50. 塔へ
「ほら、あれです。見えますか?」
話がひと段落したところで、さっそく始流の塔へと行ってみることにして、皆はそろってヨーセフの家を出た。目を輝かせたユスティーナが、村の西の方を指さす。その方向を見てみると、建物の隙間からキラキラとした細長い塔のようなものが見えた。日の光を受けて、塔の壁が揺らめいているようだ。
「早く近くに行きましょう。歩いて30分程です」
にっこりと笑うユスティーナを先頭に、一行は塔へと向かって歩き出した。
-----
「いまは、流れの始まりと書いて始流の塔ですが、昔は紫の龍で紫龍の塔と言っていたという話もあるんです。いずれにせよ、紫龍封印に際して重要な位置づけの塔だということは変わりがないと思います」
「あの丸い建物は何だ?」
「闘技場だね。この村にはいつも冒険者が多く滞在していてね、出場したり、賭けたり、いつも大賑わいだよ」
「人同士が戦うのか?」
「そうだ。生死にかかわるような怪我はしないよう、武器は本物ではないものを使うがな」
「塔の中を見たら、きっと驚きますよ! 塔の中に部屋は一つだけなのですが、その部屋こそ、ペトラの研究部屋ではないかと言われている場所なのです」
「あれは?」
「訓練場だ。まあ、訓練というよりも新しい武器を試している冒険者が多いかな。ほら、隣にあるのがエルメルの武器屋だよ。その反対隣が、ハンネスの防具屋だ。ハンネスは訓練場の管理もしているんだ。森に挑むには経験の足りない冒険者への指導もしたりしておる」
「滅紫教の聖書史には、部屋は紫龍の見張り台として記載されていて、確かに一見そういう風に見えるんです。でも、それにしては少し不思議なものがあって……それは実際に見てもらった方が早いので、着いてからお話しますね」
ノイは、先頭で一人話し続けているユスティーナの話と、シオンとヨーセフの会話に耳を傾けながら、一番後ろを歩いていた。その少し前をアルベルトが黙って歩いている。なんとはなくアルベルトを見ると、黒を基調とした防具はとても上品で、ゴツゴツし過ぎることもなく機能性が高そうだった。スラっと伸びた手足はとてもバランスが良く、腰にある剣が歩くたびにキラキラと太陽の光を反射していた。使い込まれているがよく手入れされているその剣もまた、華美な装飾はないが上等そうだった。
「さっきから何を見ている」
不意に声をかけられて、ノイはビクリとアルベルトの顔を見た。愛想の無さそうな声で怒っているかと思ったが、ノイを横目で見る顔からは、特に怒りの感情は読みとれない。愛想がないのは、元々そういう人のようだ。
「えっと、かっこいいなと思って……」
素直に答えるが、改めて声に出すとなんだか恥ずかしくなり、ノイはすみませんと小さく呟く。アルベルトはふんと息を吐くと何も言わずに前を向いた。変なことを言ってしまい、今度こそ気分を悪くさせたかとノイが声をかけようとするが、その前にアルベルトが口を開く。
「防具も武器も、全部この村で調達した。ハンネスとエルメルが作ったものだ。あとで、二人も見てみるといい」
「あ、はい、そうします。あぁでも……」
「どうした」
「いえ、その……」
「金か?」
困ったように言いよどむノイに、アルベルトがずばり聞いてきた。ノイは小さく肯定する。
「実は全然持ってなくて……どこかで妖玉とか売れたらいいんですけど」
「それなら心配はいらないよ」
会話を聞いていたらしいヨーセフが答える。
「妖生物を狩って生計を立てる冒険者は多いからな。商人が買い取ってくれるよ。まあ今は妖獣のこともあってほとんどいないが、そろそろ討伐の噂も届いているだろうし、すぐにまた戻ってくるだろう」
確かにちらほらと店はあるが、なんとなくがらんとした空間が多い通りが続いている。多分、いつもなら露天商が所狭しと並んでいる場所なのだろう。
「すぐに買い取ってもらえるところはないですか? 本当に俺たち、全然持ってなくて……」
「ふむ、物にもよるが」
「どのような生物? 妖玉の色は? 種類は? 妖玉以外は何を?」
いつの間にか先頭から移動してきたユスティーナがヨーセフの言葉を遮って質問してきた。キラキラした目に見つめられて、ノイは少し後ずさる。
「あの、えっと……」
「いろいろあるから、そんなに覚えてねーよ」
ノイの代わりにシオンが答えると、ユスティーナは一層目を輝かせた。
「やっぱり複数種あるんですね! でもそういえば荷物はどこに?」
「んー? あれ、どうしたっけ」
「ナハトに乗せたままだよ。ハンネスが外して、お店で保管してくれてる……んじゃないかな」
ノイはナハトの視点でハンネスが預かってくれるのを見ていたのだが、知らないふりをしてごまかした。ちなみにハンネスはナハトを馬小屋に繋ぎ、ブラシをかけて水や食料を与えてくれた。お蔭でナハトの方はゆっくりと快適に過ごしていたのだった。
「そうか、ならこの村のどこよりも安全だな。後で寄ってみるといい。ついでに防具も見繕ってもらってはどうかな。そうそう、あと、この村にいる間、滞在費のことは気にしなくていいからね」
「そういうわけには……」
「遠慮しないでくれ。君たちは村の恩人だ。何かお礼をせねば、こちらの気が済まない」
「でも……」
「ながらく旅をするならば、できるだけ貯めておく方がいいよ。まあユスティーナの班に加わることでも、多少は貯まると思うが……」
ヨーセフがユスティーナを見ると、ユスティーナは少し申し訳なさそうな顔で答える。
「本当に多少、ですけどね。班員の人数分の経費が軍から支給されますが、必要最低限なので足が出ることが多いです。給金は私の分しか出ないので、あとは冒険者と同じように妖生物を狩ってお金に換えたり、教会に寄せられる依頼をこなして謝金をもらったりしてお金を稼ぎます」
「依頼?」
「生活を脅かす妖生物の討伐依頼や、素材を集める依頼が教会に寄せられるんです。特にこの時期は永劫の災いの再来期間なので、凶暴になった妖生物の討伐依頼が多いはずです」
そういえば、紫色のバルーンが飛んでいたなとノイはうっすらと思い出していた。導きのバルーンを見て、旅に出ようと思い立ったあの夜から半月くらいだ。あと一ヶ月半くらいは永劫の災いの再来期間が続くだろう。
「現在は軍から支給される経費と私の給金、そしてその他で稼いだお金を一括してアルベルトが管理しています。もし希望されるのであれば、お二人の分を毎月分けてお渡ししますが……」
「あ、いえ、一括で大丈夫です」
「わかりました。では、今後必要なものがあればアルベルトに言ってくださいね。もちろん、班での活動以外で稼いだお金はお二人の物です。それで、お二人の防具や武器について、必要なものとしてこちらでそろえさせていただきます」
「えっでも、俺たち本当に何も持っていなくて……」
防具や武器一式を二人分買うとなると、かなりの金額になるはずだ。いくらになるかはわからないが、元々自分たちで買うつもりで、妖玉なども集めてきたのだ。
「遠慮しないでください。クリスタのお礼と考えれば、私の全財産、いいえ、生涯稼ぐ予定のお金も含めて全部渡しても足りないくらい」
「でもさすがに……多少、珍しい妖の生物もいるんです。多分自分たちで買えるくらいには売れると思うし」
「珍しい生物!? いったいどんな」
「後だ、ユスティーナ。話が進まない」
またもノイに詰め寄ろうとするユスティーナの肩をつかみ、アルベルトが制する。
「金はあって困るものじゃない。貯めておけ」
「でも……」
「個人認証カードを手に入れたら、ノーズルモルク大陸に行くんだろう。とっておけ。それに、これから仲間になるんだ。その分、稼いでくれたらいい」
「そうよ、期待していますね」
相変わらず不愛想なアルベルトの隣で、ユスティーナがにっこりと笑った。
「でも、私たちもお金持ちってわけじゃないから、あまり贅沢な旅とは言えないんですけどね」
ユスティーナは隠しても仕方がありませんので、というと困ったように微笑みながら話し出す。
「先日結成した軍民合同特別編成部隊ですが、参加謝金一人30万エルで冒険者を募りました。軍から妖獣討伐の特別給金が出るのはレポート提出後なので、彼らへの謝金は一旦立て替えるつもりです」
ヨシスケが生きていたころと物価が変わっていないとすれば、30万エルは新人兵士の月の給料の二倍くらいだったはずだ。あの時ハンネスとユスティーナを入れて十九人、そのうちハンネス以外の四人が村の者だと言っていたので、冒険者は十三人が冒険者のはずだ。
「そうなると私たちも少し手持ちが心もとないので、しばらくは質素な旅になってしまいますけど、了承してくださいね」
「妖獣に関しては、村から謝金のを一部出してもいいのだが」
ヨーセフが静かに申し出るが、ユスティーナは首を振る。
「お申し出はありがたいのですが、既に申し上げた通りこればかりは譲れません。妖獣に関することは公金で賄うことが決められていますし、そもそも、軍がもっと早く動いていればこんなことにはなっていません」
「立て替えるくらい、役に立ちたいのだが」
「極力、お金の貸し借りはしたくないんです。それのそのお金は、壊された村の再建に使ってください」
「ユスティーナはこんな様子なのでな、こちらとしてはありがたいが、苦労するかもしれないな。でもどうか、頼んだよ。さあ、そろそろつくね」
話に夢中になっていて気付かなかったが、前を向くともう目の前に塔があった。そして話に入っていなかったシオンは既に塔の下に行ってしまっていた。ノイが慌ててシオンの所に駆け出すと、他の者もそれに続いて塔の下へと向かっていった。




