<第三十九話・画伯達の茶番>
結局――風の守護竜があの状態では、洞窟を通るのは自殺行為ということで、迂回路を探す羽目になったのだが。
「異変があること自体はわかっていたからな。ヘリオドールシティで、クンツァイト山脈の道を聞いていたんだ。洞窟以外にルートが必要になる可能性は高かったからな」
洞窟を、トリフェーン砂漠側に戻ってからの作戦会議。クオリアは皆に、手描きの地図を広げてみせたのだが――それを見た瞬間、カサンドラを覗く三人が完全に固まってしまった。
なんなんだ、とクオリアが首を傾げていると。すげぇよ、とテリスが口を開く。
「カサンドラと同レベルの画伯、初めて見たぜ……」
「ちょっと待ってくださいよテリス!それはどういう意味ですか!!私の絵もクオリアの絵も下手なんかじゃないです、特にクオリアのこの地図なんて素晴らしいじゃないですか!マカライトタウンの横に描かれた水の守護竜と氷の守護竜なんて完璧な芸術です!!」
「カッシーはちょっと黙ってようか?お前のセンスはまっっっっったくアテにできねーから」
「なんですって!?」
「あ、ははは……」
ショーンが冷や汗をかきながら笑う。
「クオリアさん……すみません。そのドラゴンらしき物体、僕にはゾンビが爆発四散したようにしか見えないんです……」
その評価に、さすがのクオリアもショックを受ける。自分を慕ってくれているとおぼしきショーンは、しかし真面目で非常に正直だ。嘘ではないのだろう。自分の絵はそんなに酷かったのか、とさすがに落ち込む。
地図の上で、そこがマカライトタウンだとよくわかるようにドラゴンを描いたのは確かに余計だったかもしれない。でも、自分的にはかなり頑張って描いたのだ。水のドラゴンだから水飛沫ががっつり上がっていて、その勢いを示すためには赤で塗るのが一番いいなと思ったし――確かに実際のドラゴンの色と変わってしまったことに焦って、上から青を塗り重ねようとして上手くいかなかったのは事実だけれど。
でも氷の守護竜だって、見事な氷柱が咲いてトゲトゲするところを立派に表現できたと思っていたのに――あ、いや勢いあまって町の上にまで色を載せすぎてぐちゃぐちゃしてしまったかもしれないが――それでもまさかゾンビて。ゾンビってそんな。
「そんな……腐ってみえるほどなのか……。私のドラゴン腐ってるのか……」
「というか、赤で塗るのが根本的な間違いだと気付いて欲しいんだが……」
クライクスにまで、控えめにこんなことを言われる始末である。そしてテリスとカサンドラは、取っ組み合いになりそうなレベルでやんややんやと口論を続けてしまっている。
「聞き捨てなりませんねテリス!確かに私の芸術系科目は成績が良くありませんけど……それは少し他の方より前衛的なだけなんですから!!」
ほら見てくださいよ!と言いながらカサンドラが取り出したのは一枚の絵。中等部最後の写生会で描いたんですよ!とカサンドラは胸を張るが――今は旅の途中だしカサンドラが持ってるバッグはそんなに大きくもない。そんな分厚い紙、一体どこから取り出したのというのか。
これはアレか。ご都合展開にツッコミ入れたら負けというやつか。
「中庭の噴水を描いた絵です。自分で言うのもなんですけど、かなり繊細なタッチで描けてると思いませんか?夏だったので、アイイロヒマワリの花がとても綺麗だったんです。みんなも覚えてるでしょう?あの時期はラッカチョウもたくさんひらひら飛んでて、とても可愛らしくて……」
「待て待て待て待て」
延々と語ろうとするカサンドラを全力で止めるテリス。前々から思っていたが、どうやらこのパーティ最大のツッコミは彼らしい。先程から素晴らしいキレと速さだ。実にありがたい。冒険者のパーティ内でツッコミがいないのは死活問題なのである。
クオリアは自覚していた。自分にツッコミは絶対に無理だ、ということを。
「カッシーごめん。マジでごめん。これどのへんが噴水でどのへんが花?ちょうちょも描いたの?この飛び散ってる血みたいなのは何?」
「それはもちろんラッカチョウの鱗粉です、わかりませんか?というか、この噴水の脇のベンチに座ってあくびしてるの、テリスなんですけど」
「まさかの俺がいた!?え、いやだからどこが噴水でどれがベンチ!?この枝豆みたいなの俺だとか言わないよな!?」
「それは貴方の腕ですね」
「腕オンリー!?!?」
クオリアはカサンドラの絵をまじまじ見て、やがて理解することを諦めた。なんかものすごい芸術であるような気がするが、残念ながら自分のような素人に理解できる類いではないようだった。少しはうまく地図が描けた、なんて思い上がっていた自分が恥ずかしい。なるほど、これが真の芸術なのか。自分はまだまだ修行が足らなかったようだ。
「カサンドラは凄いな……あれだけ戦闘で頼りになるのに、絵にもこれほどのセンスがあるなんて」
「ありがとうございますクオリア!私の芸術をわかってくださるのは貴方だけなんですね……!」
「なあお前らそれ本気で言ってる?本気で言ってんの?ツッコミ全力で待ってるの、ねえ?」
嬉しそうなカサンドラの頭を撫で撫でしている横で、何故だかテリスのげんなりした声が響いた。
どうして彼はこんなに疲れてるんだろう。自分達は何かまずいことでもしてしまっただろうか。
「もう!皆さん話を脱線させすぎですよ!コメディやってる尺なんかないんですから話戻してくださいっ!!」
ショーンが耐えかねたように叫ぶ。なんかものすごいメタ発言が聞こえた気がするが聞かなかったことにしよう、うん。確かに話が逸れまくっていたのは事実だ。
「すみませんショーン。そうですよね、テリスを逆さ吊りにして置き去りにするのはいつだって出来ますよね」
「ちょっとぉ!?」
「テリスさん気持ちはわかりますがツッコミ後にしてくださいっ!……えっとクオリアさんそれで、迂回路はどうなったんですか?話を聞いたんですよね?」
「あ……あぁ」
俺が悪いの!?と泣きそうになっているテリスが少々不憫だが仕方ない。ここは話を進めることにしよう。クオリアは地図を指差しながら解説することにする。
「洞窟が使えれば、一直線にヒデナイトの森まで抜けられたが……迂回するとなると、ウインド・スパイダー・ドラゴンも言っていたように山を登るしかない。一応、山を登るルートも確立されていて、全く整備されていないわけじゃないが……頂上に用がある研究者や冒険者が使うための道で、山を越える者用じゃない。越えられないわけではないが、頂上を経由しなければならないため恐ろしく遠回りになるな」
クンツァイト山脈の標高はそこまで高くはないが、それでも山登りするとなると本格的な登山装備が必要になってくる。今朝聞いた限りだと山の気候は安定しているらしいが、数日前まで降っていた雪が積もっていて相当滑落しやすくなっているのだそうだ。あと純粋に、寒い。春前のこの時期は、はっきり言って登山に向いているような時期ではないのだ。雪崩事故も多いと聞いている。
「いくら今天気が良くても、ちんたら登ってたらどう変わるかわかったもんじゃねーよな……」
「山の天気は変わりやすいからな。山を越えるルートは三つに分かれてるが、はっきり言って“急だが短距離”か“なだらかだが長距離”になるかといったところだ。長距離ルートは半日はないと越えられない。そして、雪が残っているこの時期、急な坂を登る短距離ルートは滑りやすくて非常に危険だ。我々はちゃんとした登山訓練もまだしていないしな……」
「おまけにクンツァイト山脈って、結構危険なモンスター出るんじゃなかったですっけ」
ショーンが苦い顔になる。
「クレイジーベアとか、タイタン系も出てきたはず。あのテのモンスターは体が大きくて力が強い上に、体力があるので倒しにくいことで有名です。山道でわんさか出てこられたらかなり面倒ですよ。倒せたところで……長い足止めを喰らうのは目に見えてますよね」
その言葉に、全員が沈黙せざるをえない。
結論。つまり――迂回路を通っていくのもかなりハード。洞窟を通るよりはマシとはいえ、それでも命の危険があり、越えられたところで相当時間がかかるのは目に見えているということだ。
もっと言うと自分達は片道だけ行ければいいというものでもない。クリスタルを回収したら、帰りもこの山脈を越えて帰ってこなければならないのだ。往復をどうにか安全に行き来できる方法を考えなければならないが――しかし、何か良い方法はないものか。
「こういう時、獣使いのジョブ習得者がいれば楽だったかもしれんな。獣使いなら、巨鳥系のモンスターも使役できるようになるんだろう?」
クライクスが、無い物ねだりだけどな、と口にする。
「大きな鳥のモンスターは、人を浚ってしまうこともあるそうじゃないか。つまり、人を持ち上げられるだけの脚力があるということだ。なら、我々を山の向こうまで運ぶくらいできてもおかしくはないよな」
「空を飛ぶかぁ、楽しそうではあるけどな。でも俺達五人もいるんだぜ?仮に獣使いがいて鳥を扱えたって、精々運べる人数は一回一人が限度だろ?他に翼があって、何人もいっぺんに運べそうな巨大なモンスターなんているわけない、し……」
そこまで言いかけて、テリスの声が不自然に途切れた。
全員――同じことに思い至ったのだろう。他四人の視線が揃って、カサンドラに集中する。
「……まさかと思いますけど」
普段冷静な彼女が、少しだけ頬を引きつらせて、言った。
「私の召喚魔法で……ガイア・マスター・ドラゴン様を呼び出して、全員山の向こうまで運んでもらおうなんて……そんな馬鹿なこと考えてませんよね?」
「そのまさか、だな。というかカサンドラ、お前もそれしかないと思ったんじゃないか?」
竜騎士だけが扱える、ドラゴンの召喚魔法。今のところカサンドラは一度も戦闘中にガイア・マスター・ドラゴンを召喚してはいない。何故ならそれを使う必要もなく戦闘が終わってしまうからである。屋内や狭い場所だから使えなかったというケースもあったけれども。
今現在、カサンドラが地の守護竜に頼ったことと言えば、情報提供してもらったことくらいだ。が。本来の使い道は当然そこではない。戦闘中に呼び出して加勢して貰ったり、あるいは短距離ならばその背中に乗って移動することも可能であるはずなのである。
そして、その恩恵には竜騎士本人以外があやかることも可能。運べる人数も一人ではないはずだ。なんといっても地の守護竜。大きさはその配下とは比べ物にならないのである。
「全員いっぺんにとはいかないかもしれないが、ピストン輸送なら可能かもしれない。頼んでみて貰えないか、カサンドラ。我々はこの山を越えるためだけに、何日も時間をかけているわけにはいかない……そうだろう?」
交渉する余地は充分あるはずである。
なんせ地の守護竜の彼は――紛れもなく、この世界の行く末を案じて、カサンドラに加護を与えた一人であろうから。




