52. 本とメモ用紙
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魔珠を器に戻し、ノイとシオンは踏み台を降りた。アルベルトが上の長い踏み台をもち、奥に持っていく。ノイがその下におかれていた踏み台を持つと、シオンもそれに倣った。二人はアルベルトの後を追って、奥へと持っていく。
扉と反対側のガラスの前にそれらを置いて振り返ると、柱をぐるりと半周する机が置いてあるのが見えた。背もたれのついた木の椅子が前においてあり、インクと瓶とペン立てに刺さったペン、そして黒い布が掛けられた、箱のようなものが置いてあった。
シオンが、黒い布の上に置いてあった石のようなものを持ち上げる。勝手に触らないようにと注意しようとするノイだったが、不意に窓から風が入ってきて黒い布がはらりと落ち、中からガラスケースのようなものがでてきた。ケースの中にはメモ帳をまとめたような本が置いてある。
シオンは先ほどの石を机に置き、ガラスケースの中の本をじっと見ている。
「これ、似たようなのがヨーセフの家にもあったよな」
「ああ、本だよ。いろんなことが書いてあるんだ」
ノイは黒い布を拾いながらそう返事をした。
「書いて?」
「えっと、こういうのがあるだろ、これが文字。この文字を組み合わせることで、言葉にしてるんだ」
「あー、前にお前がくれたのにも書いてたな。これも文字か?」
そういうと、シオンはノイがあげたネックレスを持ち上げる。先っぽには、シオンと文字が彫ってあった。
「ああ、うん、そうだね」
「なんて書いてんだ? なんかネックレスと比べるとごちゃごちゃしてんな」
「そう? えーっとね、“魔珠”って書いてるね」
「んー……なんか、ぼやっとしてんな。薄い文字が重なってような……」
「え? そうかな。下の文字が透けてるのかな……とりあえず、元通りに」
「ノイ、その文字読めるのか?」
振り返ると、アルベルトが驚いたような顔をしている。ノイが口を開く前に、ユスティーナが柱を回り込んでこちらに来た。
「何について話しているんですか?」
その横から、ヨーセフも顔をのぞかせる。ユスティーナはノイとシオンとアルベルトを交互に見ていたが、アルベルトが顎で本を指したのをみて、はっとする。
「……もしかして、読めるんですか?」
「え? あの、その……」
ノイは訳が分からずにうろたえる。本に書かれていたのは、ごく普通の文字だった。というよりも、前世の知識で読んでいるので、他の言語は知らないはずだ。シオンは目を細めながら、本の表紙を見ている。
ユスティーナはそんなノイを信じられないといった顔で見ていたが、不意にヨーセフの方を向いた。ヨーセフもまた真剣な面持ちでユスティーナを見ていたが、こくりと頷いた。ユスティーナは腰のカバンから手袋を取り出し素早く手にはめ、同時にノイとシオンの方に近づいてくる。
「ちょっとごめんなさいね、シオン」
そういうと、ユスティーナはガラスケースについてあるつまみを回した。プシュッという音がして、ユスティーナはガラスを持ち上げる。中から“魔珠”と書かれた本と、その下にある一枚のメモ用紙を丁寧に取り出した。
「読めますか?」
ユスティーナが二つを並べながらノイの方を向く。ノイは戸惑いながらもメモ用紙の方を覗き込んだ。文字を目で追うノイを見て、ユスティーナは読んで、と小さく、しかし興奮した声で呟いた。ノイは、ゆっくりとメモ用紙に書かれた文字を朗読する。
真実を問う者へ
ここに、真実を託します。
弱い心を蝕まれ、命を絶つ愚者をお許しください。 ペトラ
読み上げると、しばらく誰も何も言わなかった。先ほどまで気にならなかった、魔珠から水が湧き出る音が、小さく響いている。
「どうやって読んだのですか?」
ユスティーナは、本から目を離さないまま小さく問いかけた。
「長年、多くの研究者が挑んでも、解読されなかったのに……」
ノイは階段で聞いた話を思い出した。これが、ペトラが残した読めない本? でも、何度見ても、書かれているのは前世から慣れ親しんでいたこの国の文字だ。
「暗号ですか? 何か法則が? それとも、違う言語を翻訳してくれたのですか?」
ユスティーナがノイの方を向く。驚きと興奮で、小さく震えているようだ。
「いや、普通に文字を読んだだけで……」
「普通に? だって、読めないでしょう?」
混乱しているノイに、ユスティーナが詰め寄る。
「多言語を扱えるのですか? それとも、古代の言葉なのかしら」
「えっと……」
もしかして、大陸間で文字が違うのだろうか。でもそれなら、今まで誰も解読できなかったことが不自然だ。それにこの村に書かれていた看板は普通に読むことができた。それなら、一体……。
「ユスティーナ、メモとペンを貸してくれるかな」
穏やかな声に皆はっとして、ヨーセフを見た。ユスティーナは首をかしげながらも腰のカバンからノートとペン、インクを取り出し、ヨーセフに渡した。ヨーセフはそれらを受け取ると、ゆっくりと机の上に置く。
「ノイ、手数をかけるが、ここに書き写してみてもらえないかな。冒頭の部分だけで構わない」
ヨーセフが机から一歩離れ、ノイに声をかける。ノイはまだ混乱しており、言われるがままペンを受け取って書き写した。
真実を問う者へ
そう書いて、ヨーセフの方を見る。ヨーセフは少し怪訝な顔をしてそれを見ていた。
「……それは、どこからどこまでを書き写してくれたのかな」
言っている意味がよく分からなかったが、ノイはインクが付かないよう気をつけながら、ペンの反対側の先で書いた部分をなぞる。ユスティーナが手袋をしているので、なんとなく触ってはいけない気がしたのだ。
「全然、違う文字に見えますが……」
ユスティーナの言葉に、ノイの混乱は一層大きくなった。
「え? そんな、同じ文字でしょう?」
アルベルトとシオンも身を乗り出し、本とノートを見比べているが、どちらも眉間にしわを寄せている。不安になったノイはヨーセフを見るが、同じような顔で何かを考え込んでいた。
「本当です、俺、同じ文字を……同じでしょう?」
よく見るまでもなくわかるはずなのに、皆、冗談を言ってからかっているのだろうか。でも、そんな雰囲気ではない。アルベルトとユスティーナは首をかしげながら顔を見合わせてる。
「んー……あー……うん、ぼやけてる部分が同じだな」
シオンの言葉に、皆が振り向いた。シオンは本に顔をこれでもかという程近づけていた。
「本当!?」
ユスティーナが聞くと、シオンは体を起こして目をパシパシとしながら答える。
「嘘なんて言わねーよ。なんか、濃い文字と重なって、薄いぼやぼやした文字がある。それが、ノイが書いた形と同じだ」
ユスティーナは本に顔を近づける。しばらくそうしていたが、首をかしげると本をそっとっ持ち上げ、光にかざしてみた。アルベルトも覗き込んでいる。
「なんか、あれみてーだ。妖の生物が見せる幻覚」
シオンが言うと、ユスティーナとアルベルトがはっとしてシオンを見た。
「妖の生物の幻覚について知っているの?」
「ん? ああ、なんか透明みたいなのだろ?」
「……妖の生物が怯えたり、逃げている姿が見えるの?」
「んー、うん、そうだな、そんな感じ」
今度はノイが驚く番だった。この言い方だと、ユスティーナも幻覚が見えるのだろうか。いや、正確には見せられている幻覚ではない、真実の姿が見えているのだろうか。前世では幻覚について知ってはいたが、真実の姿が見える人は聞いたことがなく、シオンが初めてだったのだ。ノイが口を開きかけた時、穏やかな声が聞こえた。
「なるほど、それならば……」
自然と、視線がヨーセフに集まった。
「これらには幻覚の魔法がかけられている、という仮説だと、辻褄が合うんじゃないかな」
ユスティーナがはっとして、本に視線を戻す。
「では、ノイは」
「ノイには、その魔法が効かない」
ヨーセフの言葉を飲み込むかのように、ノイは喉を鳴らした。
「何故かはわからんがな。そう考えると、説明がつく」
ヨーセフはそう言うと、ノイからペンを受け取り、何かをノートに書いた。
「さて、ノイ、読めるかな」
ノイが覗き込むと、そこにはぐしゃぐしゃと乱暴に塗りつぶされたような塊がいくつか書かれていた。
「……いいえ」
「うむ、ならばやはり、今のところ仮説が正しいということが有力だな」
シオンがノートを覗き込んできた。ノイがシオンを見ていると、気付いたシオンがノイの方を向く。
「オレは、このぐしゃぐしゃしたのがはっきり見える。よーく見ると、ノイが書いた文字がうっすら見えんだ」
「おそらく、シオンも幻覚の魔法に少し抵抗力を持っているのだろう」
「すごい……」
ユスティーナは放心したようにそうつぶやくと、ノイと本を交互に見る。そして突然、ノイの手を強く握り、興奮したように目を輝かせた。ノイはずっと持っていた黒い布を取り落とした。
「すごいです! 早くヴォイットに知らせましょう!」
「ヴォイット?」
びっくりして声が出ないノイの代わりに、シオンが尋ねる。
「ヴォイットはこの研究の第一人者です! 早くヴォイットの所へ行きましょう!」
「まあまあユスティーナ、落ち着いて」
今にもノイを引っ張って連れて行こうとするユスティーナの肩に手を置き、ヨーセフが引き止める。
「どうして? ああ、そうですね、解読が先の方がいいかしら!」
「違う違う、彼がいないところで全て読んでしまっては、私は止めなかったことをずっと根に持たれるだろう」
「じゃあ、やっぱりヴォイットのところに!」
「こらこら、落ち着くんだ。ヴォイットの住まいは隣町とアリストクラティの間あたりだろう? 明日、仮カードの申請の後に行った方がいい」
「でも……」
「先の理由の通り、仮カードの申請を最優先すべきだ。大丈夫、これだけ解読されるのを待っていた本だ。もう少し待ってくれる」
ユスティーナがノイの手を握る力が少し緩んだ。
「それに、先ほどのように私が写したものをノイは読めなかった。彼が精魂込めて書き写したものも、残念ながら役に立たんだろう。ここに連れてきて、原本を見るしかない」
ヨーセフはそう言うと、ハンカチを取り出して本とメモ帳を持ち上げ、元のガラスケースの中にしまった。今後はガラスケースのつまみの横についたポンプのようなものを押している。
「何してんだ?」
シュッシュという音をさせているそれを、シオンが珍しそうに見ている。
「ガラスケースの中の空気を抜いているんだ。空気や日の光は、紙やインクにとってあまりよくないからね」
そういうと、ヨーセフはノイが落とした黒い布を拾い、ガラスケースにかけて上から石を置いた。
「この状態で、置かれていたそうだよ。ここにこれを置いた人物……伝承であればペトラが、ずっと後の人も読めるようにしたんだろうね」
ヨーセフはそう言うと、ノイに向かってにっこりと笑いかけた。
「一旦戻ろう。明日から忙しいぞ」
ノイはこくりと頷いて、部屋を出るヨーセフに続いた。
幻覚の魔法がかかった本。そして、それが効かない自分。ヨーセフは仮説だと言ったが、ノイもそれが正しいのではないかと感じていた。でも、一体だれがなんのために? あの本を置いた人物は、あんな細工を施してまで、本を後世に残そうとした。それならば、誰も読めなくなるような魔法をかけるはずがない。では、だれか他の人が? そもそも、そんな魔法をかけることが出来る人は存在するのか? そういえば、シオンも抵抗力があるそうだ。そういえば、ユスティーナが妖の生物が見せる幻覚について話していた。
混乱した頭を少しずつ整理しながら、ノイは階段をゆっくりと下っていった。誰も何も話さない塔の中には、人数分の足音がただただ響いているだけだった。
旅の目的が出そろいました。
次からは新しい章です。
相変わらず、誤字が多くて申し訳ないです。
ご指摘してくださる方、ありがとうございます。




