55. 準備
「よーし、これで全部か。確認してくれ」
ハンネスが店のカウンターに硬貨を並べる。シオンがしげしげと覗き込んでいる。
「これが、金ってやつか? いろいろあるんだな」
「んん? なんだシオン、お前さん、金見たの初めてか? そいつはちいっと不便だな。ちょっと待ってろ」
ハンネスはそう言うと、一旦店の奥に入り、少し古ぼけた箱を持って戻ってきた。
「ミラが子供の時に使っていたやつでな、そろそろリータにやろうと思って、この間引っ張りだしてきたんだ」
そういうと、箱を開けて中身を出す。中にはこの国の通貨が入っていた。ノイが前世では見たことがなかったような、高額硬貨も含まれている。ノイが驚いていると、ハンネスが笑った。
「本物じゃねえよ。俺が鉄くずでつくって色を塗ったんだ。ほれみろ、裏の龍がねえだろ」
そういうと、ハンネスは一番大きな硬貨を持ってくるりと裏返した。確かに、どの硬貨にも共通して描かれているはずの龍の姿がなく、練習用、と大きく書かれていた。
「な。ほれ、シオン、これ見て覚えろ」
ハンネスは硬貨を順番に並べていく
直径1.5cm厚さ1mm程の銅貨と、直径3cm厚さ2mm程の大銅貨。どちらも植物の双葉の芽が描かれている。
「小せえのが一エル、でかいのが十エルだ。本物の重さはそれぞれ、1.47グラムと14.7グラム」
次に出したのは、直径1.5cm厚さ1mm程の銀貨と、直径3cm厚さ2mm程の大銀貨だ。若木が描かれている。
「百エルと千エル。1.41グラムと14.1グラム」
その横に、直径1.5cm厚さ1mm程の白金貨と、直径3cm厚さ2mm程の大白金貨を並べていく。これらに描かれているのは、木と花だった。
「一万エルと十万エルだ。色が銀貨と似てるが、重さが違う。3.37グラムと33.7グラムだ。手で持ってもわかりずれえから、取引の時は秤で計るのを忘れるなよ」
「んで、これが最後。百万エルと千万エルだ。他のに比べるとでけえから、見間違うことはねえ。まあ、そう頻繁にお目にかかるもんでもねえがな」
そういって、直径3cm厚さ10mm程の金貨と、直径10cm厚さ10mm程の大金貨を並べた。木と何かの実のようなものが描かれている。
「でかさもでかいが、重さもなかなかだぞ。それぞれ157.87グラムと1578.67グラムだ」
「んー、重てーの?」
シオンが大金貨を持って見ている。
「それは鉄でつくったものだから、大体……650グラムくらいか。本物は、その倍以上するぜ」
「そんな重てーの、皆持ち運んでんの?」
「まあ、あちこち旅する奴は、持ち運べねえほど大金貨を持ってねえ奴が多いからな。よしじゃあ、俺が払った硬貨が全部でいくらか、計算してみろ」
ハンネスはそう言うと、カウンターの下から大きさの違う三つの穴の開いた板と天秤を取り出した。
「硬貨の大きさは全部で三種類、1.5cmと3cmと10cmだ。ピッタリの穴が空いてるから、はめて確認しろ。スッカスカなのは削られてる可能性があるから注意しろよ。重りは硬貨の数だけ、八つある。秤で計って釣り合えばオッケーだ」
シオンはノイに教えてもらいながら、硬貨を測定していく。数の数え方も知らないようだったが、やはり頭はいいようで、ノイが一度教えるとすんなり覚えたようだ。
「んー、金貨が四、大白金貨が五、白金貨が……四十、大銀貨が十、銀貨が…………百」
「よしよし、全部で?」
「四百万、五十万、四十万、一万、一万、四百九十二万」
「おお、覚えがいいじゃねえか」
ハンネスは、先ほど言った通りの値段で妖のキツネ(カイツ・フォークス)の毛皮二匹分、妖のイノシシ(ヒッズ・イーバ)の毛皮四匹分、グロロスカニーチャの毛皮四匹分を引き取ってくれた。また、スターカーバイソンの毛皮は、四百平方センチメートルに少し足りなかったが、綺麗で続きの面積が広いからと、相場より高めで引き取ってくれた。一気に懐が温かくなり、ノイはほっとしていた。
「単価が高えものを扱う店以外は、大白金貨以上は扱ってくれねえ店も多いからな。両替もでかい町じゃねえとなかなかしてくれねえから、白金貨以下を多めにしといたぜ」
「ありがとうございます。助かります」
「ほら、これをやるよ。硬貨を入れて使え。高額な硬貨は、こっちの革の袋に入れてしまっとくんだな。よし、じゃあ、このまま荷物の整理もしておけ。明日も早いんだろ」
そういうと、ハンネスはカウンターを回ってこちら側にきてくれた。ノイは貰った袋に硬貨を入れ、荷物を置いている店の隅に移動する。ずっしりと重たい二つの袋が、久しぶりの文明を感じさせてくれて、なんだか無性に嬉しかった。
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結局、ハンネスの見立てでは、ほとんどのものはこのあとの旅に必要ないのではということだった。森の中という何もない環境でのその場しのぎの物だったので、ノイも同意した。黒曜石でつくったナイフも、金属の物の方が刃こぼれがないだろうという意見もあり、ハンネスに銀貨五枚で引き取ってもらった。黒曜石の部分を防具の飾りにするらしい。黒曜石の瓶は、使い勝手があまりよくなさそうだが珍しいからと言って、これもアリストクラティの商人に売ってみることを勧められた。
「麻布も、もう少ししっかりしたのを買い直した方がよさそうだ。籠は……ふむ、よくできてるな。いいものだがかさ張るんじゃねえか? 特に使い道がねえとしたら、雑貨屋に売った方がいいと思うぜ。あとは」
「やあ、さっきはどうも」
乾いた鐘の音と共に、エルメルが入ってきた。
「おう、エルメル、リータはどうだ」
「ああ、ありがとう。すっかり元気で、今はミラとカサンドラと、あとヨーセフと一緒にヨーセフの家に行っているよ」
「おおそうか、でもなんでまた」
「ミラと話している途中でマルガレータが来てね。クリスタが目を覚ましたらしいんだ」
「本当か!」
エルメルが答えると、ハンネスが嬉しそうに声を上げた。エルメルは少し困ったように、でも嬉しそうに笑った。
「マルガレータからそれを聞いたら、もう、一ミリもじっとしてなくてね。ヨーセフも大丈夫だと言っていたから、クリスタに会いに行かせたんだ」
「リータはクリスタが大好きだからな。んで、お前はどうした?」
「ヨーセフにちょっと頼まれごとをしてね」
エルメルはノイとシオン、そして荷物を見比べながらにっこりとした。
「君たちが売りたいものがあるといっていたから、よかったら見てくれないか、と。」
「ああ丁度いい、そのことなら、お前に相談があったんだ。どら、ちょっと見ていけ。驚くぞ」
その後、エルメルはノイたちの荷物を見て説明されながら、信じられない、と何十回と呟いていた。また、スターカーバイソンの革道具の手直しについては、食い気味に了承し、本当に飛び上がりながら何度も何度も確認していた。妖玉も青とマーブルを買い取ってもらうことになり、それぞれ細かく重さを量ると、エルメルは一旦店に戻って、代金をノイに渡した。妖玉は同じ生物から取れたものでも、20グラム前後くらい差があり、その分値段も上下した。教会に渡すものを残して他は買い取ってもらい、ノイたちの所持金は全部で五百七十万と四千六百エルとなった。
そうこうしていると、また乾いた鐘の音が響く。今度はかなり激しく開けられ、大きな鐘の音にノイはびくっとしてしまった。
「父さん! 父さん! クリスタが目を覚ましたわ! 今少しだけ会ってきたの」
「うるせえぞ、ミラ。クリスタの件はエルメルから聞いた。カサンドラは」
「母さんは、マルガレータと夕食の相談をしているわ。 今日は皆で、クリスタの快気祝いとノイとシオンの歓迎会よ。クリスタが思ったよりも回復していたみたいなの。ヨーセフが驚いていたわ。大事をとってしばらくゆっくりさせるけど、パーティーにも出席オッケーですって。ユスティーナはまだ心配そうだったけど、クリスタが強く希望してるから、ヨーセフが渋々許可した感じだったけど。場所はヨーセフの家よ! あ、リータは久しぶりにクリスタとユスティーナに甘えまくってるわ」
「そんなに回復したのか」
エルメルが目を丸くしてそう呟き、ノイを見つめる。ノイが曖昧に笑いかえすと、ハンネスがエルメルの肩をバシッと叩いた。
「めでてーじゃねえか。うっし、何時からだ」
「夕食の準備と、ノイとシオンの用事が終わったら、すぐにでも! 明日、出発できる準備ができたらすぐに来てちょうだい。私も母さんとマルガレータを手伝ってくるから! あ、食べれないものはある? ない? よかった! じゃあ待ってるわね」
そういうと、ミラはまた扉を勢いよく開けると、外に飛び出していった。
「よし、じゃあ、さっさと終わらせるか。物はあらかた整理できたから、あとは服と防具と武器だな。エルメルも手伝え」
「もちろん、なんでもやるよ。任せてくれ」
そういうと、エルメルはノイとシオンに向かって親指を立て、ウインクをして見せた。
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その後は、見事な手際だった。ハンネスはてきぱきと二人を採寸しながら、どういう防具がいいか聞いてきた。シオンは動きやすいやつ、と答えたがノイが迷っていると、合うのを適当に見繕ってやると豪快に笑った。その合間合間にエルメルが色々と質問していく。
「主に使っているのが、ノイが剣でシオンが槍か、うーん、不思議な武器だね。継ぎ目も何もない」
エルメルが二つを丹念に見ながらブツブツと呟いている。
「よくできているけど、打ったり焼き入れしたりはしていないみたいだね。もしよければ、私が作った武器を見てみないかい? これらは、鉄として買い取れるよ」
ノイは少し考えてお願いすることにした。その他の武器も、狩りや簡単な料理には使えるけど、武器としてはいまいちとのことだった。また、使わない武器はさびるだけだというハンネスの意見もあり、準備する種類も含めて検討し、全部新調することにした。
「よし、ノイ、これをつけてみろ。シオンはこっちな」
そういってハンネスはそれぞれに防具を手渡す。言われた通りに着てみるとエルメルが姿鏡を持ってきてくれた。
ノイの防具は、少し暗めの銀色の金属を基調として所々に赤い石が付けられていた。対してシオンは、明るめの銀色の金属を基調としており、所々に青い石がついている。それぞれヘルムからブーツに至るまで、一式そろっているそれらの防具は、とてもかっこよかった。
「どうだ、一応セットだがバラでも売ってるから、気に入らねえ部分は別のを持ってくるぜ」
「んー……これ、なんか邪魔」
シオンがヘルムを取る。全体的にしゅっとしたシオンの防具は、ノイの物よりも動きやすそうだ。
「そうか、じゃあこれはどうだ」
ハンネスは輪っかのようになっているものを渡す。あまり華美ではないが、これもかっこいい。シオンが付けてみると、とてもしっくりと似合っている。
「んー」
「それ以上邪魔にならないやつは、防御力が下がるからな。普段は外していてもいいが、そのくらいはあったほうがいい」
「じゃあこれにする」
「おう、ノイはどうだ」
「えっと……」
結局、ノイも輪っかのようになったヘルムにした。シオンのデザインとはまた違うが、これもとてもかっこいい。少し今の自分には不釣り合いな気もするが、なんとなくこれだけで強くなった様な気がして、ノイの胸は興奮していた。アルベルトとハンネスが金額を話していると、いつのまにかいなくなっていたエルメルが戻ってきた。
「おお、いいじゃないか! よし、君たちに合いそうなのを持ってきたから、いくつか持ってごらん。正直、ここにあるものは性能はあまり変わらないからね。しっくりきたものを選ぶといいよ」
そういうと、エルメルはまた二人を鏡の前に立たせ、あれこれと持たせて見せた。エルメルはとても口が上手で、どれもこれもすごくいいものに見えてしまい、ノイはどれにすればいいかわからなくなってしまった。シオンは持ちやすいという理由で、早々に決めてしまった。ハンネスに支払いが終わったアルベルトのアドバイスもあり、ノイはやっと決めることができた。
「よし、じゃあ決まりだね。それぞれ短剣はサービスしておくよ! ほら、それぞれの防具とよく合っているだろう」
そういうと、エルメルはノイとシオンにそれぞれ短剣を渡してにっこりする。アルベルトがエルメルに支払いを済ませている間、ハンネスが防具のサイズを細かく二人に合わせていく。
「お前さん方はまだでかくなりそうだから、きつくなったら防具屋に行くといい。俺んとこに来てくれるのが一番いいが、まあ他の防具屋もサイズ合わせくらいはできるからな」
手際よくハンネスが二人の防具を合わせているところに、支払いが終わったアルベルトが近づいてくる。
「すみません、こんなにいい物を……」
「必要経費だ。気にするな。それに、確かにいい値段だが、質も抜群だ」
「おう、それは保証するぜ。ここは強え冒険者が一番集まる村だ。防具も武器も、いいやつしか置いてねえからな」
ハンネスはメジャーを咥えながらも器用にそういうと、親指を立てた。
「うっし、いいぞ、二人とも。完璧だ」
ぱしっぱしっと背中を叩かれる。確かに、先ほどよりもさらに体にフィットして、とても動きやすくなった。ノイは鏡に映った自分を見る。恰好だけは、熟練の冒険者のようだが、前世のヨシスケの姿そのものなので、なんだかちょっと不思議な気がした。それに対して、シオンはノイよりも身長が高く、また筋肉もきれいについていて、本当につよそうだった。ノイは自分の身体をもう一度見て、今度、あまり不自然でないくらいに少しずつ筋肉を増やして背を伸ばそう、などと考えていた。




