表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/56

8. 釣り

 リーズの家の前には、ベイリットが来ていた。


「よっ、ノイチゴのジャムもらったか?」

 ベイリットはヨシスケに明るく声をかけた。

「うん。ほら、アーミィさんたちの分も」

「よしよし、大事に食えよ! ……リーズ、どうした?」


 ベイリットはヨシスケからリーズに視線を移すと、心配そうに聞いた。リーズは先程までの元気がなく、心配そうに眉を下げていた。


「さっき、導きのバルーンをヨシスケと見て……」

「ああ、俺も見たよ」

 ベイリットはにっこり笑いかける。


「もう少し遅いと思って、明日にしたのに……」

「ああ、今年はちょっと早いな。まあ大丈夫さ、結婚式は村のなかでするし、安全だ」

「結婚式はそうだけど……せめて一日遅かったら……」


 ヨシスケは黙って二人の隣に立っていたが、リーズの気持ちは痛いほどわかった。ベイリットはこれから、リーズの父親と狩をしに村の外にいくのだ。二人なら大丈夫だとは思うが、既に永劫の災いの再来期間になっている時に、村の外にいくのはやはり危険だ。だが、今さら結婚式や狩を中止することは難しいだろう。


「大丈夫だって。今日の狙いはウミスズメとかの現の生物なんだから。なっ」

「うん、でも、そうだけど……」


「……俺、もう行くね。アーミィさんとこの屋根直す約束してるからさ。リーズ、ジャムありがと! ベイリット、ウミスズメ楽しみにしているからな!」

 ヨシスケは、心配していることを悟られないよう、なんでもないように声をかけた。

(今は、俺はいない方がいいだろう)


「ああ、任せとけ! そうそう、今日晩御飯一緒に食おうぜ。また後でな」

 ベイリットはリーズの頭を胸に抱きながら、いつもの調子で答えた。ただ、声とは裏腹に、すまんと言うときの顔をしていた。ヨシスケはそんなベイリットに、気にすんなとアイコンタクトを送り、リーズの家を後にした。


 ーーーーー


「ああー……また妖の魚か」

 水面から上がってきたのは、手のひらよりも少し小さいくらいのセーロンガルという魚だ。全身に緑色の細かい毛が生えていて、うろこはない。バタバタと暴れて、時たま頭に生えている提灯のようなところが光り、ビリっと電気を出している。魔法だろうが、少し手が震える程度で痛くもかゆくもない。


 ヨシスケはリーズの家から帰ったあと、隣の家の屋根を修理し、包丁を研いでもらい、仕事道具の整備をしてから村の端にある海岸にきていた。本当は村の外の釣り場までいくつもりだったが、永劫の災いの再来期間になったため、村の中の釣り場で我慢することにした。


 だが、今日はこのつり場は当たりらしく、とてもよく魚が釣れた。もちろん、中には妖の魚も混じっている。


「あ、結構針飲んじゃってるなあ……」

 あいにく今日は針外しを忘れてしまった。仕方がないので、エラを切って針を取り出す。


 針に付けている餌は現の虫なので、セーロンガルが食べても意味はないはずなのだが、習性で食いついてしまうのだろう。食べられない、というか食べても意味がないので、ヨシスケは妖の魚は基本的に逃がすようにしている。しかし、このセーロンガルは針を飲み込んでしまったのが運の尽きだ。


 エラを切られても、セーロンガルはひるむ様子もなくヨシスケを攻撃しようとしている。しかし、電気の魔法はもう出していないので、かなり弱っているのだろう。


(永劫の災いの再来期間ってこともあるけど、妖の生物は魚でもすごい凶暴だよな。現の生物を見ると、なりふり構わず襲ってくる。こんなに体格差があるから逃げようとしてもおかしくないのに……)

 そんなことを思いながら、ヨシスケはセーロンガルを眺めている。


 セーロンガルは次第に動きが小さく弱々しくなり、やがて動かなくなった。すると、セーロンガルの全身から紫色の霧のようなものがゆっくりを立ち上った。霧はセーロンガルの死骸の少し上に浮かび上がり、ゆっくり回転しながら集まっていき、小さな結晶になった。


 結晶は薄い紫で透明、縦1cm横5mmほどで細長く、よく見ないと見落としてしまいそうだ。ころりとセーロンガルの死骸の上に転がる。ヨシスケは注意深く結晶を拾い上げた。いつのまにか日が傾き、夕焼けになりかけている空に結晶を掲げてみる。

「朝の分の回復にはなるかな」

 そうつぶやくと、ヨシスケはその結晶を強く握った。


 結晶は手のひらでじんわり熱くなり、やがて溶けるように消えた。手を開くと、そこには何も残っていなかった。


 妖の生物の体は毒にも栄養にもならないが、この結晶だけは別である。毒にも栄養にもならないのは変わらないのだが、魔力があがるのだ。この世界では現の生物も妖の生物も魔法が使える。その魔法の力の源になるのが魔力だ。現の生物が使える魔法は、気体や液体のエネルギーを与えたり奪ったりする程度である。


 朝、ヨシスケもスープの水分子に運動エネルギーを与えて振動させて温めた。もっと多くの魔力を使えば、微量の空気を激しく振動させることで温度を上昇させ、木くらいなら発火させることもできるし、上手に操ることが出来れば空気を流れさせ、風を起こすことも、その風に乗って空を飛ぶこともできるのである。

 魔法は昔から多くの魔術師によって研究されていて、様々な応用がされているが、一般的に生活の中で使われているのはこのくらいだ。ただし、燃やすものが何もないところに火をだしたりすることはできない。


 逆にエネルギーを奪って温度を下げ、物を凍らせることもできる。空気中の水蒸気を上手く利用すれば、一見何もないところから水や氷を出すことも可能だ。エネルギーを与える、奪うということはほとんどの人がどちらもできるが、たいてはエネルギーを奪う方を得意とする人が多い。エネルギーを与えることが得意なヨシスケは、村でも重宝されていた。


 妖の生物は現の生物よりも魔法が得意でもっといろいろなことが出来るらしい。ヨシスケは妖の生物が何もない空気中に炎を出したのを見たことがある。更には、姿形を変えたり分裂したりすることもできるそうだが、ヨシスケはあまり詳しく知らなかった。


 与えるエネルギーや奪うエネルギーが大きければ大きいほど、たくさんの魔力を消費する。魔力はそれぞれ個人個人に上限があり、使った分だけ減っていく。その魔力をこの結晶を摂取することで補えるのだ。摂取方法は、先程のように握ってもいいし、肌に強く押し付けてもいい。


 なにもしなければ、結晶は徐々に小さくなって消えてしまう。魔素といわれる気体のような状態になって空気中に紛れ込むのだそうだ。基本的に魔素は見えないが、空気中には目に見えないほどの魔素がたくさん漂っているらしく、普通にすごしていれば少しずつ回復する。上限値にもよるが、大抵は1日寝れば魔力は完全回復している。

 またその上限値も、一度に大量の妖の結晶を摂取することであげることができるらしい。結晶は妖の生き物の毛皮などでくるんでおけば、とっておくこともできる。


 都市によっては結晶をとても大事にしているらしい。特に、朝のバルーンを飛ばしている滅紫教では、お布施としてこの結晶を集めているそうだ。そして滅紫教を国教とする世界一の大国ディルブランドでは、この結晶を安定して集めるための兵団まであるらしい。ヨシスケの村では、ただ少し便利なものという認識だけなのだが。


 今のセーロンガルの結晶では、朝の魔法で消費した分が回復されたくらいだろう。結晶の大きさは、その生物がどれくらいの魔力を持っていたかで決まる。ちなみに、ヨシスケは妖の生物の死骸からしか結晶が出てくるのを見たことがなかった。


「えっと、セーロンガルの除いて1、2、3……全部で10匹か。まずまずだな」

 持ってきた樽には、大小合わせて10匹の魚が泳いでいる。その中でもひときわ大きな魚を見て、ヨシスケは顔をほころばせた。こんなに大きな魚が釣れるとは、今日はついている。

(これはベイリットと一緒に食べよう。二人ならこれ一匹で十分だから、あとはリーズの家と隣のアーミィさんたちにおすそ分けするかな)


「最後が妖の魚っていうのもちょっとあれだけど、まあ普通の魚も結構とれたし、そろそろ帰るかな」

 ヨシスケはそうつぶやくと、セーロンガルの死骸を海に返す。海に住む妖の生物が食べてくれるだろう。殺してしまったセーロンガルにそっと祈りをささげて、ヨシスケは海を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ