幸せを第一に想うだろうというのがわかってしまう。それを見せつけられるたび、どれほどショーンが自分の醜さを思い知り、惨めな気持ちになるとも知らずに。
「全員引いたみたいだな」
そして、籤の結果。
二人組になったのは、クオリアとカサンドラだった。三人組がクライクス、テリス、ショーンである。
「……えっと、じゃあ」
ショーンは余計なことなど何も口にしないように努めた。こんな小さなことを、うじうじと考える自分がおかしいと分かっている。今最も考えるべきは、一刻も早く山を越えてクリスタルを手にして、世界を救うことなのだから。
「僕とクライクスさんとテリスさん、先に乗らせていただいてもいいですか?」
自分は今、上手に笑えているだろうか。
ぐちゃぐちゃになってしまいそうなこの感情を誰にも悟らせず、特に何でもないことのように――いつも通りの声が出せているだろうか。
「あ……は、はい。大丈夫です。山を越えたところで、待っていて下さい」
明らかに動揺しつつ、嬉しい気持ちを隠そうと頑張っているカサンドラに、一体何が言えただろうか。
「……いいのか、ショーン」
そしてそんなショーンの気持ちは、クライクスにはしっかりバレてしまっているらしい。彼にはクオリアへの憧れについて話したことがある。敏いクライクスのこと、少ない言葉だけでも見抜かれてしまったのだろう。
「……はい。いいんです」
だから、ショーンは返した。
「いいんです、これで」
まるで自分に、必死で言い聞かせるように。
誰も彼も優しすぎる。このパーティには優しい人間しかいない。だからこそ。
時にあまりにも残酷すぎて、酷く泣きたくもなるのだけれど。
***
ほんの少しだけ聞こえた、クライクスとショーンの会話。どういう意味だったのだろう、とカサンドラは首を傾げていた。これでいい、とは何のことなのか。
――なんとなく……訊ける雰囲気じゃなかったな。
三人を乗せたガイア・マスター・ドラゴンが飛び立っていき――洞窟の前には、カサンドラとクオリアだけが残された。召喚魔法の中でもドラゴンの召喚は極めて特殊な部類である。基本的に、召喚魔法で召喚されるモンスターは魔法の一部であり、精霊に近い存在だ。意思を全く持たないわけではないのだろうが、姿を持っただけの魔法に近いものとされている。つまり、召喚主の手足として自由に動くし、逆らうということもまずあり得ないのである。
竜騎士が操る、ドラゴンの召喚だけは違う。一応魔法という形態は取っているが、呼び出すのは守護竜の分霊であり、守護竜の意思をしっかりと受け継ぐ存在だ。召喚主のために動いてはくれるが、それを竜騎士側が思いのまま操れるかというとそうではない。あくまで“召喚主の不利益にならないように自発的に動く存在”、それが竜騎士が操るドラゴンの召喚の最も特異である点である。
ゆえに、移動のために力を貸して欲しいと頼んでも断られる可能性はあった。いくらカサンドラの仲間とはいえ、運ぶ相手が加護を与えている竜騎士だけではないからだ。潔癖な守護竜ならば嫌がることもあると聞いていた。今回の場合、頼みを聞いて貰えなかったらほぼほぼ詰む状況だったわけで――なんとかなって、ほっとしているのが正直なところである。
「カサンドラ」
そのカサンドラに、クオリアが声をかける。
「お前は今回みたいに……竜に乗って空を飛んだことはあるのか?」
「え……」
「いや、戦闘と、情報収集以外で守護竜を呼んだことそのものがないんじゃないかと思ってな」
どうしようか、とカサンドラは少しだけ迷って――やがて、素直に答えることにした。
「いえ……無いです」
この世界では、無い。それは正しい。カサンドラがドラゴンに乗って空を飛んだのは、この世界に転生する前のことだ。自分がまだカレンであった時、何度も戦いのため、あるいは移動のためドラゴンに乗って空を駆けたものである。
そうだ、一度だけだけれどクオリアに、否クシルにどうしてもと頼まれて一緒にドラゴンに乗って飛んだことがあったのだったか。あの時、クシルが普段の落ち着いた雰囲気を忘れてしまいそうなほど――そう、子供のようにはしゃきでいたのをよく覚えている。
『凄い……凄い凄い凄い!雲があんなに近い……森があんなに遠い!これが……私達の、世界か!』
まるで昨日のことのようにその光景は、目蓋の裏に焼き付いていた。何度転生しても変わらない、カサンドラだけに許された宝物。
誰にも触れさせない、自分だけの聖域だ。
「この国では。島の外に渡ることは、長年タブーとされている。故に、獣や鳥で島の上を飛ぶ程度ならともかく……空を飛べるような大きな乗り物は開発されていない。理論は確立されているという噂だが、国がその存在を許可していないからな。でも……」
噂でしかないけど、とクオリアは言う。
「島の外には、此処よりもずっとずっと大きな大陸があって……空を飛ぶ乗り物が山ほど存在しているらしい。人々は自由に空を飛んで移動するから、どれほど遠くに住んでいても会いたい人に簡単に会いに行くことができるのだそうだ」
「空想小説みたいですね、それは」
「そうだな、夢物語かもしれない。でも私は……叶うのなら、そんな世界を一度は見てみたいものだと思う」
どこか眼を輝かせて笑うクオリアに、あの日の、クシルの笑顔が重なった。
「そもそも、空を飛べるなんて。それだけでワクワクしないか?私達の世界を、誰より高い場所から見ることができるんだぞ!」
ああ、同じだ。
この人はやっぱり同じなのだ。
その笑顔に、どこか胸の奥が鈍く痛んで――カサンドラは、小さく笑みを浮かべるに留めた。
「そうですね。……私もそう、思います」
翼の音が聞こえる。ガイア・マスター・ドラゴンが戻ってくる気配を感じながら、カサンドラは思う。
目の前のこの人を、自分はどう見つめていくべきなのだろうか。この人はクオリアだ。クシルの生まれ変わりで、クシルとそっくりで、クシルと同じ魂を持つ。でも、それでもこの人はクシルでは、ないのだ。
――私はこの人を護るために、転生を繰り返して此処にいる。でも……。
この人に、クシルを重ねすぎることは、本当のクオリア自身を見ていないことに他ならないのではないか。
カサンドラの心は揺れていた。今一番に悩むべきは、そんなことではないとはわかっているというのに。




