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49. 旅の予定

「で、第一の陣ってなんのことなんだ?」

 シオンの声に全員が顔を上げた。ユスティーナが困ったように笑う。


「そうそう、そうでしたね、ごめんなさい。三英雄が活躍した約二千年前、紫龍(しりゅう)封印に際して人々には拠点が必要でした。その時に作ったの拠点の一つが、このトトゥキマトンなんです」

「水が湧いている所に拠点を作ったんですか?」

 ノイの質問にユスティーナがゆるく首を振る。


「いいえ、森の近くに水が湧くオアシスはありません。森から流れる川も砂漠に出ると砂の下にもぐってしまいます。井戸を掘れば水を確保することができますが、雨が降れば川が姿を現し氾濫する危険が高いため拠点には向きません」

「えっと、じゃあ、ここの水は?」

「水の魔珠(まじゅ)を使っています」

 ユスティーナが目を輝かせながら答えた。


「村の西の端に始流(しりゅう)の塔と呼ばれる塔があり、その中に水の魔珠が収められているんです。魔珠から流れ出る水は、今まで絶えたことがありません」

「へー、それって、見れんの?」

 興味を持ったらしいシオンが尋ねると、ユスティーナはちらりとヨーセフを見た。

「村長の許可と引率があれば可能です」

「許可と引率?」

 シオンは首をかしげながらヨーセフの方を向いた。ヨーセフは優しい笑顔で答える。


「私がいいよと言って、一緒に行けばよいのだよ。もちろん、よろこんで案内しよう」

 それを聞くと、ユスティーナはシオン以上に顔を輝かせて勢いよく立ち上がった。

「では参りましょう! 始流の塔には他にも雷と火の魔珠もあるんです! 実は、そもそもペトラは紫龍封印のずっと前から魔珠の研究をこの地でしていたのではという説もあって、その時の研究していた部屋ではないかとも言われています。尤も、聖書史にはオボロから授けられた知恵と技術であると書かれているので、滅紫教徒(めっしきょうと)でその説を支持する人はあまりいないのですが、でも部屋を拝見すると確かに……」

「ほらほら、ユスティーナ」


 ヨーセフが立ち上がり、ユスティーナの肩を軽くたたく。

「少々いろんな話を一気にし過ぎて、散らかってしまった。ほら、個人認証カードについても結論はでていなかったし、それに彼らが倒した妖獣(ようじゅう)についても聞かねばならんこともある」

 ヨーセフの言葉に、全員がはっとする。そういえば、クリスタのこともあり、すっかり忘れていた。

「そうでしたね、すみません……」

 謝罪しながら肩を落とすユスティーナの肩から手を離し、ヨーセフは手をパンパンと二回たたいた。

「さて、一度仕切り直しをしよう。新しい紅茶とコーヒーを飲みながらな」


 ヨーセフはそういうと席を外し、ドアを開けてマルガレータを呼んだ。ユスティーナがテーブルの上の物を片付け、アルベルトがそれらをワゴンに乗せていく。ノイとシオンは勝手がわからないながらも、なんとなくユスティーナを手伝っていた。


 -----


 相変わらず上機嫌で現れたマルガレータは、空っぽになったサンドイッチの皿を見て、とても嬉しそうにほほ笑んだ。いそいそとワゴンをもって部屋を出ていくと、五分ほどで今度は新しい紅茶とコーヒーが入ったポットと、大きな皿にクッキーやスコーンといった焼き菓子や、色とりどりのジャムが使われたカナッペを乗せたワゴンを持ってきた。てきぱきとテーブルをセットすると、ごゆっくりと言って部屋を出て行った。


「すみません、こんなに頂いてしまって……」

 紅茶に砂糖とミルクを入れるシオンの隣でノイが申し訳なさそうに言うと、ヨーセフは大げさに手をぶんぶんと振って見せた。

「とんでもない。君たちを持て成さずして、誰を持て成せというのかね。それに、この焼き菓子とカナッペはマルガレータの気持ちだよ。遠慮なく召し上がってくれ。ユスティーナもアルベルトもな、あとで感想を伝えてくれたら、マルガレータも喜ぶよ」


 ヨーセフの暖かい言葉にほっとしながら、ノイはいただきますと言って赤いジャムの乗ったカナッペを手に取り、一口かじる。

(……ノイチゴのジャムだ)

 懐かしい味と香りに、ノイは何とも言えない気持ちを感じた。寂しいような、嬉しいような、焦るような、居心地のいいような……リーズが作ったものより少し酸味の強いジャムは、少しだけノイの鼻の奥をつんと刺激したようだった。


「では、一つ一つ、話に決着をつけていこうか。飲みながら、食べながらで結構だからね」

 ヨーセフが静かに話し出し、皆がそちらを向いた。


「まずは、そうだな、個人認証カードについて、というよりも、二人がユスティーナの班に入り、共に行動するかどうかについて、という方がいいかな。まずユスティーナは、どうかね」

「もちろん、私は喜んでお願いしたいです。アルベルトは……」

 ユスティーナが見ると、アルベルトは無言で小さく頷いた。

「賛成ね。クリスタもきっと承諾してくれると思います」

 ユスティーナはそういうと、すっと立ち上がり、丁寧にノイとシオンに頭を下げた。


「ノイ、シオン、国軍妖生物管理師団特別調査研究隊第二十六研究班班長、私ユスティーナは、貴殿方を班員として御迎えし、お力添えを頂きたく存じます。何卒ご承諾をお願いいたします」

 急にかしこまったユスティーナに圧倒され、ノイは慌てて背筋を伸ばした。シオンをちらりと見て目が合う。シオンはそのまま、ユスティーナの方を向いた。

「なんとかカードが、もらえるんだよな」

 ユスティーナは頭を上げて、シオンににこりと笑いかける。


「絶対に、とは約束しかねますが前例はありますし、既にお話した通り、様々なことを考慮すると、現時点で一番可能性の高い方法であると思います。また、ご承諾いただいた折には、私もその件に関して可能な限り尽力することを誓います」

「んー……オレはノイがいいならいい」

 シオンはそういうと、紅茶を一口飲んでスコーンに手を伸ばした。ノイは小さく息を吐くと、ユスティーナとアルベルトに向かって頭を下げる。

「はい、あの……よろしくお願いします」


 ユスティーナはパッと明るく笑う。

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。ノイ、シオン」

 ヨーセフも嬉しそうに小さく頷いている。

「よし、まとまったな。クリスタの件も二人のお蔭で解決したことだし、すぐに動いた方がいいだろう。ユスティーナ、今後の動きはどう考えているのかね」

 ユスティーナは座り直して話し出した。


「手続きとしては、教会への申請が必要です。申請が通れば仮のカードが発行され、私と行動を共にさえしていれば、個人認証カードと同様に使うことができます」

「申請は、すぐできるんですか?」

 不安そうに聞くノイに、ユスティーナが優しく笑いかける。

「ええ、大丈夫だと思います。時間がかかるとすれば、申請書類必要な肖像画と、強さの証明として提出する妖玉(ようぎょく)と魔力の結晶をそれぞれ二つずつ準備することくらいですね」


「妖玉って、あの妖の生物倒して出てくるやつだろ? それなら確か持ってたよな」

 シオンがノイに言うと、ユスティーナが強く反応する。

「そうなの? ちなみに、どの種類の妖玉ですか? 森の中から来たのよね、よければ出会った妖生物について詳しく……」

 身を乗り出したユスティーナをアルベルトが肘で軽くつつくと、ユスティーナは少しすねたように口をつぐんだ。

「……えっと、はい、いくつかは持っています」

「んー、でも魔力の結晶はなかったか?」

 シオンが続けて聞くと、ノイは少し考えてから右手人差し指で頬をカリカリと掻きながら答えた。

「いや、君と会う前にとっていた結晶が、丁度二つあったと思う」

 実はそんなものはないのだが、隙を見て自分から結晶を生み出すつもりだった。


「ならば、すぐに申請しに向かった方がよかろう。明日の朝一番に、隣町のキャンツビンに向かってはどうかな。もちろん、クリスタの世話は任せておくれ」

 ヨーセフがそういうと、ユスティーナは首をかしげる。

「明日キャンツビンにですか?往復でそれなりに時間がかかるので、妖獣の死骸を確認してから、その報告をアリストクラティにするのと同時に申請しようかと思っていたのですが……」

 確か隣町まで馬でとばして一日、アリストクラティまではさらにまた数時間と言っていたはずだと、ノイはうっすらと思い出す。


「この辺りを移動する分には、個人認証カードは必要ありません。なので、急ぐ必要はないかと思いましたが。」

 ユスティーナがさらに言うが、ヨーセフはゆっくりと首を振った。

「いや、できるだけ早く仮カードを手に入れるよう動いた方がよかろう。二人の噂は既にこの村中に広がっている。アリストクラティの貴族が二人のことを知るのも時間の問題だろう」

「知られちゃまずいのか?」

 シオンが聞くと、ヨーセフは眉間にしわを寄せる。


「先ほども言ったように、妖獣を二人で倒せるほどの戦闘力は、アリストクラティの貴族にとって喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。手に入れるために、何か強引な手を打ってくる可能性が高い」

 ノイが不安そうにユスティーナを見ると、難しそうな顔で考え込んでいるようだった。

「だが仮カードが発行されていれば、君たちはユスティーナの管理下に置かれているため、簡単には手が出せなくなるはずだ。責任者はユスティーナだが、その背後には仮カードを許可した滅紫教がいるからな」


 ユスティーナがアルベルトに小さく何かを呟き、アルベルトも呟き返している。二人でぼそぼそと喋っているのが微かに聞こえていたが、何とかなりそうですね、とユスティーナが呟き、アルベルトが小さく頷いた。ユスティーナは、ノイとシオンヨーセフを交互に見ながら話し出す。

「わかりました、では、仮カードの申請を最優先にしましょう。ノイ、シオン、よろしいですか?」

 二人がこくりと頷くと、ヨーセフがゆっくりと頷く。

「よし、ではもう少し詰めておこうか」


 その後の話し合いにより、当面は次のように行動することが決まった。


 今日はこの後、ノイとシオンの旅の準備をトトゥキマトンで整える(その前に、ユスティーナの強い勧めもあって始流の塔に行くことになっている)。

 明日の朝一番にキャンツビンに出発して肖像画を依頼し可能な限り早く仮カードを申請する。

 仮カードを手に入れたらトトゥキマトンに戻り、妖獣の死骸を確認しに森に行く。

 ユスティーナが妖獣に関するレポートを作成してから、アリストクラティへ向かう。


「仮カードをもらって戻ってきたくらいで、クリスタも合流できるだろう」

「ええ、レポートを提出した後のことは、また追々考えましょう。他の妖獣の情報なども入ってくるかもしれませんし」

 ユスティーナはそう言うと、ノイとシオンににっこりと笑ってみせた。

「これから、よろしくお願いしますね」


 ふわりと笑う顔は、班長として動いている時はまた違う柔らかいもので、ノイはどきりとしてつい目線を泳がせてしまった。

「んー、よろしくな」

 声の方を向くと、シオンがカナッペを食べながらにかっと笑っていた。そんなシオンを少し羨ましく思いながらも、ノイも慌ててよろしくお願いしますと言い、頭を下げるのだった。

かなり投稿に時間がかかってしまいました。すみません。

書きたい気持ちはあるので、時間を見つけて進めていきたいと思います。

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