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6. 村の決意

「……俺がいることで、また……事件が起こるとかは、考えなかったんですか?」

 ヨシスケは考えを整理するようにゆっくりと聞いた。


「もちろん、そう思う者がほとんどだった」

「……じゃあ、なんで……。」

「お前さんを守れるのは、わしらだけだと思ったからじゃ」

 村長はなおも優しくヨシスケの頭を撫でている。


「こんなことをあまり大きな声では言えないがな、役人の調査に不信感をもっていた者が多かったのじゃ。わしを含めてな」

 村長はため息をついた。


「役人は村につくなり、お前さんの両親のご遺体を……そうじゃな、言葉は悪いが回収し始めた。ろくに調べることなく、まるでただ片付けにきただけのようだった。とても調査であると見えなかった」


「役人はかなり大人数できていてな。この年は王都ディルブランドの王妃が妖の生物に殺されたということもあったからか、その数は50人は下らんじゃった。だがな、ほとんどの役人は家に入ることもせず、村人の家をまわりだした。最初は、何か知っていることはないか、聞きに行ったのだと思っていたよ」


「だが、皆が言うには、ただただ、お前さんの両親に関するものを全部寄越せと行ってきたらしいのじゃ。皆不信に思うて、何だかんだと理由をつけてはぐらかしたらしいのじゃが、次の日に回収に来るから準備しておけと、さもなければ家捜しすると言うてきたそうなんじゃ」


「事件の調査なぞ初めての経験じゃったが、皆おかしいと思ったらしい。それで、お前さんのことが心配になり、わしに進言しにきたということじゃ」

 村長はヨシスケを真っ直ぐに見た。


「こんな小さくかわいい子を奴らなんかに任せてはダメだと、村人の意見は全員同じじゃったよ」

 村長はふっと、優しく笑った。

「それに、役人を不信に思う部分は他にもあったのじゃ」


「役人たちは、わしらがお前の両親に教わって、妖の生物からうまく逃げるようになったことをひどく叱責したのじゃ。そして、妖の生物は従来通りどんどん殺すようにと命令して去っていった」


「妖の生物をいなすようになってから、怪我する者も命をおとす者も減っていた。無益な殺生もせんでよくなった。じゃが、役人は大した理由もなくただ妖の生物は殺すべきだと。村の者の安全など、到底考えているように見えなかった」

 村長は目を閉じ頭を下げると、ゆっくりと左右にふった。


「この村は辺鄙なところにある小さな村じゃ。情報も少ない。じゃが、わしらにも考えることはできる。なんでも役人の言いなりになるなんてことはない」


「……それにな」

 村長はゆっくりと顔をあげて、一呼吸おいた。

「小さな村じゃからこそ、村人の警戒心は強い。じゃが、その分、人を見る目は確かじゃと思うとる。このへんは、子供の頃の行商の経験もあるかもしれんの。そんな村人全員が、お前さんの両親を信頼しとったのだ。一緒にいた時間は短かったがな。わしはお前さんのことを役人に黙っておくことに決めたのじゃ」


「あれから役人が何度かきたが、一月もせずにほとんど来なくなった。お前さんのことは全く気づかなんだ。こういう時、小さな村の団結は素晴らしいからの。事件もなく、小さくかわいい子は、こんなに立派に育ってくれた。……ほら、立ってみろ」


 勢いよく立ち上がる村長に腕を引かれ、ヨシスケはよろけながら立ち上がった。村長はヨシスケの肩に両手を置いた。バシッという音がひびいた。


「ヨシスケ、本当に立派に育ってくれた。わしはお前が、きっと受け止められると信じて話した。けして、恩をきせようとか思うて話したのではない。引け目に感じることもない。そんなことは、この村の誰も望んでいない。お前は何も変わらなくていい」

 ヨシスケはなんと言っていいのかわからず、目をそらした。


「……すぐに受け止められないのは当然じゃ。辛い話であるからの、時間は必要じゃろう。それでもわしは、綺麗な物だけをお前さんに見せるのは間違っていると思うのじゃ。泥水が大地に染み込み、ろ過され生き物を潤し、豊かな生態系の源になるように、この話がお前さんの人間性を深みのあるものにするだろうと」

 村長はそう言うと、倉庫のドアへと向かっていった。


「……抱えきれぬ物は、抱えられるようになるまで置いていてもいい。誰かに預けてもいい。一緒に持ってもいいだろう。焦らないことじゃ。……大丈夫、ヨシスケなら、大丈夫じゃ」

 そう言うと、村長は振り向きもせずに倉庫を出ていった。


 …


 ……


 ………


 …………。


 どのくらいたっただろうか。

 ヨシスケは村長が出ていったあと、またへたりと座り込み、それから数時間動けずにいた。父さんと母さんのこと、ベイリットのおじさんとおばさんのこと、そして村の人々のこと。なんと呼ぶのかわからない感情に思考が邪魔されて、頭が働かない。いや、この、いつの間にかガンガンと響いている頭痛のせいだろうか。そういえばずっと水分をとっていない、脱水かもしれない。

(水を飲まなきゃ)

 ヨシスケはやっと腰をあげ、ふらふらと倉庫からでる。


「……何してんだよ……」

 月明かりの下、出口から少し離れたところに、ランプが置かれていた。その周りには、見慣れた二人が座っている。


「……明日、ヨシスケ成人の儀だろ? お祝いしようと思ってさ」

「ヨシ君の好きなもの揃えてたら、遅くなっちゃった」

 二人はそう言うと、大きな籠を掲げてにっと笑った。


 二人は、両親の事件当時6歳だった。多分、覚えていたはずだ。特にベイリットにとって自分は、父親が、考え方によっては母親が亡くなった原因だ。

(……なのに、どうして……)

 ヨシスケの頭の中に、いままでの思い出が溢れてきた。嬉しかったこととか、楽しかったこととか、悲しかったこととか、寂しかったこととか、何もかもがぐちゃぐちゃに浮かんできて、訳がわからなくなった。


「……俺、おれ、ベイリット、ずっと、ごめ……」

 そこまで言って、ヨシスケは自分が嗚咽を漏らしていることに気づいた。話さないといけないのに、声が出てこない。息を吸うのでいっぱいいっぱいだ。たまらず目を固く閉じ、下を向いた。涙がボタボタと落ちるのを感じた。自分の存在も、涙と一緒に落ちてしまえばいいのに。


 ふわりと何かに包まれた。

「お祝いしようぜ。めでたいめでたい、俺の弟の成人前夜祭だ」

 ベイリットの体は冷たかった。何時間も待っていてくれたのだろう。成人の儀は、雪が溶けて農業が再開した頃に行われるが、まだまだ夜はひどく冷える。


「お、おれ、し、なくて、おじ、さん、と、おばさ、が」

「いいから」

 ひっくひっくと情けなくしゃくりあげながらのヨシスケの言葉をベイリットが優しく、強く遮る。頭にふわりと何かが乗った。冷たいけど優しい手が、ヨシスケの頭を撫でる。

「ヨシ君の好きなキイチゴのジャムと、ジュースがあるの。クラッカーも焼いてきたのよ。とっておきの、リンゴのジャムを使ったパイも! ほらっ!」


 じゃじゃーん、と、リーズの声がする。まだ涙で前が見えないけど、籠の中身をヨシスケに見せつけているようだ。ヨシスケは少し落ち着いてきて、手の甲で両目の涙をぬぐった。


「……ベイリット、本当に、ごめ」

「なにがだよ。こんな時間まで待たせたことか?」

「そうよ、早く食べましょう。待ちくたびれちゃった」

 リーズはランプの周りに篭の中身を並べている。

「……」

 なんて言っていいのかわからないヨシスケの頭を、ベイリットがぐしゃりと軽く押さえる。

「いいから、食べようぜ。あと……わかってるから、もう言うな」


 スタスタとベイリットはリーズの対面に座り、ヨシスケを見て、またにっと笑った。

「おい、主役は真ん中だ。早くこいよ」

 ヨシスケは少し戸惑ったが、ふにゃりと笑うと、小さくうなずいた。

「……ありがと」

 聞こえたかわからないがそう呟くと、ヨシスケは二人のもとへと歩いていった。

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