7. 導きのバルーン
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ありがとうございます。
次の日、ヨシスケは晴れた真っ赤な目で成人の儀を迎えた。小さな子は、皆ヨシスケの顔を見て心配していたが、大人たちの反応は拍子抜けするほどあっけなかった。きっと皆知っていたのだろう。
村人に対して、申し訳ないという気持ちと有り難いという気持ちが錯綜していたが、なにもなかったかのような村人達の、その気持ちが嬉しくて、ヨシスケはいままで通りの態度で村人に接することに努めた。
あれからもうすぐ1年がたとうとしている。ヨシスケは、先程リーズが彫った石の二つ隣の石を摘まんだ。成人の儀の前夜、リーズが彫ったものだ。
『立派に育ったヨシ君のお祝いよ』
そう言って、3人のネックレスに彫ったのは、ヨシスケ、ベイリット、リーズがニコニコと笑って手を取り合う絵だった。上手だけれど、似顔絵にしてはどこか似ていないような顔になり、3人で笑いあった。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
リーズはそう言うと、優しく微笑んで立ち上がった。
「さて、じゃあさっきの調子で、壁の装飾品全部外してくれる? 壊れやすいのもあるから、丁寧にお願いね」
「りょーかい」
ヨシスケはゆっくりと立ち上がり、作業にとりかかった。
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「助かったー、本当にありがとう。ノイチゴのジャム、たくさん持っていってね」
リーズとヨシスケは、一つだけ少し離れたところにある倉庫に向かっていた。
「今年はノイチゴ豊作だったの、ほら見て」
リーズが倉庫のドアをそっと開ける。中はひんやりとしている。日の光があまり入らないように、窓には板がはめられていた。
この倉庫は一時的に物を仕舞えるようになっており、大抵の場合中はスペースが空いていた。今は、大小様々な瓶に入れられたジャムと、甘酸っぱい香りを漂わせる大きな樽が10個ほど置かれていた。樽の中はノイチゴのジュースとノイチゴ酒だろう。
「明日のための分もあって、張り切っちゃった」
リーズはどうだと言わんばかりの顔でヨシスケを見ていた。
「すげー、いい匂い。時間かかったでしょ」
ヨシスケは素直に誉めた。
「まあねー、あ、ジャム好きなの取っていっていいよ。よかったら、アーミィさんとアンマさんにも持っていってあげて」
アーミィとアンマはヨシスケの隣の夫婦だ。
「おっけー、ありがとう」
「ノイチゴ酒、味見してみる?」
リーズがいたずらっぽく笑う。
「いや、なくなっちゃうと悪いからさ」
「嘘ばっかり、お酒弱いくせに」
ヨシスケは成人の儀の時に、祝い酒として飲んだ一杯のノイチゴ酒で、見事に酔っぱらってしまったのだ。あの時は寝不足だったからとその後再チャレンジしたが、結果はあまり変わらなかった。
飲んでればだんだん強くなるからとベイリットは励ましてくれたが、この村の人の飲む量を見ていると、自分がああなれるとはとても思えなかった。
「うまいとは思うんだけどなぁ」
ヨシスケは悔しそうに呟く。
「まぁまぁ、ノイチゴジュースはどう? 明日もヨシスケにはこっちをついであげるから」
それはそれで、なんともプライドが傷つく話だ。だが、二人の大事な結婚式で醜態をさらすわけにはいかない。ちっぽけなプライドはおいといて、明日はジュースにしておこう。
「うーん、いまはいいや。明日に取っておくよ」
「そう?なら、楽しみにしておいて! 今年のはとても美味しくできたの」
「それはいいな。すげー楽しみ」
「でも、もう何回か混ぜた方が良さそうなのよね。うーん、夜中に起きて混ぜようかなあ」
「新婦が無理するなよ。十分いい香りだよ」
「ふふっ、ありがと」
ヨシスケは小さなジャムの小瓶を4つほど小脇に抱えて倉庫をでた。太陽の暖かい日差しに温められた空気は、ひんやりした倉庫からでたヨシスケを優しく包んでくれた。
「あっ……」
先に出ていたリーズが、空を見ながら不意に声をもらした。ヨシスケも見てみると、球形で暗い紫色の物体が、上空200メートルくらいの高さをゆっくりと飛んでいた。
「”導きのバルーン“か……今年はちょっと早いな」
「暖かくなるのが早かったからかな? 行商の子達が帰って来てくれててよかった」
導きのバルーンは、導きの灯火と同じ宗教団体が飛ばしている。
この宗教は”滅紫教“という。滅紫教が始まって、もうすぐ1500年になる。
およそ2000年前、人々の生活を脅かす凶悪なドラゴンが突如として現れたらしい。ドラゴンは多くの大地を焼き、病気を蔓延させ、人を襲い、まさに天災と言えるほどの圧倒的な災いだった。この時代は実質20年ほどだったが、あまりにも辛く終わりの見えない時代だったため、永劫の災いと呼ばれている。
国々はこのドラゴンを何とかしようと、一致団結して戦った。そして激闘の末、ついにドラゴンをある山に封印することができたのだった。
しかし封印は完全なものではなかったらしく、500年後、凄まじく邪悪な空気を世界中に撒き散らしながら復活をした。その頃既に伝説となっていた永劫の災いが、再び降りかかると人々がパニックになったとき、救世主が現れた。それが、滅紫教の始祖であるギライスキだった。
どこからともなく現れたギライスキは、復活したドラゴンの元に降り立つと瞬く間にドラゴンを消滅させたのである。人々はその姿を見て、ギライスキを神と崇めるようになったのだ。これが、滅紫教の始まりである。
凶悪なドラゴンは、濃い紫色のをしていたそうで、紫ドラゴンを滅したことからこう呼ばれるようになったらしい。それまで複数あった国はドラゴンの共同討伐により一つになり、合わせて宗教も滅紫教に統一され吸収された。
そして不思議なことに、ギライスキはまだ生きているらしいのだ。もちろん疑う者もいるが、“ギライスキ”と名乗る人物が姿形を変えずにずっと教皇として存在していることは事実である。こういうことも、ギライスキを神だと人々がいう理由である。
ただ、ギライスキも全ての災いをなくすことはできなかった。ドラゴンが復活した時に世界中に撒き散らされた邪悪な空気は、妖の生物を凶暴化させたのだ。
ほとんど物語のような信憑性の低い話では、ドラゴンが封印から解き放たれる前、人間と一部の高い知能を持っていた妖の生物は、共に助け合いながら生きていたとも言われているのだ。もっとも、このような話は正式な歴史書には全く書かれていないため、ほとんどの人は信じていない。けれど、今よりも妖の生物が凶暴でなかったのは事実らしい。
そして、現在でもドラゴンの封印が解かれたとされる時期に、妖の生物が特に凶暴化するのだ。人々は、この期間を永劫の災いの再来と呼んでいる。永劫の災いは元々ドラゴンによる災いをさしていたのだが、長い歴史のなかで意味合いが少し変わったそうだ。
永劫の災いの再来は、滅紫教でも完全に押さえることができない。ただ、その時期を占うことできるらしく、世界中にバルーンを飛ばして警告するのだ。先程の暗い紫色のバルーンがそうである。占いは非常に正確だが、本当に直前にしかわからないらしく、バルーンが飛んできたと思ったらもう永劫の災いの再来期間になっている。
他の方法でもっと早く知りたいという声もあったらしいのだが、特殊な魔法がかけられたバルーンが、結果的には一番正確ではやく間違いがないというギライスキの言葉もあり、1500年間同じ方法がとられてきた。
ちなみに、バルーンからは妖の生物を凶暴化を多少緩和する魔法が流れ出ているらしい。確かに目を凝らせば、バルーンから紫色モヤのようなものが流れ出ている。
バルーンは王都ディルブランドにある滅紫教の教会から何百万個という数が放たれているらしい。ディルブランドとヨシスケの村はかなり離れているため、数日後に数個飛んでくるくらいだ。
滅紫教の熱心な教徒は、バルーンを見るとギライスキを称え喜ぶが、ヨシスケはその後の妖の生物の凶暴化を考えて、ただ憂鬱になるだけだった。ちなみに永劫の災いの再来は2ヶ月ほど続き、その間、子供はもちろん大人も極力村の外にはでない。
バルーンのせいではないと頭ではわかっているが、ヨシスケはなんとなく嫌な予感を感じてしまい、バルーンを睨み付けていた。




