自己紹介
青髪の少年に導かれるままにゴブリンをまいた俺は草原地帯を少年とともに歩いていた。
さっきまでは息が切れていて聞けなかったがいろいろ聞かなければならない。
でもまずは自己紹介からだ。
「初めまして。
さっきは助けてくれてありがとう!!
僕の名前はリアム。
駆け出し冒険者で空間魔法の使い手だ」
空間魔法?
めっちゃ強そうじゃん。
ゴブリンに追いかけられてたのか疑問でならない。
空間を切り裂いたり、ゴブリンを上空に転移させて落下させたり、なんなら時間を巻き戻してゴブリンと遭遇する前に戻ってしまえばいい。
いや、個人で時間を巻き戻せるとかいろんな事件が起きて大変そうだ。
俺の足りない想像力では考えられないが、そんな能力があったら世界はどうなってしまうのだろうか。
空間魔法の空間の定義にもよりそうだけどさすがに時間を巻き戻したりはできないだろう。
そして今のリアムの発言によりここは異世界だという事がほぼ確定した。
もしここが日本だったらリアムはただの痛い人だろう。
そんなことより俺も早く自己紹介をしないといけないな。
なんといえばいいだろうか?
異世界物の鉄板ではやっぱり異世界から来たとかは言わない。
なぜなら、頭のおかしいやつだと思われるからだ。
事実薫自身も「実は俺異世界から来たんだ......」というやつが現れたらちょっと引く。
それが初対面ならなおさらだ。
とにかく異世界に来てしまったのだからせめて相手にいい印象を与えたい。
知らない世界で生き残るためには印象が大事だ。
薫は異世界の専門家ではないが初対面の印象はとても大事だろう。
第一印象が悪くなると直すのは大変だとテレビで見たような気がする。
とりあえずここ数日間働いていなかった表情筋に働くように命令をし、思いっきりひきつった笑顔を浮かべながら話し始める。
「俺は星宮 薫。
辺鄙な田舎から出てきて大きい街に向かっていたら道に迷って困っていたところだ。
もしよかったら道案内をしてくれないか?」
言い切った。
自己紹介もできて道案内も頼めるというこの状況において考えうる中で最も角の立たない発言ではないだろうか?
「カオルさんですか。
覚えました。それで道案内のことなんですが......」
何か問題があるのだろうか?
正直に言って今彼に道案内を頼めないと詰んでしまう。
なにせここは異世界で、こちらには土地勘なんてものが存在しないのだ。
彼に断られたら後をつけてでも街を探すしかないだろう。
カオルは日本人で生活水準の高い暮らしを送っていた。
いくら暇なときにどうでもいい雑学などを調べていて、サバイバルの知識をもっていたとしてもいきなりも森の中で暮らしてくださいと言われたら誰にでも抵抗があるのではないだろうか。
だから心の中で祈った。
おお神よ哀れな子羊をお救いください。
「僕も今迷子でして助け合いませんか?」
現実は非常である。
神は居ない。
「え? なんかさっきまで俺のこと案内してくれてたじゃん。
迷子ならなんで道を知ってるんだよ」
「さっきゴブリンの群れに襲われたときに持っていたを短刀落としてしまって取りに来たかったんです。
いやぁ助けていただいたのに落とし物を拾うのまで手伝ってもらっちゃってわるいですね。
あ、なにをするんですか!? ちょ、やめっ、......」
リアムの厚かましい態度にイラっとしたカオルがリアムの首根っこをつかんで引きずっていると視界の端に何かがあるのを見つけた。
近寄ってみるとそこにあったのは鋭い光を放つ短刀だった。
無駄に精巧に作られた持ち手でしっかりと磨き上げられた刀身を見れば職人歴0年のカオルでも業物だと思うようなそんなすごい逸品だ。(業物になるには刀剣鑑定家による見解や試し切りの必要があるらしい)
「あ、これ僕の短刀です。そんなにまじまじと見てどうしたんですか?
ほしいなら上げますよ。助けてもらった恩があるので」
と引きずられていたリアムが俺の手からするっと抜けて言ってきた。
あれ?
おかしいな。
俺あいつの首根っこつかんでたよな......
いやいや落ち着け俺びーくーるだ。
正直に言って俺の腕を瞬時に引きはがし、俺の隣まで動く素早い動きがゴブリンに追いつかれそうになっていた奴と同一人物だとは思えない。
「お前なんでそんなに早く動けるんだ?」
「? さっきまで魔力が枯渇してたせいで身体強化魔法が切れていたからに決まっているじゃないですか」
さも当たり前のように語られる常識についていけない。
常識を知らないことを知られてはいけない。
「ああ、そういう事か。
すでに強化してたんじゃないかと思ってたよ」
「さすがに強化した後でゴブリンに追いつかれかけたりはしませんよ」
「そうだよなぁ」
何とかごまかせただろう。
魔法とはどうやって使うものなのだろうか。
どうにかして引き出してみたいと思う。
* * *
SIDEリアム
今日は朝から気分が落ち込んでいる。
とうとうあの試練の日がやってきてしまった。
僕には兄弟が15人いるそのうちの12人が僕より早く生まれている。
12人のうちの10人は行方不明となって今も見つかっていない。
年が離れていたからあまりよく覚えていないがこの残酷な世界での遭難は死と同義だ。
ローカス家は空間魔法の権威だ。
周囲の時間を遅らせ自分の思考速度を相対的に上げる時空魔法。
空間のゆがみを作り出し、自らの移動を瞬間的に行える転移魔法。
亜空間を作り出し物資を運んだり、空間を切り裂いたり空間を操る魔法の総称を空間魔法と呼ぶ。
そんなローカス家の目指す頂はただ一つ。
時を操ることだ。
だからローカス家では魔法の研究に没頭し、宮廷魔術師たちでさえ知らない魔法を使えるのではないかといううわさもあるほどに空間魔法についての見識が深い。
ローカス家に生まれた人間は幼いころから高度な教育を施される。
魔力を伸ばす方法然り、操るための方法然り。
一族の悲願をかなえるためのノウハウを蓄積してきた教育法は魔法に関して王族の教育すらも上回る。
生まれてくる子供が魔法についての才能を保有する確率を上げるために血統と魔法についての仮説を打ち立て実践している。
そんなエリート一家に生まれた天才たちが選べる道は3つ。
研究のための資金を集める職に就くか、試練を受けて研究者になるか、試練で失敗して帰らぬ人になるかだ。
当然試験の生還率を見て資金繰りをしたいと思うものも多い。
だが家の中で研究資金集め係は奴隷のような扱いだ。
名家に生まれた自尊心の高い子供たちは研究者をを志す。
4代前に貴族になってからはなおさらだ。
そんな家に生まれたリアムは臆病故にそれでも研究資金集め係を選んだ。
そんなリアムに転機が訪れたのはわずか一年前。
街に鑑定士がやってきたときだった。
世界には不思議な人がいるもので特殊な力を扱える人々を超常使いなどと呼んだりもする。
その不思議な人の中でも顔が売れているのが鑑定士だった。
その鑑定士が来たと聞いたとき真っ先に歓迎したのがローカス家だった。
魔法の名門という事もあって数年に一度来てもらえるように依頼していたのだ。
その鑑定士がリアムを見たとたんに顔色を変えていってしまったのだ。
この子には空間魔法に関するすべての才があると。
そこからはリアムの意志など関係なくなった。
3つあった選択肢の中から一番安全なものが消えてしまったのである。
リアムは恐ろしかった。
いつも自分をお見下していた奴らが自分に過酷な訓練を施すことが。
魔力を伸ばすために飲む激痛を伴う薬を飲まされることが。
そして何より試練で命を落としてしまうことが。
誰もリアムを見ようともせずただ結果だけを求めた。
結果が悪いと才能があるのになぜできないんだと手を挙げられたことも数えきれないほどある。
今までの生活とは比にならないほどの濃密な時間。
そしてついにやってきたのだ。
試練の日は12歳になった日と決まっている。
12歳以前に魔法を使い始めると多くの場合に独特な癖がついてしまうからだ。
よってリアムが魔法を使うのはこれが初めて。
まずは初めて魔法をを使うときのセンスを見るのだ。
そこに圧倒的な才能があれば試練は即刻中止となり研究をしともに頂を目指す仲間とみなされるようになる。
だがそこで平凡と判断されたものには試練を課すのだ。
無駄に豪華に飾り付けられた祭壇の上に一人で立ち、話が通じる数少ない人間である弟と妹からもらったお守りも没収されてしまっている。
何が魔力に影響を及ぼすかわかっていないためだ。
それから魔力に影響しないように配慮して作られた短剣を持たされ限りなく実践に近い形でセンスをはかるのだ。
相手はジャイアントベアー。
凶暴な魔物で魔法があまり効きにくい。
そんな魔物を前にしておびえない12歳などいるだろうか?
足がすくんでしまい歯もがちがちと震え始め魔法も使えないリアムに迫っていくジャイアントベアー。
あと5秒もすれば自分はその鋭い牙で食いちぎられてしまうのだろう。
だから目をつむってしまったそして願ったのだ。
どこかこのクマに襲われない場所へと。
目を閉じる直前に見えた弟の顔が目に焼き付いた。
ああこれで僕は死ぬんだ。
と諦めのような気持ちすら浮かんでくる。
あぁ、できれば痛い思いはしたくないなぁ。
殺すんならいっそ一思いに。
天国ってあるのかなぁ?
そんなことを考えていても攻撃は来ない。
熊の咆哮も聞こえなくなっている。
目をゆっくりと開けると、そこは見知らぬ草原だった。