<第三十五話・守護竜の異変>
ショーンは一人、町で聞き込み調査を行っていた。
マカライトタウンでの調査は主に異変の内容と、その対策が可能かどうかが重点であったのだが。今回は少々目的が異なっている。異変についても調べる必要があったが――同じだけ、“英雄”と“町を守護する紋章”についても考える必要が出てきたからだ。
『ミーティングでも話した通り。正直、単純に“ガーネット神の力が弱まったゆえの異変”と解釈するには、あまりにも不可解なことが起きすぎている』
クオリアは固い表情でショーンに告げた。
『マカライトタウンでの、水の守護竜及び氷の守護竜の襲来。守護竜が自らの聖域を侵したわけでもない人間を町ごと破壊しにかかるなど完全に前代未聞。そもそもトリフェーン砂漠とそこに点在する町は全て地の守護竜の領域。そこに、本来なら自らの領地からけして動かないはずの水の守護竜と氷の守護竜が同時に出現するのがまずおかしい。しかも、どちらも完全に意思を失っていた。守護竜を相手に、正気を奪うなど……とても人間技ではない』
そこは、ショーンもおかしいと思っていた点だった。守護竜は、あくまでその名の通り守護竜なのだ。この島を守り、秩序を保つために存在しているはずである。そのドラゴンが積極的に破壊行動を、しかも自分の領地でもなんでもない場所で行うのなどあまりにも異常だ。下手をすれば守護竜同士で戦争になりかねない。
おまけに、カサンドラが確かめたところ、ガイア・マスター・ドラゴンはこの件についてたった一言、“黙秘する”と答えるに留まったという。カサンドラいわくあれは――答えないと言うより、答えられないように見えた――のだそうだ。
『おまけに、カサンドラの話によると……地の守護竜は、まるでガーネット神の討伐を願っているような発言をしたという。神に支えるはずの守護竜が、その神の死を望んでいるとしたらそれは何故だ?アナスタシア女王陛下から聞いている話とも明らかに矛盾する。ガーネット神の力が弱まったから異変が起きたともなれば……その神がいなくなれば何が起こる?世界の崩壊だ。そんなものを守護竜が望むとは到底思えない……』
『では、ガイア・マスター・ドラゴンは何を望んでそんなことを……?』
『わからない。ただ、もしかしたらアナスタシア女王陛下は……我々に重大な隠し事をしているのかもしれない。あるいは、女王陛下さえ知らない真実が隠れている可能性もある。そうなると、この旅が果たして本当に世界を救うことに繋がっているのかどうかも怪しくなってくるな。クリスタルについても、ガーネット神についても、不明な点が多すぎる。そして英雄と呼ばれる存在についても、だ』
英雄。世界を救う者。
何故女王は英雄が“どのように”世界を救うのか、言葉を濁したのだろうか。
『もし定期的にガーネット神の力が弱まり、同じように過去にも英雄候補が選抜されていたのなら……それは、ジェイク達が言っていた“特例で学生の中から選抜された冒険者チーム”である可能性は充分にある。五十年くらい前だから危ないところだが、もしかしたらそのチームについて知っている人がどこかに存在するかもしれない……』
ヘリオドールシティは、歴史の古い町である。何百年も前にスフェーン遺跡が見つかり、その発掘作業のために集まった人々が集落を作ったのが町の始まりだったのだそうだ。長く住んでいる老人達も少なくない。超ベテランの冒険者には、それこそ八十歳越えの老婆なんてものもいると聞く。うまくいけば、先代英雄候補について話を聞くこともできるかもしれない。
この旅の正しさを証明し、自分達がこの世界を本当に救えるのかどうか、それを確かめるために。彼らについての聞き込みも詳細に頼みたい、というのがクオリアからの依頼だった。
『それと。紋章についての話も、な。……私も疑っていなかったさ。紋章には、モンスター達を寄せ付けない魔法がかかっていると思っていた。実際そう聞かれていたし、紋章に守られている町に基本的にはモンスターが入ってこないのも事実だ。だが。……マカライトタウンにはモンスターどころか守護竜が襲来し……そしてマカライトタウンの紋章を調べたところ、なんの魔力の欠片も感じとることができなかったんだ』
恐らく、クオリアだから気付けた違和感なのだろう。魔力が高く、魔導士として仮に熟練者であったとしても――だから魔力を探知する能力も高い、とは限らないのが魔法の奥深いところなのである。魔法を打ち放つ能力と、他人の魔力の気配を敏感に察知する能力は実のところ全く別の才能と読んで良かった。確かに魔導士ジョブの者ほど探知に優れた者が多いのも事実だが、時には魔導士ジョブでも全く魔力探知はできません!なんて者もいたりするのである。
クオリアの場合。彼は文字通り完全に魔法に特化した、魔法絡みに関しては天才的な才能を持つ人間だった。黒魔導士にも関わらず、初級の白魔法ならそれなりに高いレベルで扱えるのがいい証拠である。彼は魔力探知にも極めて優れた才能を持っている。物質の奥深くまで意識を巡らせ、そこに残る僅かな魔法の気配さえ見逃さないほどには。
だからこそ。紋章が“ただの模様でしかない”ことに、彼だけが気付くことができたのだろう。
『マカライトタウンだけなのか。それとも実は……我々が信じてきた“全ての紋章結界”がそうであるのか。確認する必要がある。どちらにしても大問題だからな。ゆえに、とりあえずこの町……ヘリオドールシティの紋章から調査してみたんだが。……結果、この町の紋章も同じだった。なんの魔力も感じ取れない。我々が結界だと信じてるものは完全に見せかけだけだったというわけだ。この町は、モンスターから守られてなどいない。にも関わらず……モンスター達は、町に入ってこようとはしない。これは一体どういうことか?』
これについても何か知る人間がいたら聞き込みして欲しい、と言われた。ただし、紋章が虚仮脅しと知れれば、町の住民達がパニックになるであろうことは想像に難くない。同時に憲兵に、それを調べていることそのものがバレるのもまずい。
全ての町の建設や整備は国王軍が基礎を行い、部分的に下請け業者に発注するという仕組みを取っている。紋章を埋め込み町を守る結界を作るには国王軍の力が必要であり――それは王族が守る国家機密とされているからだ。民が、それらの事業を高額で国が独占している事実を不満に思わないのはそういった理由があってのことである。
だがもし、それらが高い金を民衆から徴収して、技術を独占するための嘘っぱちであるとしたら。
そして、紋章には“結界”のは別に大きな意味があるのだとしたら。
余計なことを知り、それを確かめようなどとする自分達は機密に触れたも同然。怖いことを言うなら、消されてもおかしくはないのである。
――クオリアさんは……この国とガーネット神に、かなり不信感を抱いている……。
彼を疑うつもりはない。クオリアの言うことは全てスジが通っているし、紋章に関してもけして嘘を言っているとは思えないショーンである。
ただ。
――もし僕たちの誰かが英雄に選ばれて……クリスタルを手に入れても世界が救われないなら。僕達の旅が全部無意味だったりしたら……なんて。そんなこと……正直考えたくない……。
人間というイキモノは、基本的に弱い。
絶対の真実を求めているようでいて、多くの者が本当に求めるのは“自分が望んだ通りの真実”でしかないのである。その目で見たものが黒と示しても、黒だと信じたくない者が見ればそれを疑う。少しでも白の材料があるのなら、それを強引にでも信じたくなってしまう。誰だってそうだ。都合のいい答えしか信じたくないし、認めたくはない。不都合な答えが転がってくれば、それをどうにかして否定、あるいは見なかったことにしてしまいたくなるのが人間なのである。
ショーンもまた、そうだった。もしも望まない恐ろしい結果が見えてしまったら。それが真実だと受け入れざるをえない状況に追い込まれてしまったら。そう考えるだけでとても恐ろしいと思えてしまう――そういう意味ではごくごく普通の、弱い人間に他ならない。
――それにあの、優しそうな女王様が嘘をついているようには見えなかった。心から、本気で世界を救って欲しいと……そう言ってるようにしか見えなかったのに……。
真実を知るのが怖い。それでもあの事件で心身ともに憔悴しているであろうクオリアの、皆の役に立ちたい。ショーンの気持ちは複雑に揺れていた。
ましてや。
『本当は君一人に行かせるのは申し訳ないが……クライクスは絶対安静だし、テリスはその治療があるからあまり離れられない。カサンドラもかなり責任を感じている。大した力になれないのかもしれないが。今の彼女を、あまり独りにはしておきたくないんだ。すまないな……』
――僕、最低だ。カサンドラさんのおかげで僕は……水の守護竜に殺されずに済んだのに。あの人が作戦を立ててくれたお陰で町の人達がたくさん救われたのに……。
カサンドラなら、クオリアの側にいられる。彼女ならクオリアに心配して貰える。一瞬でもそんなことを考えてしまった自分が嫌で嫌でたまらなかった。何を馬鹿げた嫉妬をしているのか。自分達はあくまで仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。クオリアの役に立てるだけで、共に冒険者としてチームを組めるだけで充分幸せだったはずなのに、いつからこんなにも自分は浅ましい人間に成り果ててしまったのだろう?
自己嫌悪と、混乱と、嫉妬と、反省と、困惑。心がぐちゃぐちゃになって、自分でも自分がよく分からなくなりつつあった。それでも仕事をしなければ、クオリアに頼ってもらえたのだからという一心でショーンは聞き込みを続け――やがて、その情報に辿りついたのである。
チーム『イエローベリー』。そのリーダーであるエイリー・レット。彼女がその“英雄候補”とおぼしきチームを知っていると証言したのだ。
「五十年くらい前だろ?まだ卒業してない学生が、当時の王様に直接任命されて特例で冒険者になったチーム。……それ、多分あたしのジイちゃんのチームだよ」
バンダナを巻き、まるで女海賊のような出で立ちの褐色肌の少女は。盗賊ジョブであるらしく、じゃらじゃらと大量の短剣を腰からぶらさげていた。少女、の見た目ではあるが案外年齢はいっているのかもしれない。冒険者として長く戦っているのがわかる程度には、その二の腕や足はしっかりと筋肉がついて鍛え上げられたものだった。
「その時は……なんつってたかなあ。突然アカデミアにテロリストが押し入ってきて、人質を取ってさ。みんながガタガタ震えているところ、勇気を出してテロリストを押さえたのがジイちゃんと何人かの生徒で……そしたら、実はそのテロリストってのが憲兵の変装でね。英雄を決めるためのテストだった、なんてことを言われたらしいんだよ」
「……!!じゃあ」
「五十年くらい前も、この島の随所でいろんな混乱が起きてたらしいね。ヒデナイトの森も山火事で随分焼けたみたいだし……あとどっかの鉱山で落盤事故が相次いだりとか、いろいろあったみたい。その世界の異変をなんとかするために、英雄が必要だったとかなんとか言ってた。英雄がナニをどーすると世界を救えるの?って子供の時に聞いたんだけどさ。結局それ以上教えてくれなかったなあ。ただ、ジイちゃんが仲間達と旅立ってしばらくしたら、各地で起きていた異変はぴたっと収まってたみたいで。ってことはその、世界を救うってのにはきっと成功したんだろうね」
けどね、と彼女は続けた。
「ジイちゃんのチーム……『フランソワ』っていったかな。リーダーはまだ中等部のボウヤだったんだって。結構なイケメンで、一番年下なのにすっごく頼りになる竜騎士だったって言ってたよ。実力はあったんだけど…任務中の事故で、死んじゃったらしくてね。それが、チームが成立してから半年経つか経たないかって頃だったらしい」
それ、とショーンは目を見開く。確か、クオリアとテリスがレッドスパイクから聞いた情報だ。王に直接選抜されたその若い冒険者のチームは――どういうわけか、たった半年で解散になったらしい、という。
チームが解散になる理由の主として挙げられるのは、メンバーの不仲。あるいは引退。そして――死亡。
まさか、リーダーが事故で亡くなっていたとは。
「どういう事故だったのかとは全然知らない。ジイちゃんも話してくれなかったからね。ただ……そのチームは完全にリーダーの彼を中心にまとまっていたみたいでさ。他のメンバーを補充して再始動ってわけにもいかなくて……結局そのまま、大半の面子が冒険者をやめちまったらしいんだよ。幸い、王様からの莫大な報酬があったから、金には困らなかったみたいだしね」
「そう、なんですか」
「ふふ。そういうことを聞きたがるってのはさ。アンタらも実は……ジイちゃんと同じだったりするわけかね?」
ドキリとする。エイリーはどこか蠱惑的な瞳でじっとこちらを見つめ――やがて深く、ため息をついた。
「……ああ、ごめんよ。困らせるつもりじゃなかったんだけど。ていうか、困ってるのはあたしらも同じでさ。あんた、異変についてもいろいろ調べてるみたいだし……何か知ってたら教えて欲しいと思ったんだけども」
この子なんだけど、とエイリーがすっと背中を押してきたのは。彼女のチームに所属する仲間の一人だった。どこか気弱そうな少女だが、その脚はほっそりした見た目に反して筋肉がぱつぱつに張っている。
そして、矢を避けるマントは身に付けているのに、少しでも身軽になるため鎧の類いは一切つけない軽装。さらに背負っている大きな槍。
ショーンは気づく。この子はカサンドラと同じ――竜騎士だ、と。
「あんたのチーム、竜騎士はいる?……最近竜騎士の子達がみんなして困ってるみたいでさ。うちのジェシカもそうなんだよ」
そして、エイリーは深刻そうに――その事実を告げたのである。
「この子に加護を与えた守護竜は、サンダー・マスター・ドラゴンだった。つい最近だよ。突然分霊が呼び出せなくなって……ドラゴンの召喚魔法が、一切使えなくなっちまったんだ」




