<第三十六話・クンツァイトの洞窟の謎>
ガーネット王国の存在するこの島は、全土をガーネット神が治め、その領地を八分割して守護竜達が見守っているものとされている。
八分割、とはいうが正確に全てのドラゴンの領土が同じであるわけではない。そもそも、厳密にその線引きがされているかどうかは少々怪しい(線引きがされていても、普通の人間が正確にどこからどこまでの範囲が地の守護竜の領域だ、と知っているわけではないという方が正しいか)。その地域に、“此処を見守ってくれているのは光の守護竜だよ”なんていう話がなんとなく伝わって、それが領域として認識されているに過ぎないのである。
ただし、何度も説明したように、全てのドラゴンは自らの聖域を侵されることを極端に嫌っている。許可なく聖域に踏み込んで天罰を受ける輩は後を絶たないし、直接踏み込まずとも聖域を間接的に汚染しただけで制裁を受けたこともある。トリフェーン工業地帯がいい例だ。ゆえに、どこにその“聖域”があるかは幼い頃から子供達が、大人達に口が酸っぱくなるほど教え込まれる事だった。
例えば、カサンドラが加護を受けた地の守護竜の聖域は、ヘリオドールシティに隣接するスフェーン遺跡の中にあるとされている。スフェーン遺跡はこの島の文化や歴史を知ることができる貴重な場所だが、発掘作業を行うにあたり最も気を付けなければならないことがそこだった。
スフェーン遺跡の奥深く。地下の大扉の向こうに――ガイア・マスター・ドラゴンは眠っている。基本的にその扉を開けて無断で侵入しようとしたり、その近辺で大きな音のでる機材を使って作業をしたりして眠りを妨げなければ怒りを買うことはない。
ただし、スフェーン遺跡そのものが厳密には聖域の一部という考え方もあり、遺跡に落書きをしたり意図的に破損させたりした観光客が落盤事故に見舞われて大ケガをした――なんてこともあったりする。実際、聖域そのものは地下だが、トリフェーン工業地帯の汚染水と大気汚染が酷くなり遺跡に被害が及んだ時は、その時点でガイア・マスター・ドラゴンに粛清される結果にはなっている。
「一般的な認識と……私が地の守護竜に聞いた話を総合すると。地の守護竜の領域というのはトリフェーン砂漠と砂漠に点在する町の全てであり、またダイヤシティもそこに含まれるということらしいです」
洞窟の中はひんやりと肌寒い。コツコツと五人分の靴音だけが冷たく地下に響いている。カサンドラは今、四人の仲間達と共にクンツァイト山脈の洞窟の中を歩いていた。
一般の商人でも通るような広い道である。トリフェーン砂漠からヒデナイトの森まで抜けるための最短距離だ。緑色のランプが等間隔に灯されているため、薄暗いながらも歩くのに不自由することはない。また、馬車も通れるようにとかなり道は整備されている。紋章もあちこち設置されているからなのか、モンスターの影も今のところは見当たらない。横道に逸れれば会うこともあるのだろうか。
「つまり、クンツァイトの洞窟は既に地の守護竜の領域ではないということ。此処からヒデナイトの森までは全て、風の守護竜が統治する地域にあたるようです」
「ガッコの地理の勉強でやった話だと……確かこの洞窟のどっかに、風の守護竜のねぐらがあるんだよな?」
「聖域と言いなさい、テリス。間違ってはいないですけど」
「あ、ごめん」
テリスの言う通り、風の守護竜の領域はこの洞窟の奥にある。全ての守護竜に共通することだが、守護竜の領域に知らず知らず踏み込んでしまうということはまず無いのである。何故ならどの場所も王家の紋章を刻んだ大扉で仕切られており、見ればすぐ“入っちゃいけないヤバイ場所”と分かるようになっているからだ。
ただし――その扉に、鍵はかかっていない。
そして守護竜に関するあらぬ迷信が多いせいで、時折欲にかられた商人や冒険者が罰当たりな真似をするのである。例えばドラゴンの生き血を飲むと不老不死になれる、だとか。例えばドラゴンが持つ宝玉を手にした者はとんな願いも叶えられるようになる、だとか。真実かどうかわからないが、とにかくそういう事実かも怪しい噂を真に受けて、とんでもないことをやらかす輩が現れるのは残念ながら事実なのだった。
それこそ、酷い場合は扉を破壊して、聖域に爆弾を投げ込んだアホ、なんてものもいたらしい。その結果激怒した焔の守護竜の怒りを収めるため、かつてのとある町の住人達は大変な苦労を強いられたそうだが。
「僕の聞き取り調査によると。竜騎士職の方々が大変な苦労をなさってるのは事実のようです。……現在、ドラゴンを呼び出す召喚魔法が使えなくなってしまっている方が多数いる、と。同じジョブ同士での情報交換組合とか、そういうのあったんですねえ」
ショーンが辺りをきょろきょろと見回しながら言う。
「竜騎士は全員、いずれかの守護竜の加護を受けてます。カサンドラさんはガイア・マスター・ドラゴン、っていう具合に。……召喚魔法が使えなくなった竜騎士さん達には共通点がありました。焔、水、氷、雷……このどれかの守護竜の加護を受けていた方々が、現在召喚魔法を使用不能になってるんです。確認したところ、水と氷のドラゴンの魔法が使えなくなったタイミングは……僕たちがマカライトタウンで二体を相討ちにした時とほぼ一致していました。どうやらオリジナルの守護竜がなんらかの事情で行動不能になったり封印されたりすると、分霊も扱えなくなってしまうってことなんでしょうね」
「それは……なんだか申し訳ないことをしてしまいました」
「仕方ないですよ。水の守護竜と氷の守護竜を倒さなかったら、もっと被害は広がっていたでしょうから。ただ、その二つの守護竜の加護を受けていた人達が言っていたんです。召喚魔法が使えなくなる前から……魔法が安定しなくなっていた、と。ドラゴンを呼んでもうまく意思の疎通が図れなかったり、すぐに強制送還になってしまったりするのでおかしいとは思っていた……とのことです」
「意思の疎通……」
カサンドラは苦い気持ちになる。竜騎士として長いカサンドラは、普通の竜騎士ジョブの者達以上にドラゴンへの思い入れは強い。カレンであった時代、あの世界ではドラゴンは人々の生活を助けてくれる、敬愛するべきパートナーであった。そしてこの世界でも。カサンドラは世界のルールと認識に則り、守護竜という存在は神にも等しい敬意を払って当然だと、そう考えている。
そのドラゴン達から意思を奪い、あのような惨たらしい暴虐をさせた者がいるとしたら。断じてそれは、許されることなどではない。
「水の守護竜と氷の守護竜についてはわかった。だが、焔の守護竜と雷の守護竜は?召喚不能になったということは、その二体の身にもなんらかの異変が起きたということか?」
クオリアが渋い顔になる。
「今となっては、学校で習ったことや女王陛下の言葉を鵜呑みにすることはできないが。ドラゴン達は、神に領地を分け与えられ秩序を守っている存在。その力が乱れれば天災が起こる、とされているのはガーネット神と変わらないぞ。そのドラゴンが四体も……封じられたとなると。現時点でも世界は相当危険な状態に陥っていることにならないか…?」
実に尤もである。自分たちはやむを得ない事情があったとはいえ、氷の守護竜と水の守護竜も封じてしまっている。それが彼らの統べる領地や属性に今後どのように影響してくるのかなど想像もつかない。スケールがあまりにも大きすぎる。
「そうだな。そしてその被害はさらに拡大する可能性がある。風の守護竜の加護を貰っている竜騎士達も、召喚魔法が安定しなくなってきていると言っていたんだろう?水の守護竜、氷の守護竜と同じ異変と前兆だとすると……風の守護竜が同じような暴挙に出る可能性がある。否……既に暴走している可能性は充分にある。そうだな?」
「そうですね。ジェイクさん達が言っていたように…このクンツァイトの洞窟で大量の行方不明者が出た事件。これに風の守護竜が関わっている可能性は否定できません……。クライクス、身体は本当に大丈夫なんですか?」
平気な顔で坂道を降りていくクライクスに、ショーンが心配そうに声をかける。
結局、ヘリオドールシティにも長期滞在することはなかった。こうなった以上一刻も早くクンツァイトの洞窟を調べるべきだとクライクスが主張したためである。かなり時間をかけて治癒魔法をかけたので、怪我はだいぶ良くなっているはずだが――それでも、完治したわけではないはずだ。なんせ致命傷だったのだから。彼が怪我をするのを止められなかったことに負い目を感じているらしいショーンが、過剰なまでに気にしてしまうのは仕方の無いことだろう。
「何度も同じ話をするな。平気だと言っている」
そんなショーンに、クライクスはにべもない。
「この世界の異変を一刻も早く止めなければ、さらに被害が出るのは間違いないんだ。立ち止まってグズグズしている暇など無い。だから……ジェイクにあれだけ止められたこの道を通って、洞窟を調査することを選んだんだろうが。山を登るルートは遠回りになるし……出来れば風の守護竜に接触して話を聞きたかったから。そうだろう?」
「それはそうですけど……でも……」
「クライクス」
カサンドラは気がついていた。クライクスが――相当焦っているということに。
「怪我、本当は辛いんでしょう?確かに道を急ぐ必要があるのは事実です。それなのに……そこまで貴方が無理をしてでも前に進もうとする理由は、なんなのですか?」
彼は、この世界の住人ではない。航海者であり、彼の故郷が別にあるのは既に知っていることだ(クオリアとショーンは知らないが)。このメンバーの中では最もこの地に思い入れなどないはずである。
それなのに――命懸けで戦おうとするのはどうしてなのか。彼にとってはこの世界は、アルルネシアという魔女の情報を得るために訪れた――それだけの世界であるはずだというのに。
「………俺は」
カサンドラが何を疑問に思ったのか、クライクスなら悟ったことだろう。ショーンとクオリアの手前ぼかしはしたが、言いたいことはきっと伝わったはずである。
「…………思い出したんだろうな、きっと。圧倒的な暴力というものが……なんであるのかを」
「え?」
「アクア・マスター・ドラゴンが襲来して……目の前で名もなき人々が押し流され、押し潰され……無惨に殺されていくのを見た時。ああ、これが圧倒的な暴力だと……思い出した。人の悪意と同じだ。あるいは、人を傷つけている自覚さえない偽善か。自分の正義を強引に押し通すためには……誰かの心も、痛みも、何も省みない奴等がいる。圧倒的な暴力はいつだって……人の大切なものを一瞬にして壊していく。優しい記憶も、心も、誇りも……生きた証さえ、何もかも」
だから、とクライクスは続けた。
「もう二度と見たくないと思った。コレにもし……俺が追いかけてる奴が関わってるなら尚更だ。任務を果たせればそれでいいとは思わない。きっと……兄さんやアイツだって望まない。……ならそれは。俺が命を賭けるに足る、十分な理由だ」
それ以上、彼は何も言わなかった。クオリアやショーンは何の話をしているかわからないこともあっただろうが――彼らでさえ、今は何も聞かなかった。
それぞれが、それぞれに人に語れない痛みや、苦しみや、秘密を抱えてそこにいる。自分達は人間だ。それぞれが違う意思を持った、まったく別の人間である。同じ空を見ていても見える色は一つではないし、感じるものもまちまちだ。それが当たり前である。
だからこそ。
仲間だから、全てを語るべき、秘密なんてなくすべきというのは綺麗事だ。仲間であっても、むしろ仲間であるからこそ秘密にしておきたいことは誰にだってあるのだから。それでいいはずだ、とカサンドラは思う。隠し事があっても、それを受け止めて共に歩くのもまた、絆の一つの形であることに違いないのだから、と。
「……待て」
その時だ。唐突に、クオリアが足を止める。ヒデナイトの森まであと少し、もう少しで洞窟を抜けられるといった時である。
「何か……何だこれは。この魔力は……?」
「クオリア……?」
「……やはり、タダで終わるはずがなかったか」
やがて、自分達の中でクオリアに次いで魔力探知に長けたテリスが、げぇっと声を上げた。青ざめる彼とは対照的に、クオリアは冷静に魔導書を出現させてみせる。
「総員、戦闘態勢……来るぞ!」
そして。
パーティを、凄まじい風が襲ったのである。




