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48. 紫龍

「口にあうかな」

夢中で食べていると、ヨーセフがコーヒーを飲みながら穏やかに聞いてきた。

「はい」

「うまい」

ノイとシオンが同時に応えると、ヨーセフはにっこりと笑う。


「そうかそうか」

「果物以外の植物もうまいんだな」

シオンがシャクシャクと音を立てて新鮮な野菜をほおばる。

「野菜はマルガレータが庭で作ってるんだ。とれたてだよ」

「瑞々しくて、とてもおいしいです。……でも、こんな砂漠にある村なのに、ここは水が豊かなんですね」

ノイが野菜をしげしげと見つめながら言うと、ユスティーナが口をはさむ。


「この村は、三英雄の第一の陣があったとされる場所なんです」

「三英雄?」

シオンが首をかしげながら聞き返す。ノイはなんとなく聞いたことがあるようなその単語を頭の中で反芻していた。

「三英雄は、かつて紫龍(しりゅう)を封印したとされる三人の英雄のことです。お二人は、滅紫教の聖書史はご存知ですか?」


顔を見合わせるノイとシオンを見て、ユスティーナはヨーセフを見る。

「少しお話してもいいでしょうか」

「ふむ……そうだね、滅紫教を知らぬとなると不便だろう。軽く話してくれるかな」

「わかりました。お二人とも、食べながら楽に聞いてくださいね」

ユスティーナはにっこりと笑ってそういうと、ゆっくりと話し始めた。


「滅紫教とは、この国の国教です。ほぼ、この国唯一の宗教ですね」

「宗教?」

「簡単に言ってしまえば人々の心の拠り所です。滅紫教ではオボロという神を信仰しており、いつ何時もオボロの心に思いを馳せ、自身の行動や思考を律せよという教えに従っています。この国の道徳は全てオボロが規準なんです」

「そのオボロってやつが、シリューをフーインしたのか?」

あまりわかっていなさそうな顔で、シオンが尋ねる。

「ふふ、いいえ。紫龍を封印したのは三英雄です。オボロは三英雄に力を与えたと言われています」

前世ではそれほど熱心ではなかったが、このあたりの話は聞いたことがあったなとノイはうっすらと思い出していた。


「諸説ありますが、元々オボロは東の果ての国で信仰されていた神様だったそうです。そのころは国も一つでなくて、信仰もバラバラでした。でも、争いもなく平和だったそうですよ。しかし、今から大体2000年前に厄災がうまれてから状況が一変しました」

「厄災?」

シオンがサンドイッチをほおばりながら聞く。

「史上最悪に凶悪と言われた紫龍、紫色のドラゴンです」


ユスティーナの言葉を聞いて、ノイははたと気づく。

(あれ、紫色のドラゴン……?)


「今は全く見ることが出来ませんが、ドラゴンはかつて世界中で見られていたと言われています。とくに、オボロを信仰していた東の果ての国にたくさんいました。ドラゴンは妖生物ですが、長命で知能も高く、人と友好的なコミュニケーションもとっていたそうです」

「その中にも、紫色のドラゴン、いたんですよね?」

ノイが恐る恐る聞くと、ユスティーナはゆっくりと首を振る。


「いいえ。ドラゴンは使える魔法によって鱗の色が違います。赤色のドラゴンは火、青色のドラゴンは水と氷、黄色のドラゴンは雷、黒色のドラゴンは毒。しかし、2000年前に突如現れた紫色のドラゴンは、その全ての魔法が使えたと言われています。その上、死の魔法も操っていたそうです」

「死の魔法?」

大皿に手を伸ばしながら、シオンが首をかしげる。


「周囲の生物を死に至らせる魔法です」

「毒の魔法とは、違うんですか?」

「ええ。種類にもよりますが、毒の魔法を受けたら何らかの影響がでます。例えば肌がただれたり、苦しんだり、麻痺したり……その結果死ぬことはありますが、あくまでもそれは毒が生物になんらかの害を及ぼし、それが致死的なものであったために死ぬ、という因果関係があります。ですが、死の魔法は、本当にただ死ぬんだそうです」


「ただ死ぬ?」

首をかしげるシオンを見て、ユスティーナが少し困った顔をする。

「私も文献に書いてあることしかわかりませんが、外傷もなく、苦しむこともなく、ただばたりと倒れてしまうそうです。生きていた時の姿そのままで」


ユスティーナの説明を聞きながら、ノイは手足の先が冷たくなっていくような感覚に襲われていた。

(俺は……)

あらゆる魔法が使える紫色のドラゴン……心当たりがありすぎて、ノイの心臓はさっきからどんどん大きく脈打つようになっていた。


前世でも、紫色のドラゴンを消滅させたことが滅紫教の始まりだ、ということくらいは知っていた。しかし、その史上最悪と言われる凶悪なドラゴンと自分を繋ぎ合わせて考えたことはなかったのだ。でも、もし自分がその史上最悪な凶悪ドラゴンと同じ種類だとしたら……。

(俺にも、死の魔法が……)

ノイはゆっくりを部屋を見渡す。穏やかに座っている人たちが、何の前触れもなく倒れて死ぬところを想像してしまい、背中がぞくりとする。タイミング悪く、むかしむかしに周囲2メートルほどの植物を毒の魔法で瞬く間に枯らしてしまったことも思い出す。ノイは動悸で息ができなくなり、右手で胸を押さえて下を向いた。


「どうした?」

かけられた声のほうを向くと、シオンが眉間にしわを寄せながらこちらを見ていた。

「苦しいのかね?」

「先ほどの魔法の影響ですか?」

ヨーセフとユスティーナも心配そうに声をかける。ノイは力なくふにゃりと笑うと、右手人差し指で頬をカリカリと掻いた。

「いえ、サンドイッチを詰まらせたみたいです。すみません」

まだ動悸はおさまっていないが、今考えても仕方がないし、話を聞く方が大切だと、ノイは無理矢理自分に言い聞かせて精一杯落ち着いて見せた。それでも、心配そうに見ているユスティーナに話の続きをお願いする。


「紫色のドラゴンは、その驚異的な力で大地を焼き、町や村を破壊し、疫病を流行らせ、人や家畜を襲ったと言われています。行動範囲も広く、世界中が紫色のドラゴンに怯え、絶望していたそうです。永劫の災いと言われる時代ですね。そんな時に頭角を現したのが、三英雄のヴィクトル、ペトラ、ユウでした」

ユスティーナは一呼吸おいて、また話し始める。


「オボロはこの三英雄に、それぞれ紫色のドラゴンに対抗する力を授けたと言われています。ヴィクトルには魔法を、ペトラには知恵と技術を、そしてユウには勇気を。三英雄に導かれ、世界中の国々が一致団結することで、紫色のドラゴンの封印に成功します。紫色のドラゴンが生まれたとされる岩の洞窟に閉じ込めたのです」

「どうやったんだ?」

シオンが真剣なまなざしでユスティーナを見ながら尋ねる。


「オボロに授けられた三英雄の力を合わせたのです。ヴィクトルに授けられた魔法は、紫色のドラゴンを封じ込めるものでした。魔法が及ぶ範囲から、紫色のドラゴンは出てこれなくなるのです。しかし、魔法は永久的な物ではありません。魔法を放つのをやめたら、あるいはヴィクトルの魔力が切れたら、魔法の効力は失われてしまいます」

「じゃあ、一時的にしかドラゴンを留めることができないんですか?」

「ええ、ヴィクトルだけでは。そこでペトラの知恵を技術を融合させるのです。ペトラは半永久的に魔法の効果を持続させることができる魔珠(まじゅ)を発明しました。その魔珠を使って、ヴィクトルの魔法の効果を半永久的なものにしたのです」

「魔珠?」


初めて聞く単語に、ノイは首をかしげる。

「魔珠で魔法を受けると、その魔法を吸収します。魔法を吸収した魔珠は、空気中に漂う魔素を消費しながらその魔法の効果を半永久的に放ち続けるのです。例えば、火の魔法を吸収した魔珠は、永遠に火を出し続けます」

「そんなすげーもんがあんのか」

シオンが感心したように呟いた。

「でも、そんなに便利なものがあるのに、なんで今、普及してないんですか?」

ノイが素直に疑問をぶつける。前世も含めて、魔珠というのは初めて聞いたのだ。


「材料が特殊だからです」

ユスティーナが優しく答える。

「魔珠を作るためにはいくつかの材料が必要ですが、その中の一つがドラゴンの鱗なのです。しかもドラゴンの身体からはなれた鱗はとても繊細で、三日ほどで劣化してしまっていたらしく、現存する鱗はありません。作りかたは文献として残っているのですけれどね」

などほどとノイは納得する。かつてはたくさんいたらしいドラゴンも、今は全く見ることが出来ない。材料がないのであれば、当然作ることはできないし、作れないものの技術は普及しないだろう。


「じゃあ、たくさんいたドラゴンから鱗を貰って、紫色のドラゴンを封じるための魔珠を作ったんですね」

「いえ、そう簡単にはいきません。ドラゴンの鱗の色によってつくることができる魔珠が決まっているのです。火の魔珠を作るには赤色のドラゴンの鱗、水や氷の魔珠を作るには青色のドラゴンの鱗が必要です」

「そんな……それだと、ヴィクトルの魔法に対応する魔珠は作れないんじゃないんですか?」

「ええ、ヴィクトルとペトラはあらゆるドラゴンの鱗で試しましたが、上手くいかなかったそうです。そんな絶望的な状況のなか、たった一つ残った最後の希望が、紫色のドラゴンの鱗でした。そんな一縷の望みにかけ、命がけで鱗を取ってきたのが三人目の英雄、ユウです」

ユスティーナはまた一呼吸置くと、紅茶を一口飲んだ。


「ユウが取ってきた紫色のドラゴンの鱗でつくった魔珠は、見事にヴィクトルの魔法を吸収しました。魔珠の完成後、人々は三英雄を先頭に紫色のドラゴンを洞窟へ追い詰め、魔珠を使いました。残念ながらこの時にユウは命を落としたそうなのですが、なんとか封印に成功したのです。その封印の地は、お二人が来た森の中にあると言われています」

「んー、封印って閉じ込めるだけなのか?」

「そうですね。実はもう一つ、紫色のドラゴンの死の魔法を吸収させた魔珠も作ったそうなのです。ヴィクトルの魔法の魔珠と一緒にドラゴンへ使ってみたそうなのですが、ドラゴンには死の魔法がきかなかったと記録されています。なので、シオンの言う通り、閉じ込めただけですね」


「じゃあ、まだ森の中にいんの?」

「いえ、封印から約500年後、すなわち今から約1500年前にギライスキによって消滅させられた、と言われています」

「ギライスキ?」

「現在の、いえ、滅紫教が始まって以来、教皇として君臨している方です」


シオンは眉間にしわを寄せてユスティーナに更に尋ねる。

「1500年前からずっと?」

「常識的に考えれば、そんなに生きれる現の人間はいません。しかし、ギライスキと名乗る人物が姿形を変えずに、ずっと教皇として存在し続けていることは事実です。ギライスキは、自身についてほとんど何も語らないので、謎に包まれています。ただ、確かな記録として残っていることは、ギライスキが紫色のドラゴンを滅したということだけです」

ユスティーナは一呼吸置く。


「ただ、人々にとってはそれだけで十分でした。紫色のドラゴンは絶望の象徴でしたから。人々はギライスキに感謝し、崇めました。そしてギライスキが不老不死だということもあり、次第に神オボロの化身だと信じられるようになり、ギライスキの意思を神オボロの意思として、信仰するようになりました。これが、滅紫教の始まりです。先ほど、この国の道徳は全てオボロが規準だと言いましたが、正確には、ギライスキがこの国の道徳の規準とも言えますね」


「ふーん……ギライスキは、どうやって紫色のドラゴンを消滅させたんだ?」

「実はそれもわかっていません。1500年前、原因は不明ですが、突如として紫色のドラゴンが凄まじく邪悪な空気を世界中に撒き散らしながら復活するのです。人々はドラゴンの姿を見て絶望の淵へと突き落とされました。そんなとき、ギライスキはドラゴンの元に降り立つと瞬く間にドラゴンを消滅させたんだそうです。これは当時たくさんの人が目撃しており、多くの文献に記録が残っています。ただ、どうやったのかは、ギライスキが語ろうとしないので、未だに謎のままなんです」


眉間にシワを寄せて考え込むシオンに、ユスティーナはゆるく微笑む。

「私がお話したのは、聖書史に載っているものです。書かれていないものに関しては謎のままですし、書かれている部分も多少の脚色や想像の域を出ないものもあります。なので、納得のいかないところもあるかもしれないですが、教養の一つとして頭の片隅に置いておいていただけるといいと思います」


一通り説明が終わり、ユスティーナはゆっくりと紅茶を飲み始めた。

「あの……」

戸惑いがちに発せられた声に反応して、ユスティーナがノイの方を見る。

「もし、もし万が一、また、紫色のドラゴンが生まれたら……そのドラゴンはどうなるんでしょう」

ユスティーナは少し考えてから答える。

「そうですね……世界が再び絶望に沈むのを防ぐために、国を挙げて討伐することになるかと思います」

「あの、ドラゴンが、その、いいやつというか、凶悪でなかったら、仲良くできるでしょうか」


自分でも変な質問だと思いながらも、聞かずにはおれなかった。しかし、ユスティーナは特に変な顔をすることもなくまた少し考えてから口を開く。

「紫色のドラゴンの生態はほとんどわかっていません。なので、そのような性質を持ち、なおかつ私たちと友好的な関係を築く、という可能性がないとは言い切れません。しかし、一般的な意見としては、同様の力を持つのだとすれば、脅威であることは変わりありませんので、やはり討伐対象となる可能性が高いかと。少なくとも、ギライスキはそう判断すると思います。彼は常々、紫色のドラゴンは、オボロが人々に与えた試練であり、打ち勝つべき絶対的な絶望であると説いていますから」


ノイはユスティーナの言葉に深く心を抉られた気分だった。もちろん悪気があったわけではないし、至極真っ当な意見だ。しかし、討伐対象という言葉がノイの胸に深く突き刺さる。やはり自分はあの妖獣と同じバケモノなのだと思い知らされたような気がして、ノイはそうですかと小さく呟くと、しょんぼりと頭を下げるのだった。

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