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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第三十八話・悲愴なる風>

『此処から先は通さぬ……帰るがいい、無力な人間どもよ……!』


 ウインド・スパイダー・ドラゴン。蜘蛛の姿を模したような八本脚のドラゴンは、その巨躯を目一杯に使って自分達の道を塞いできた。クオリアは違和感を覚える。

 風の守護竜の配下のドラゴンが、この場所にいることそのものは何らおかしなことではない。風の守護竜の領域は、クンツァイトの洞窟の奥地――ヒデナイトの森の出口に極めて近い場所にあるとされている。その聖域を守るため、その配下が自分達冒険者を警戒することも特に不自然ではないと言えた。特に、聖域を荒らす不届きものにはそれなりの力を持った冒険者であることも多いと聞いている。例えばもし風の守護竜の聖域を何者かが荒らした、あるいは荒らそうとした直後などであるとしたら、その配下がより冒険者を威嚇したくなるのも無理からぬことではあっただろう。

 だが。


――意思を感じる……何がなんでも此処を通してはならないという、強い意思。だが……それならば何故、スパイダー・ドラゴンは攻撃してこない?


「警戒されているのに……殺気がない。それどころか、怯えているようにも感じる……」


 ドラゴンといえば、竜騎士の出番だ。カサンドラが一歩前に進み出る。ドラゴンについて最も知識が深く、意思の疎通を図ることに長けているのが彼女達なのである。勿論、竜騎士が加護を受ける守護竜は八体のうちの一体のみ。自分に加護を与えた守護竜以外と交流することは基本的にはない。だが。

 その言葉にならぬ意思を――竜騎士が最も感じとり、理解することができるらしい、とはクオリアも聞いていた。なるほど、噂は本当であったらしい。


「ウインド・スパイダー・ドラゴン。貴方にお尋ねしたい。貴方の主……ウインド・マスター・ドラゴンは。八体の竜の中でも最も人間に好意的な竜であったと伺っております。時には、聖域を侵した人間であっても罪を問わず、無傷で帰したことさえあるとか」

『それがなんだというのだ』

「トリフェーン砂漠の町々で異変について聞きました。ヒデナイトの森に出るにはこのクンツァイト山脈を越えるか、洞窟を抜けていくしかないのですが……洞窟を抜けようとした者達が軒並み帰ってこないのだと。数年生き抜いている、それなりに経験豊富な冒険者達も……憲兵でさえ例外ではないのだとか。そしてこの洞窟の奥、ヒデナイトの森へ抜けるには、風の守護竜様の聖域のすぐ側を通ることになります」


 カサンドラの言葉は、皆の言葉の代弁であった。聖域を侵してもいない人間を、守護竜が襲うなど有り得ない。少し前の自分達ならそう思っていただろう。水の守護竜と氷の守護竜に壊滅的な打撃を受けた、マカライトタウンの惨事を見ていなければ。

 有り得ないと思っていたことが、実際には起きてしまっている。守護竜の意思を奪い、町を襲わせた何者かが存在する。とすれば同じことが別の守護竜でも起こるかもしれないと思うのは、至極当然のことだろう。

 そしてそれが可能と思われる存在を、現状自分達は一つしか知らないわけで。


「冒険者達が、聖域を侵したのか……それともただ道を通ろうとしただけのかはわかりません。しかし、私達はつい先日見ているのです。何者かによって意思を奪われ、町を襲ったアクア・マスター・ドラゴンとアイス・マスター・ドラゴンの姿を。……もしかしたら、ウインド・マスター・ドラゴン様の身にも……何らかの異変が起きているのではありませんか?そして」


 信じたくない、それでも現状最も可能性が高い説を――少女は口にする。




「もしそうならば。風の守護竜様を錯乱させているのは……ガーネット神そのものではありませんか?」




 カサンドラがそれを口にした途端、表情が解りにくいドラゴンが、それでも明確に魔力の気配を乱したのがわかった。動揺したのだ、彼は。

 まるでそれが、図星であるというように。


『……お前達は何だ。何の目的で、この洞窟を訪れたのか』


 ウインド・スパイダー・ドラゴンの言葉に。カサンドラが膝をつき――クオリアや他の皆もそれに倣った。


「私達はチーム『ファイナルヘブン』。ガーネット王国当代女王、アナスタシア・リ・カナシダ様より命を受け、特例で任命された冒険者のチームです。私はリーダーのクオリア・スカーレット。彼女は竜騎士のカサンドラ・ノーチェスです」


 これもリーダーの努めとクオリアも最低限の自己紹介を行う。他の三人も告げるべきかと迷ったが、今肝心なところではないだろうと割愛させて貰った。

 何が礼儀で何がそうでないかはケースバイケースだ。長々とした自己紹介を、自己主張が強すぎてイライラする、と感じるタイプの人間もいる。ならばドラゴンにとってもそうだろう。尋ねられた時に迅速に名前を告げればそれで充分なはずである。


『……なるほど。つまり貴様らが当代選ばれた……英雄の候補。やはり、そういうことであったか』

「!」

「その様子……貴方は前回の英雄候補についても知っているのか?」


 クライクスの言葉に、知っているとも、とドラゴンは頷く。


『むしろ、守護竜とその眷属で知らぬものはない。特に、クリスタルを目指す英雄候補のチームは必ずこの山を通ることになるのだからな。クンツァイト山脈を棲み家とする我らは必ず見えることになる。先代のチームも、先々代も勇敢な者達であった……しかし』


 ドラゴンの声が沈む。クオリアは思い出していた。ショーンが聞いたという先代英雄候補の話を。そのチームが解散した理由を。




『五十年くらい前も、この島の随所でいろんな混乱が起きてたらしいね。ヒデナイトの森も山火事で随分焼けたみたいだし……あとどっかの鉱山で落盤事故が相次いだりとか、いろいろあったみたい。その世界の異変をなんとかするために、英雄が必要だったとかなんとか言ってた。英雄がナニをどーすると世界を救えるの?って子供の時に聞いたんだけどさ。結局それ以上教えてくれなかったなあ。ただ、ジイちゃんが仲間達と旅立ってしばらくしたら、各地で起きていた異変はぴたっと収まってたみたいで。ってことはその、世界を救うってのにはきっと成功したんだろうね』




『ジイちゃんのチーム……『フランソワ』っていったかな。リーダーはまだ中等部のボウヤだったんだって。結構なイケメンで、一番年下なのにすっごく頼りになる竜騎士だったって言ってたよ。実力はあったんだけど……任務中の事故で、死んじゃったらしくてね。それが、チームが成立してから半年経つか経たないかって頃だったらしい』




『どういう事故だったのかとは全然知らない。ジイちゃんも話してくれなかったからね。ただ……そのチームは完全にリーダーの彼を中心にまとまっていたみたいでさ。他のメンバーを補充して再始動ってわけにもいかなくて……結局そのまま、大半の面子が冒険者をやめちまったらしいんだよ。幸い、王様からの莫大な報酬があったから、金には困らなかったみたいだしね』




「チーム『フランソワ』のリーダーを襲った、悲劇……」


 一つの予感が、あった。

 それを口にすることが出来ずにいたけれど。


「死んだリーダーというのが……クリスタルに選ばれた“英雄”だったのですか?」


 クオリアの問いに、ドラゴンは何も答えなかった。ただ。


『彼らもまた勇敢だった……。しかし、この世界を呪いから解き放つことはできなかったのだ……そう。ガーネット神の、呪いからは』

「なっ……」

「じゃあ、やっぱり……」

『そうだ。我が主……ウインド・マスター・ドラゴン様の意思を奪った存在は……他ならぬ絶対神、ガーネット様だ……』


 何故、と思った。

 確かに八大守護竜を召喚し、この島の統治を許したのがガーネット神だったのだろう。ガーネット神は竜さえも従える神。それは間違いあるまい。だが。

 だからといって何故、自らの僕の意思を奪って操り、暴挙に及ばせなければならないというのか。


――それに、紋章の件もそうだ。我々は皆、紋章は結界を司ると信じてきた。紋章で守られた町や馬車は実際にモンスターに襲われることがなかった。だが。私達は知ってしまった。そんな結界など最初からなかったことを。


 そして、先程のコブラの襲撃。流れからして、あれもウインド・スパイダー・ドラゴンが自分達を追い返すためにけし掛けたものと見て間違いない。だが。

 いくら同じ洞窟に住んでいても、ドラゴンの配下はドラゴンだけのはず。何故、ウインド・マスター・ドラゴンに従うような真似を蛇達がしていたのだろうか?

 もしや。すべてのモンスターは本当は、守護竜とガーネット神の僕として存在するものであり、人間がそれを知らないだけだとしたら、どうか。

 そしてモンスター達の意思に、神ならばある程度自由に介入することが出来るのだとしたら。


『私の忠告を正しく聞けるのならば……ついて来るがいい』


 やがて、腹をくくったように――ウインド・スパイダー・ドラゴンは踵を返した。


『見せてやろう、現実を。我が主の身に、一体何が起こっているのかを』


 ウインド・スパイダー・ドラゴンは配下の中でも体が大きいこともあって、動く動作はさほど早くはない。八本の脚をゆるゆると動かし、緑色の体躯と同じ色の鬣を靡かせながら洞窟の奥へと進んでいく。

 まさか、聖域まで案内してくれるつもりなのだろうか。そう思ってしばらくついていったクオリアは、鼻孔を突き刺した酷い臭いに顔をしかめた。


「う、ぐ…っ。なんだこれ、ひっでえ臭い……これ、これってさ……」


 テリスが呻くのも当然だ。漂ってきたのは凄まじいまでの血の臭いと、腐敗臭。それに排泄物のような臭いまで混じってとんでもない有り様だったからである。

 何故、神聖な聖域の近くでこのような臭いがするのだ――という答えはすぐにわかった。




『見るがいい』




 八本脚の竜の配下は、悲壮感に満ちた声で示した。




『これが……この洞窟と、主の現実よ』




 洞窟の出口の光が見える。しかし、通路にはびっしりと緑色の光る蔦が絡み付き、とても人が通れるような状態ではなかった。その蔦はまるで生きているように脈打ち、現在進行形で広がりつつあるようである。発生源は横穴の方からだ。僅かばかりちらりと見える王家の紋章が、その横穴の奥にあるものがなんなのかを知らせている。

 そう。蔦は明らかに、風の守護竜の聖域から延びているのだ。しかも。


「ひっ……ひど、い……!うっ……」


 ショーンが吐き気を堪えて口許を押さえた。

 蔦は皆、ドス黒い液体を滴らせている。それが何であるかなど語るまでもない。なんせ、に絡み付いているのは液体だけではないのだ。強引に捻り切られたとおぼしき、何者かの腕。髪の毛が僅かに帯りついている髑髏に、腸と排泄物にまみれた人間の下半身だけの死体。そしてもはや、どこがどこかもわからぬ肉片が、まるで木の実か何かのように蔦に引っ掛けられ、脈動とともにぶらぶらと揺れているのである。

 よく見るとその下半身だけの死体は、憲兵の紋章がついた短剣をぶらげていた。――言うまでもないことだろう。これらは全て――この場所で行方不明になった者達の成れの果てなのだ。


『主は耐えた……必死で、暴走する力を抑えようと聖域に閉じ籠り……だが、それでも神の力に抵抗し続けるには限界があったのだ』


 主の領域は広がり続けている、とスパイダー・ ドラゴンは言う。


『聖域どころか、広がり続けるこのおぞましき力の断片に触れただけで……主の捕食対象になるのだ。もはや主は、生きた人間を喰らう欲望を抑え込むことが出来ぬ獣……。捕まった人間達は見た生きたまま腕を、脚を千切り取られ……腹を裂かれて腸を食われながら死んでいく。運良く逃げられたとて、一度その光景を見てしまえば、人など容易く気が狂ってしまうであろうな』

「そん、な……」

『私に出来ることは、これ以上主の手にかからぬものが出ぬように、冒険者どもを追い払うことだけ。主の狂気は、人間を食うほどに深くなり……抑制がきかなくなっていくのだから』


 おぞましい魔力の蔦。ぽたぽたと滴る腐った血の雫。

 これを見て一体誰が――強行突破しようなどと提案できるだろうか。


『ヒデナイトの森に向かうなら山を登れ。強力なモンスターは現れるだろうが……その方が遥かに生き延びられる可能性が高いだろう』


 呆然とするクオリア達に、スパイダー・ドラゴンは告げたのだった。


『良いな。……忠告はしたぞ』


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