40. 合流
ご指摘いただいて誤字を修正しました。
ありがとうございます。
まだ日が昇る前、ノイが目覚めると、既にエルメルは川原に座って釣りをしていた。釣竿なんて持っていたかと覗いてみると、しなる木の枝で竿を、ツタの繊維を撚って糸を、木の枝を尖らせて針を作っていた。まだ人にとっては辛うじて視界が確保できるくらいの明るさなのだが、精巧に作られた釣竿は即席のものと思えないほどよく釣れていた。
「物を作るのは得意なんだ。そうそう、君のナイフを借りたよ。勝手にすまない。防具と武器以外、何も持っていなくてね」
エルメルは昨日魚を処理して置きっぱなしだったナイフを指差して、はにかむように笑った。
ノイが消えかけた焚き火をもう一度つけていると、シオンが起きてきた。釣竿に興味津々で、早速使い方を習っている。二人が釣った魚をノイが処理していき、焼けたところでエルメルがリータを起こした。エレオノーラが足元の草を食べているのでよく見てみると、現の植物がいくつか生えていた。ナハトも怪しまれない程度に食べてみるが、あまり口には合わなかった。
食事を終え、素早く片付けて出発したのはまだ日が昇って一時間もしないうちだった。日暮れ前には森を抜けてしまいたいところだ。
数時間走ると、徐々にまわりに現の植物が増えてきた。エルメルが言うには、やはり冒険者がよくくるのはこの当たりくらいまでらしい。妖の生物はそれなりにいるようだが、対峙することはなかった。途中、マルベリーの実を見つけたので少し休憩することにした。出発時はうとうとしていたリータだが、嬉しそうにマルベリーの実を摘んでいる。
エレオノーラは草を食べていたが、ふいに頭をあげた。ノイとナハトもほぼ同時に森の中を見つめる。微かだが、動物の足跡が響いている。十、いや二十くらいだろうか。
「なにかくる」
ノイが呟くと、シオンが反応して槍を手に持つ。エルメルは不安そうにリータを抱き上げた。
「何か聞こえるのか?」
エルメルが尋ねると、ノイが小さく頷く。音は段々と大きくなり、シオン達にも聞こえるようになってきた。
「おうまさん?」
リータがエルメルを見上げながら言う。エルメルは少し考えると、もしかしてと呟きながらリータを下ろし、音の方へと歩いていく。
「おい」
「すぐ戻る」
シオンが声をかけるが、エルメルはそういうとそのまま森の中に走っていってしまった。がさがさとエルメルの足音が遠ざかっていく。すると、
「おーーい! おーーい!」
遠くでエルメルの大きな声が聞こえた。ノイとシオンは顔を見合せ頷きあうと、ノイがエレオノーラとナハトを引き、シオンがリータを抱いてエルメルの元へと向かった。
「エルメル!」
前方から聞き覚えのない声が聞こえ、ノイとシオンはもう一度顔を見合わせる。ようやくエルメルが見えたときには、ヘルムを外して大きく手をふっており、その背中越しに慌てて馬を降りる男性の姿が見えた。頑丈そうな金属のヘルムを被り、エルメルと同じように立派な防具を身に付けていた。背はエルメルよりも低いが、がっしりとした体格でよく日に焼けていた。緑色の目が驚きで見開かれている。男性はエルメルに駆け寄ると両手で肩、二の腕、肘と順に確かめるように握った。
「生きてたか! 怪我はねえのか? どっか痛えとこは……」
「あっ、ユスティーナ!」
シオンの腕の中でリータが嬉しそうな声をあげ、身体をねじって地面に降り、走り出した。
「リータ!? 」
男性の後に到着した馬から女性がヒラリと降り、リータの名前を呼んだ。すらりとした身体に美しい防具を纏っており、露出はないのにスタイルがいいことがわかる。おでこには大きなゴーグルがあり、使い込まれた銀色のそれが、きれいにポニーテールにされた長めのストレートの金髪によく映えていた。女性の大きな緑色の目がこぼれ落ちそうなほど見開かれている。
エルメルの腕を掴んだまま、あんぐりと口を開けている男性の視線を受けながら、リータは女性の胸に飛び込んだ。
女性はガチャガチャと籠手を外すと、リータの顔を両手で確かめるように触る。
「リータなの? 本当に?」
「リータはリータよ」
女性の後にも続々と馬が到着していたが、皆一様に驚いたような声をあげている。
「……リータ? まさか……」
エルメルの腕を掴む男性が放心したように呟く。
「旅人が助けてくれたんだ! ほら、あの二人!」
エルメルは男性の腕を掴み返し、くるりと振り向いた。全員の目が少し離れて立っていたノイとシオンに注がれた。謎の威圧感にノイは一歩後ずさってしまった。
「旅人? 妖獣はどうしたのだ?」
「それは、その……」
エルメルは答えに躊躇い、何かを確認するようにノイとシオンを振り向く。しかし、ノイは視線に圧倒されているのか、気づいている様子がない。周囲にざわざわが広がっていく。
「あのでっかい鳥なら、オレとノイが倒したぜ」
返事をしないノイの変わりに、シオンが答えた。
「なにっ!?」
あちこちで驚きの声があがり、ノイとシオンには爪先からてっぺんまで視線が突き刺さった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
男性がエルメルの腕を振り払い、片手で目を覆った。混乱した頭を整理するように深呼吸すると、そのまま落ち着いた声で話し出した。
「あー、エルメル、お前、怪我はないんだな」
「はい」
「で、リータは……生きていて、怪我もない」
「ああ、とても元気だ」
「そうか……」
男性は一呼吸おくと、勢いよくエルメルを殴る。あたりは途端に静かになった。エルメルは吹っ飛び、横に倒れて近くの木の幹で頭を打った。飛び出そうとしたシオンはノイに腕を引かれて止められ、リータは女性に目を隠されていた。
「ぐ……ハンネス……籠手は痛え……」
エルメルがフラフラと立ち上がると、ハンネスは腕を組みエルメルを睨み付けた。
「籠手と言っても革だ。それに、俺が作った防具を着けてんだ。問題ねえだろ」
「ヘルムは今被ってなかったろ……」
口の中が切れたのか、エルメルはぷっと血を吐き出した。
「勝手に売りもん持ち出しやがって……何が、お代は私の作った武器を全部あげますだよ、あんな手紙置いていきやがって……バカヤロー……弟子の作った武器なんざ、そんな風にいるかってんだよ」
ハンネスは拳を握り、下を向く。身体の横で握りしめられた拳は、プルプルと震えていた。
「勝手なことしやがって……」
「……すみませんでした」
「生きてやがった……生きて……」
しばらくハンネスは黙って下を向いていたが、大きく息を吐くと顔をあげた。
「あとは、帰ってからだ」
そういうと、ハンネスはノイとシオンの方に歩いてきた。エルメルも慌ててハンネスの後をおってくる。
「お前たち、その……名前は?」
「オレはシオン、こっちはノイだ」
「そうか、俺はハンネス。エルメルの師匠だ」
ハンネスはヘルムをとり、深々と礼をした。汗で濡れた髪は、癖のある栗色だった。
「弟子と、その娘を助けてくれたこと、感謝する。本当にありがとう」
そう言うと顔をあげ、改めてシオンとノイを見つめる。
「シオンにノイ、お前たちは旅人だと言うが……冒険者か? 防具も何も着けていないようだが……」
確かに二人はとても簡素な服を着ていた。前世のヨシスケの村でも、出掛けるときはもう少しきちんとした服装をしていた。ノイはなんだか居たたまれない気持ちになり、少しだけ顔を下げる。
「森の奥から来たらしいんだ。私を襲ったヒッズ・イーバも吹っ飛ばして追い払ってくれた」
「ヒッズ・イーバを吹っ飛ばした……」
再度ざわざわが大きくなった中、一人の足音が近づいてきた。先ほどの女性がリータを抱えて近づき、エルメルに渡すと前に出た。
「私は国軍妖生物管理師団特別調査研究隊第二十六研究班の班長、ユスティーナです。この度は当班担当地域での人命救助におきまして多大な御尽力を賜りましたこと、誠に感謝致します」
ユスティーナは淀みなくそう言うと、とても綺麗な礼をした。さらりとなびいた金髪をノイはつい目でおってしまった。
「妖獣を討伐されたとのことですが、それは真でしょうか」
「嘘だって言うのかよ」
うんざりしたようなシオンに怯むことなく、ユスティーナは柔らかいが凛とした声で続けた。
「妖獣は国軍が特別警戒危険妖生物に指定する害獣です。その生死は周辺住民ならびに冒険者、旅人へ多大な影響を与えます。現状の正確な把握が急務であることを御理解下さいますようお願い申し上げます」
「あ、あの、鳥のような妖獣を倒したのは、本当です」
ノイが控え目に言うと、ユスティーナがノイに真っ直ぐ目を向けた。
「その時の状況を時間、場所も含めて簡単にお話頂けるでしょうか」
「一昨日の……昼を数時間過ぎたくらいだと思います。場所は、ここから馬で十時間弱くらい、崖の上です。リータを捕まえて飛ぶ妖獣を見つけて追いかけて……倒しました」
ノイはここまで話して、荷物から何やら取り出した。
「これがその時妖獣から出てきた魔力の結晶です。なんでこんなに細かくて多いのかは、わからないんですが……」
ノイは袋から結晶十五個を取り出して見せる。不思議に思ったので、使わずにとっておいたのだった。
ユスティーナは結晶を一つつまみ上げ、光にかざしながら尋ねる。
「妖玉はどうされましたか?」
「あ、それは……探したんですけど、見つからなくて……」
「妖獣の骸はどのような状態でしたか?」
「それが、死んだ後、急に腐ってしまったみたいになって……」
ユスティーナはノイを見つめ、結晶を返すとハンネスの方を見た。ハンネスは小さく頷き返している。
「わかりました。旅をされているとのこと、先をお急ぎのところ申し訳ないのですが、一度村に行き、改めてお話をお伺いしたく思います。村までの御同行をお願いしたいのですが、御承諾頂けるでしょうか」
ノイがシオンを見ると、少し眉間にシワを寄せたまま頷いた。
「はい」
「御協力、感謝致します」
ユスティーナは再度きれいに礼をすると、くるりと振り向きよく響く大きな声で後ろの人だかりへと宣言する。
「本作戦の目標、拉致被害少女奪還、及び行方不明男性捜索、妖獣現状調査、全ての達成を確認いたしました。皆様の御協力誠に感謝いたします。これより軍民合同特別編成部隊の全隊員、村へ帰還します!」
大きな歓声があがり、あちこちでハイタッチをする音が響き渡る。ユスティーナはハンネスに向き直る。
「ハンネス、指揮をお願いします」
「よしわかった。おい! 野郎共! 進行方向西に隊列を組み直せ!」
ハンネスが再度こちらを向く。
「エルメルはリータと真ん中あたりに入れ。ノイとシオンは俺とユスティーナと一緒に先頭に来てもらえるか?」
ノイは頷き、エレオノーラをエルメルに渡すと、ナハトとシオンと一緒にハンネスとユスティーナについていく。大勢の好奇の目にさらされながら、いきなり目立ちまくっていることに不安を覚えつつ、ノイはとぼとぼと隊の先頭へと歩いていくのだった。




