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輪廻のカサンドラ  作者: はじめアキラ
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<第三十四話・祈るように、その手を>

 すぐに出発しよう、とクライクスは言ったが。さすがにそれはクオリアがストップをかけた。それもそうだろう、蘇生魔法が必要なレベルの怪我をして死にかけた彼である。本来なら一度ダイヤシティに戻って入院した方がいいくらいなのだ。テリスは頑張ってくれたが、それでも彼の治癒魔法の腕だけでは限界がある。すぐに次の場所へ、なんて言い出すのはいくらなんでも無謀というものだ。


――でも……クライクスの気持ちはわかる。


 カサンドラは思う。彼の焦燥も当然だろう、と。

 結局、妥協案ということで五日だけマカライトタウンに留まって休むことになった。その五日間は、出来ることが少ないながらもマカライトタウンの復興作業と防衛補助に当てたかったというのもある。そして、自分が休む為というだけの休息なら承諾しなかったクライクスも、そういう理由ならと渋々納得したのだった。それでも本人が作業を手伝おうとするので、それはダメだと全員が全力で止める羽目にはなったが。

 そして五日の後に町を出発した自分達は、今は此処、新たな町ヘリオドールシティにいる。

 マカライトタウンより大きく、規模の大きいこの町は北にクンツァイト山脈とヒデナイトの森を臨み、南にトリフェーン砂漠という配置だ。そしてすぐ東には、スフェーン遺跡が存在する。ヘリオドールシティは歴史と考古学の街として有名な場所だった。スフェーン遺跡での発掘調査と開拓のため、何組もの冒険者パーティを雇って駐在させているという。大きな美術館、博物館も少なくない。もしも観光で来たのなら是非とも一度見ておきたいと思うスポットが少なくなかった。残念ながら今は休息と食料や武器の補強の為に訪れているだけなので、そういう気晴らしをする暇はなさそうではあったが。


――本当なら、もっとゆっくり進んでいった方がいいんだろうけれど。……あんなものを見てしまった後じゃ、悠長なことは言っていられないな。


 実は、マカライトタウンとヘリオドールシティの間はかなりの距離がある。砂漠の中でテントを張って野営しつつ、モンスターを排除しながら進まなければならないあたりがお察しだ。そして、実はこの二つの間にももう一つ町はあったのだが――そちらを通ると、クンツァイト山脈までの道をかなり大回りすることになる。それはダメだ、と言ったのもクライクスだった。休息するならヘリオドールシティまで着いてからでいい、自分は大丈夫だから、と。

 マカライトタウンの、守護竜襲撃事件。責任を感じているのは全員だが、特にクライクスは自分の不甲斐なさを痛感している様子だった。自分が慢心したせいで怪我をしたんだ、自分が一番の足でまといだったと本気でそう思っているらしい。そんなわけがあるか、自分だって役に立っていないとカサンドラは思ったが、彼にはまるで届いていない様子だった。

 正直、そんなクライクスの様子は意外ではあったのである。彼は航海者だ(それを知っているのはカサンドラとテリスだけであったが)。この世界に関する思い入れは、カサンドラ以上に少ないと思っていた。むしろアルルネシアへ繋がる情報を見つける為だけに、冒険者となり自分達に同行しているものとばかり思っていたのに。どうやら自分は、まだまだ彼の本当の心を何も知らないらしい。一度、ちゃんと話しておいた方がいいかもしれない、とは思う。

 そして、カサンドラ自身も。ヘリオドールシティで休んでいる間に、自分の心に整理をつけなければならない、とわかっていた。


――私は……襲撃が起きた時、町の外で……一番遠い場所に、いた。


 高台にいた為に、町で起きている悲劇を把握するのは早かったが。しかし、駆けつけるのはだいぶ遅くなってしまったのも事実である。そして、西と東のどちらに助けに入るべきか迷って、結局西の、アイス・マスター・ドラゴンの方に行った。作戦を考えればそれで正解だったのかもしれない。最終的に、ドラゴンの相打ちという結果を導くことはできたのだから。でも。

 自分が東側に助けに入っていれば、もしかしたらクライクスにあそこまで酷い怪我をさせることはなかったのではないかと、そうも思ってしまうのである。


――どんな選択が最善だった?確かに竜は止められた……でもあれは、本当に正しい行為だったのか?アイス・マスター・ドラゴンに町を横断させることなく……双方と止める方法は、果たして本当になかったのか?


 ヘリオドールシティでするべき仕事はいくらでもある。クライクス以外は、街での調査もきちんと行うべきと知っている。なのに、カサンドラは宿屋の部屋から出ることができないまま――ベッドの上に座り込み、じっと考え込んでしまっていた。立ち止まっている暇などない。ないはずなのだ。皆が自分なりに出来ることを精一杯やろうとしている。大怪我をしたクライクスでさえ、テリスの手を借りて一刻も早く万全の状態に回復しようと頑張っているというのに。


「カサンドラ」


 はっとして、カサンドラは声を上げた。いつからそこにいたのだろう、クオリアがすぐ近くに立っている。


「ノックをしても返事がないものだから、入らせてもらった。……隣、座っても?」

「……どうぞ」


 断る理由がない。一人で考える時間が欲しかったのは事実だが、正直それも辛いと感じていたのもまた事実なのだ。

 ベッドが沈み込む感覚。すぐ隣に――ずっと探し求めていた人がいる。


――この人が生きていて……今、私の傍にいる。


 それだけで。本当にただそれだけで、カサンドラがどれほど嬉しいかなど、きっと他の誰にもわからないことだろう。今、目の前にいるのは“姫様”でもなければ“クシル”もない。同じ魂であって同じ見た目であっても、今はまるで違う人生を歩む存在、クオリアだ。前世の彼や彼女を、クオリアに重ねすぎるのは今の彼への冒涜だとわかっている。何故なら目の前の彼は何も知らず、クオリアとして精一杯生きている一人の人間であるのだから。

 それでもだ。

 思い出してしまう。いつも、いつもその命を惨たらしく陵辱され、殺されていくばかりのこの人のことを。クシルの時は、魔女に捧げられて拷問されて捨てられた。優介の時は一家心中に巻き込まれて家族の手で焼き殺された。繰那姫の時は下衆との婚約を強要され、無理矢理辱められて孕まされ、自ら崖に身を投げた。

 この人がまともに幸せになれた世界など、一度たりとてない。カサンドラもだ。この人の無残な最期ばかり見せつけられてどうして幸せになどなれるだろう。自分の命はこの人がクシルであり、カサンドラがカレンであった時からこの人のものなのである。クシルに命を救われ、それ以降の転生した数々の世界でさえ、この人に救われなかったことはないのだ。

 何度も愛し、何度も愛され、何度もその優しさに癒された。

 それなのに自分はいつだって、この人に何も返してやることができない。この世界だってそう。自分はまだ一度たりとも、この人の役に立ててなどいないのである。


――あの町の襲撃が起きた時……結局私は、それが最善かもわからない作戦の指示を出しただけ。殆ど怪我もしていない。……私は本当に、誰かを助けることができたのか……?クライクスや、町の皆を傷つけない方法を……もっと考えるべきではなかったのか?


 クライクスだけではない。彼ほど酷い怪我はしなかったとはいえ、テリスもショーンも傷だらけで戦闘を終えた。彼らの努力、尽力を思うと頭の下がる思いである。彼らは頑張ってくれた。それに対して自分は――自分は、彼らの頑張りに応える対価など、何も払ってはいないのである。


――こんな有様で本当に……私はこれからも、この人を守っていくことができるのか?私は……弱い。この人をただ守るだけじゃだめだ。悲しい思いだって何一つさせたくないのに……!!


「そういうのは、傲慢なんじゃないのか」

「!」


 ぎょっとした自分は何もおかしくないだろう。黙り込んだカサンドラの気持ちを、まるで読んだようなクオリアの口ぶりであったのだから。


「無力さを感じているのは君だけじゃない。私も含めてみんながみんな……自分が一番悪かったんじゃないか、何かはできたんじゃないかと思っている。そういう意味では、似たもの同士なのかもしれないと思うな。でも……自分がどうにかすれば、何もかも守れたなんて思うのは……ひょっとして傲慢というやつなのではないか、と。最近私も気づかされたんだ。テリスのおかげでな」

「そうなん……ですか?」

「ああ。理不尽なことも、良くないことも全部……自分のせいだと当たり前に思って生きてきたんだ、私は。それは責任感が強いからとか、誰かを庇うとか、そういうんじゃない。それが楽だったからだ。あらゆる理不尽も辛いことも……自分の頑張りの結果で、努力次第でなんとかできるものと信じたかった。打破できると考えていたかった。カサンドラ、君もきっとそうなんじゃないか?」

「………」

「テリスに、言われたよ」


『わかった。俺なんとなくワカリマシタ……あんたがどういう人なのか。……あのさ。確かに人や不運を恨んでも解決しないことは多いだろうさ。でも、だからって世の中で起きる悪いこと全部、あんたのせいなんてわけがあるかよ。あんたが何も悪くなくても、良くないことなんていくらでも起きるんだ。世界の危機なんてまさにそれだろ?』


 カサンドラは目を見開く。驚いたと同時に――ああテリスらしい、と思ったのも事実だ。

 正直彼には負い目があったのである。仕方のないこととはいえ、自分の事情を知らせ、共に背負わせてしまう形となった。カサンドラが守りたい存在の生まれ変わりがクオリアであると知ってから、どうにもテリスのクオリアに対する態度が刺々しいとも感じていたのである。それが恐らく、カサンドラの気持ちを何も知らずに生きているクオリアに対して、苦い感情を抱いたせいだろうということも。

 自分は、そこまで誰かに想って貰う価値のある人間ではない。それなのに心配してもらうのは有難い反面、酷く申し訳ない気持ちにもなる。でも。

 もしかしてクオリアもまた、そういう想いばかり抱いて生きてきた一人であったのだろうか。自分はまだ、この世界における彼の過去など何も知らないけれど。


「カサンドラ。……責任を、感じるなとは言わない。それでも君がいなければあの町は完全に死んでいた。今、あの町の復興を先陣切って頑張っているジェイクも……君が助けに行かなければ殺されていたに違いない。いいか。君は少くとも……彼の命を救い、そして彼がこれから救うであろう数多くの人の命をも救っているんだ」


 ぽん、と頭の上に温もり。頭に乗せられた手はけしてがっしりしたものではない。むしろ、男性としては充分華奢な域に入るだろう。それでもだ。

 大きいと感じるのはきっとその存在が、カサンドラにとってあまりにも強く、確かなものであるからに他ならない。


「私も、君に感謝している。……共に戦って確信した。君の力が私達には必要だ。君はどんな状況であっても屈しない強い心と、考え続ける強い意思を持っている。それが、この残酷な世界では何よりも強靭な武器になるだろう。どうかそれを、誇って欲しい。……辛い時は言ってくれ。この通り私は口下手だが……それでも、隣で話を聞くくらいのことはできるのだから」


 クオリアの声は、眼は、あまりにも優しい。優しすぎるものだから、カサンドラは――真っ直ぐにその瞳を見つめることができず、眼を逸らしてしまうのだ。


――駄目です、クオリア。


 自分の心は、一番最初から決まっている。自分の命はこの人に捧げるべきもの。自分は、この人を守る剣であり盾であるべきもの。この人の幸せを願い、それを傍で支えるのが自分の役目。そして、いつかこの人をこの運命の牢獄から救い出す――それが、それだけが自分のするべき使命であり、それ以上のことは何も願ってはいけないはずなのである。


――やめてください。そんな風に……優しい言葉をかけられたりしたら、勘違いしてしまう。……過去の自分を思い出してしまう。思い上がってしまう。


 繰那姫の時だけではない。彼を――彼女を、恋愛対象として愛してしまった事は何度でもあった。その気持ちはクオリアが過去女であろうと男であろうと、そしてカサンドラが男であろうと女であろうと何も変わりはなかったのである。同性であろうと異性であろうと、愛してしまう気持ちに何も変わりはなかった。クオリアが男であっても女であっても関係ない。この人が、この人だからこそ好きになった。何度も思い出し、そのたび封印してきた気持ちを今また、こうして思い出してしまいそうになっている。

 そんなことは許されないのに。この人を愛し、この人の伴侶になるに相応しい人はきっと、自分などではないというのに。


「……ありがとうございます、クオリア」


 この時間だってきっと本当は――許されるべきものじゃない。

 それでも自分は弱いから、今だけでもとこの人の優しさに縋ってしまうのだ。


「ただ、今は……今だけは、少しだけ……傍にいて、貰えますか」


 自分はこの人を、愛している。

 心の底から、愛している。

 それでもカサンドラは願うのだ。どうか今感じているその感情が――これ以上、恋心に寄ってしまいませんように、と。

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