表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/56

47. 好奇心

 カチャリカチャリとカップの音だけの部屋にノックの音が響き、ユスティーナが戻ってきた。アルベルトがソファから立ち上がると、ユスティーナはその前を通って元の位置に座った。


「ごめんなさい、すっかり取り乱してしまって……」

 はにかんでそういうユスティーナは、落ち着きを取り戻したようだ。

「でも、先ほど伝えた感謝の気持ちは本当です。何度言っても全然足りません。本当に本当に、ありがとう」

 そう言って、ユスティーナはまた頭を下げた。


「でも、どうやって……」

 顔を上げながらそう言うと、ユスティーナはノイとシオンを交互に見る。先ほどのヨーセフと同じように、驚きと疑問の浮かんだ顔をしている。ヨーセフとアルベルトもなにも言わないが、じっとノイを見ていた。


「……魔法で治しました」

 ノイは他に言い方が思い付かなかっため、率直に話すことにした。

「俺、生き物を治癒する魔法が使える……みたいなんです。なんで使えるのかはわからないんですけど……」

「魔法?」

 ピクリと反応し、前のめりになるユスティーナをアルベルトが少し不安そうに見る。


「どんな魔法ですか? 何か道具を使うの?」

「えっと、何も使いません、手を……」

「何も使わないのですか? 手を? どうするの? よく使う魔法と同じ要領かしら、それとも詠唱とか何か特別なことをするんですか? やっぱり魔力は消費するのかしら。それとも……」

「これこれ、ユスティーナ」


 どんどん前のめりになるユスティーナをヨーセフがやんわりと制する。

「あ、ごめんなさい……。あの、差し支えない程度で結構なのですが、魔法について、教えていただくことはできますか?」

罰が悪そうに、しかし期待に満ちたユスティーナの目に少したじろぎながらも、ノイは小さく頷いた。

「はい、俺もこの魔法について全然知らなくて……もしよければ、何か知っていたら教えてください」


ユスティーナはぱっと目を輝かせると、腰に下げている小さな鞄から、ノートとペン、インクを取り出した。

「もちろん、私がわかることであれば。それで、手をどうするの?」

 ユスティーナはノートを開きペンにインクをつけると、今にも立ち上がりそうなくらい腰を浮かせて、前のめりになった。アルベルトがあからさまにため息をついて、インクをテーブルの端から真ん中あたりに移動させる。


 ノイは少し圧倒されながら答える。

「え、えっと、手をかざすんです。それで、その、治れと思うと、手から紫色の光が出てくるんです。そしたら……治ります。魔力を使っているかは、ちょっとわかりません」

「紫色の光……」

 ユスティーナはメモとると、一旦ソファに深く座り直し、考え込むように黙ってしまった。説明が悪かったかと不安になっているノイに、ヨーセフがにこりと笑いかける。


「ユスティーナの研究の専門分野は妖の生物や魔法についてでね、好奇心が止まらないんだよ」

 ノイはハンネスが言っていた、ユスティーナは現役の変わり者だという言葉を思い出していた。相変わらず黙り込んでいるユスティーナに、ヨーセフが再度声をかける。

「何か、思い当たることはあったかね、ユスティーナ」

「……治癒の魔法は、初めて聞きました。現妖共に、報告されていないはずです。でも、紫の光……」


「……何か、知っているんですか?」

 ノイもユスティーナに話しかける。ユスティーナは考え込んだまま答える。

「知っていると言うか……」

 ユスティーナはノイを見て口を開きかけたが、思い直したように止めて首をふった。


「言葉で聞いても埒が明かないですね……」

 そう言うと、すっと腰に下げていた小さな鞄からナイフを取り出すと、おもむろに自分の左の腕を切り裂いた。あまりにも躊躇いがなく自然な動きだったため、ノイとシオンはその光景をぽかんと見つめていた。アルベルトがぎょっとしたようにナイフを奪い取ると、ぱっくりと切り裂かれたユスティーナの腕から、血がテーブルにポタポタと垂れる。


「ユスティーナ!」

 ヨーセフの強めの声でノイとシオンははっと我にかえる。

「なっ、なにを……」

 ノイが慌てると、ユスティーナはなんでもないことのように首をかしげながら答える。

「実際に、見せていただけたらと思って……」


「感心しないね、ユスティーナ」

 ヨーセフは穏やかだが少し非難めいた口調でそう言いながら、ユスティーナの左手を引き寄せて血管を押さえて止血する。絶え間なく垂れていた血が、幾分か減ったようだ。アルベルトは大きなため息をついてユスティーナから一番遠いところにナイフを置いた。

 ユスティーナはヨーセフとアルベルトのあきれた溜め息と、ノイの慌て具合と、シオンの怪訝な顔を見て、しゅんと目線を下げた。


「ごめんなさい、いきなり魔法を見せろなんて、不躾でしたね。すみませんヨーセフ、包帯を……」

「あ、えっと……大丈夫です」

 問題はそこじゃないんだけど、などと思いながら、ノイはユスティーナの腕に手をかざす。ぼわっと紫色の光がユスティーナの腕を包み込み、傷口に吸いこまれると、最後に強く光って傷と共に消えた。


「……これは……驚いた」

 しばしの沈黙のあと、放心したようにつぶやくヨーセフの目は、ユスティーナの腕を凝視していた。アルベルトも目を丸くする。ユスティーナは先ほどまで傷があった部分を呆然としながら反対の手でさすっている。ヨーセフが立ち上がり、ワゴンに載せていた布でテーブルの血を拭こうとする。ユスティーナがはっとして小さく謝罪をすると、布をヨーセフから受け取り拭き始めた。


「森で、シオンが酷いけがをしたことがあったんです。その時に、使えるようになりました。なんでかは、よくわかりません……」

 ノイは正直に話した。話すことで警戒されるかも、とは思ったが、ノイ自身がこの魔法について知りたいと思っている気持ちが強かったのだ。もしかしたら妖の生物は皆使えるのかもと思っていたが、ユスティーナの反応からそれもなさそうだ。それでも、ユスティーナなら何かわかるかもと、ノイの胸は期待と不安で変に高鳴っていた。


「他に、何かわかっていることはありますか? 魔法の効果とかもわかる範囲でお願いします」

 ユスティーナはテーブルを拭き終わると、メモを取りながらノイに質問する。

「えっと……切断されていても、切断された部分があればくっつけることができました。でも、近くにないとだめです。あまりぐちゃぐちゃでも……。ない部分を再生する、とかはできません。死んだ生き物の死骸で試したこともあるんですが、治せました。でも、生き返ったりはしませんでした」

 ノイがわかっていることを話すと、ユスティーナがサラサラとメモを取っていく。


「他には?」

「えっと……」

「ノイの傷は治らねーんだ」

 何かあったかと考えるノイを補足するように、シオンが紅茶を飲みながら答える。

「自身には効かない、ということですね」

 ユスティーナは興味深そうに頷き、ノートにメモした。書き終わったのかちらりとノイとシオンを見るが、もう無さそうだと察すると、ノートに目線を移して黙り込んだ。


 しかし、ノイはもう一つ、この魔法に関して知っていることがあった。それは、使えるようになったときに声が聞こえたことだ。ユスティーナに伝えようかと思うが、よく分からない声が頭の中に聞こえた、と言うのはあまりにも現実味がなくて躊躇したのだった。


『許可します』


 ノイは、頭の中に響いた声を思い出す。ちょっと幼い感じの女の人で、なんだか聞き覚えのある声だった。なんやかんやで気にしている暇がなかったが、あの声はなんだったのだろうかと、ノイは考えこむ。空耳にしてはかなり鮮明に聞こえた。どこかで聞いたことがあるが、現世では女の人とほとんど接していないので、多分前世で会った誰かの声に似ているのだと思うけれど……。思い出そうとすればするほど記憶が零れ落ちていくような気がして、ノイは眉間にしわを寄せる。


 かなり長い間、皆何かを考えているのか、それとも考えている誰かを邪魔しないようにか、誰も言葉を発しなかった。途中、シオンがテーブルに置かれているポットから二度ほど自分のカップに注いでいたが、それ以外動くものもほとんどいない。

 シオンが紅茶を飲み干し、飽きてきたのか壁の絵画の方を向いてぼーっとしてあくびをする。その時、軽快なノックが部屋に響いた。皆が一斉にドアの方を向いた。


 控えめに空いたドアから、にこにことしたマルガレータの顔がのぞいた。

「サンドイッチをもってきましたよ。今、いいかしら」

 ヨーセフが返事をすると、マルガレータが一回り大きなワゴンを押しながら部屋に入ってきた。


「クリスタの様子はどうかな」

 ヨーセフがマルガレータに声をかける。マルガレータはワゴンからお皿を移動させながら、明るく答えた。

「よく眠っているわ。血色もいいし、脈も呼吸も正常。あらっ、これどうしたの? 血?」

 マルガレータがテーブルに皿五つをそれぞれの前に配ろうとして、ユスティーナの血を拭いた布を見つけて声を上げる。


「ごめんなさい、汚してしまって」

 ユスティーナが言うと、マルガレータは心配そうに見る。

「どこか怪我したの?」

「いえ、その、もう大丈夫」

「マルガレータ、君も一緒にどうだい」

 ユスティーナにマルガレータが再度声をかける前に、ヨーセフが口を開いた。マルガレータは言葉を飲み込むと、ヨーセフに向かって笑顔で首を振る。


「……いいえ、私、作りながら食べちゃったの。このあとは、クリスタがいつ起きても大丈夫なように、スープとお粥を作っておくつもりよ」

 マルガレータはそういうと、ワゴンから大きな皿にのせられたサンドイッチをテーブルにのせる。こんがりと焼かれた細長いパンに切り込みが入れられており、そこに瑞々しい野菜とベーコンやソーセージ、タマゴ、豆類などが挟まれている。一つひとつも結構大きいが、それが十五個ほどのせられている。


「好きなだけ食べてちょうだいね。しばらくしたら、また下げにくるわ」

 そういうと、マルガレータは血の付いた布を持ち、代わりにワゴンにのせていた新しい布をテーブルに置いて部屋から出ていった。


「さて、少し遅くなってしまったが昼食もきたことだし、一旦休憩としよう。腹が減っていては、頭も働かんのでな。ほら、ユスティーナ。さあ、みんなも」

 ヨーセフは再びノートと睨めっこを始めようとしたユスティーナの前の更に、タマゴの入ったサンドイッチをのせる。ユスティーナはちょっと名残惜しそうにノートを見るが、小さく返事をしてノートを閉じてペンと共に腰のカバンにしまった。シオンはヨーセフに勧められるがままベーコンの入ったサンドイッチを手に取り、しげしげと眺めている。ノイも、ソーセージの入ったそれを手に取った。ふわりとかおるオリーブオイルが、ノイの胃袋を刺激する。


「いただきます」

 ノイはそう言ってサンドイッチにかじりつく。シオンもかじろうとした口を一旦止めて、ノイを見ながらいただきますと言ってかじる。二人とも一口で目を輝かせると、夢中で食べ始めた。ヨーセフはそんな二人を見てにっこりとし、アルベルトにも視線で勧める。ユスティーナもまだ考えるような顔をしていたが、ゆっくりと食べ始めた。


 ノイは久しぶりに屋内で食事をしたことで、最後に食べたベイリットとの晩御飯を思い出し、懐かしさと少しの寂しさで胸がいっぱいになっていた。あれから十数年なら、ベイリットもきっと生きているだろう。リーズとの間に子供もいるかもしれない。早く会いたいと思いながら、勧められるがままもう一つサンドイッチを手に取るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ