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53. 宿泊先

 一行が塔の外に出ると、少し日が傾いていた。ヨーセフはふむ、というと、一呼吸おいて話し始めた。

「私はそろそろ、リータの様子を見に行こうと思う。ユスティーナはクリスタの様子を見に一旦診療所へ戻ってくれ。もしかしたらもう目が覚めているかもしれない。アルベルトは、ノイとシオンの荷物を取りにハンネスの家に同行してくれ。ついでに、防具も買うといいだろう」

 ヨーセフは皆にそう言い、穏やかに笑った。

「明日も早いのでな、暗くなる前にまず、各自用事をすませてしまおう」

 特に反対するものもなく、一行は塔から歩き出した。まずユスティーナが分かれ、そしてハンネスの店の前でヨーセフも分かれた。


 アルベルトを先頭にパンサリーと書かれた店に入っていく。カランカランと乾いた鐘の音が鳴り響いた。

「はーい! いらっしゃい!」

 てっきりハンネスが出迎えると思っていたが、思わぬ高い声にノイは一瞬面くらってしまった。カウンターから、ひょこっと顔を出したのは、少し癖のある栗色の短い髪をした女性だった。この女性は確か……と、ノイは記憶をたどる。


「あら、アルベルト。それと……あーっ!」

 女性は大きな声を上げカウンターに両手を置くと、ひらりと飛び越えてこちらにきた。小麦色の長い手足が軽やかに動き、まるで彼女にだけ重力が働いていないみたいだった。女性はアルベルトの前に立ち、ノイとシオンに向かってにっこりと笑った。


「あなたたち、ノイとシオンでしょ!」

 真っ白な歯をのぞかせて、緑色の目が嬉しそうに細くなっている。

「村中、あなたたちの話でもちきりよ。ちょっと待ってて、父さんを」

「うるせーぞミラ。もう聞こえてる」

 奥からハンネスが額の汗を拭きながら出てきた。


「そろそろくるんじゃねーかと思ってたんだ」

「あの、ナハトと荷物、ありがとうございました」

「おう、気にすんな。荷物はあっちに」

「はいはーい! 私案内するわ! ほら、こっちよ!」

「あ、わ、ちょっと」

「んあ?」


 ミラはノイの手を引いて、先ほどハンネスが出てきたところに入っていく。急に手を引かれたノイはとっさにシオンの手を引き、三人は連なって消えていった。

「おい! こらミラちょっと待て!」

 ハンネスは脇をすり抜けていった三人に向けて声をかけるが、ミラは止まることなく奥へと消えていった。

「ったく、成人してしばらく経つってんのに、相変わらず落ち着きがねーなぁ」

 ハンネスはため息をつきながら三人を追おうとするが、それをアルベルトが呼び止める。


「ハンネス、先に冒険者への報酬の件を済ませたいのだが」

「おう、どうなった」

「これで。全員分きっちりあるはずだ。確認を頼む」

 アルベルトは金貨を三枚と白金貨を九枚カウンターに置いた。

「おっ金貨とは珍しいじゃねーか」

「持ち歩くには便利だからな」

「はは、確かにジャラジャラと銅貨や銀貨を持っていけねーよな。よし、ちょっくら待ってろ」

 ハンネスはそう言うと、カウンターの下から大きさの違う三つの穴の開いた板と天秤を取り出した。それらで手際よく金貨と白金貨を計り、親指を立てた。

「確かに、三百九十万、三十万を十三人分だ」

「分配できる形ではないが、問題ないだろうか」

「ああ、あとでヨーセフんとこ行くさ。でも早かったな。一週間ぐれぇかかるかと思ってたぞ」

「軍から支払わるまでに色々と野暮用がありそうでな。立て替えることにした。それでハンネス、相談があるんだが……」


 -----


「ほらここよ。鍵をかけてたから大丈夫だと思うんだけど、一応確認してね」

 ノイとシオンはミラに引きずられ、工房のようなところや中庭を通り過ぎ、建物の外階段を上ったところにある部屋の中に立っていた。部屋には簡単なテーブルとローブがかけられた椅子が二つ、ベッドが二つ置かれており、テーブルの上に見慣れた荷物が置いてあり、壁には武器が立てかけてあった。ノイはそれぞれ鞄を開けて中を見ていく。しばらくごそごそとして、一通りは確認できた。多分、問題ないだろう。


「ありがとう、大丈夫そう」

「そう、よかった! 荷物運ぶ? それとも、あなたたちの馬に会いに行く? あの子、とってもいい子ね! 私、あの子が食事している間、ずっとお話していたのよ。そのあとは、とってもよく寝ていたわ」

「うん、そうだったね……じゃなくて、えっと、そうなんだ、ありがとう」

 ノイは、店で会う前からナハトの方でミラに既に会っていた。ハンネスが水と食事を持ってきた後、ミラがやってきたのだった。ミラは掃除をしながら、ナハトやその他の馬にずっと話しかけていた。最初は楽しんで聞いていたナハトだったが、馬を相手にしているとは思えないマシンガントークに辟易してしまい、つい目をつぶって寝たふりをしたのだった。


「うーん、とりあえず荷物を運ぶよ。シオン、そっち持って」

「私も手伝うわ。ところでどこに持っていくの? 宿は?」

「えっと……」


 そういわれて、ノイは手を留める。そういえばどこに持っていけばいいのだろう。とりあえず、ヨーセフの家に持って行くべきか……。そんなことを考えているノイを見ながらミラは首をかしげていたが、パッと明るい表情になって手を叩いた。

「あなたたち、宿決まってないんでしょ」

「えっと」

「なら、ここに泊まったらいいわ!」

 ミラはにっこりと笑うと、ノイとシオンの返事も聞かずに部屋を出て行こうとする。


「父さんに聞いてくる!」

 そういってドアを開けると、ドアの前にはハンネスがおり、勢いよくぶつかっていた。

「いたっ! ちょっと父さん! どうしたの?」

「どうしたのじゃねえ。ちったあ落ち着いたらどうだ」

 後ろに尻もちをついたミラと比べて、ハンネスは微動だにせず立ったままだった。そのまま、ノイとシオンの方を向く。


「騒がしくてすまねえな。荷物は問題なかったか」

「はい。ありがとうございました」

「おう。それでだ」

「父さん! ノイとシオン、ここに泊まってもらってもいいでしょう?」

 ミラは立ち上がり、再び手をパンと叩いた。ハンネスはちらっとミラを見るが、ノイとシオンに向き直る。


「宿、決まってねえのか?」

「えっと、はい」

「ヨーセフはなんて?」

「村にいる間、滞在費のことは気にしねーでいいっつってた」

「お言葉に甘えることにしました。でも、具体的な宿とかはまだです」

 ノイとシオンの説明を聞いていたハンネスは、はっはと豪快に笑った。


「なるほど、なら、お前さんたちがいいならここを使うといい。もちろん、何もいらねえ。ヨーセフには俺から言っておく」

「でも……」

「気にすんな。それに、どっちにしろ誘うつもりでここに荷物を入れてたんだ」

「そうなの? なら早く言ってよ!」

 ミラがハンネスの腕を引く。

「店で言おうとしたら、お前がさっさと出てったんだろうが。だからいつも言ってるだろ? ちっとは落ち着けって。んで、どうだ? ノイ、シオン。豪勢な部屋ってわけじゃねえが、この村の宿は大体こんなもんだ」

「お望みであれば、三食食事もつけるわ! ねえ、どうかしら」

 ハンネスの腕を引いたまま、ミラも二人の方を向いてにっこりと笑ってそう付け足した。


 怒涛の展開に、ノイとシオンがどう答えていいのか分からないでいると、いつの間にか部屋に入ってきたアルベルトが口を開いた。

「ここは、ハンネスが指南する冒険者を受入れるところだ。今は妖獣の関係で、指南がいるような冒険者は誰もいない。君たちには都合がいいと思うが」

 ノイは先ほどミラが村中に自分たちの話が知れ渡っていると言っていたことを思い出していた。自意識過剰かもしれないが、別の宿に泊まったら居合わせた冒険者から質問攻めにあいそうな気がする。その点、ここは静かに過ごせそうだ。


「じゃあ、お願いします。シオンも、いいよね」

「おう」

「やったー! 決まりね! 晩御飯も食べるでしょう? 母さんにも伝えなきゃ! 今リータの様子を見に行ってるの。あ、晩御飯にリータとエルメルも誘いましょう! ヨーセフにリータ誘って大丈夫か聞かなきゃね。そうだ、それならヨーセフとマルガレータも来るかしら! ああでも、クリスタがまだ万全ではないものね。でも、もう治ったんでしょ? アルベルトがマルガレータにそう言ってたのをエルメルの家で聞いたって、母さん喜んでたわ! えーっと、そうそう、とにかく、母さんに伝えてくるわね!」

 ミラは一気にそういうと、勢いよく部屋を出て行った。階段を下りる音がしたかと思うと、少し遠くからまた大きな声が聞こえた。

「アルベルトとユスティーナも、よかったら来てねー!」


 ミラの足音が消えたところで、ハンネスがため息をつく。

「ったくあいつはホントに……すまねえな、二人とも」

 ノイは何と答えたらいいのかわからず、ただ静かに過ごすのは無理そうだと秘かに思いながら、曖昧に笑うのだった。

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