4. 父と母
リーズは机に向かい、カリカリと音をたててネックレスに何やら彫っている。ヨシスケは床に座りベッドに寄りかかりながら、その様子をぼんやりと見ていた。
何かあると、人々はその証を文字や絵や記号にしてネックレスに刻む。いつどんな時に刻むのかは、人それぞれだ。本当に人生の大きな節目にしか刻まない人もいれば、些細なことでも刻む人がいる。
リーズは圧倒的に後者の人間だ。しかも自分のネックレスだけではなく、人のネックレスにもどんどん印をつける。ヨシスケのネックレスの印のほとんど、更に言えばベイリットの印のほとんども、リーズが彫ったものだ。
『思い出を共有するって素敵じゃない』
そう言って笑っていたリーズを思い出しながら、ヨシスケは暖かいような、少しだけ寂しいような、そんな思いにふけっていた。
「できた!」
リーズは勢いよく立ち上がりヨシスケところまでくると、ベッドに腰を掛けてネックレスをヨシスケに渡した。様々な印が刻まれている石の一つに、真新しい印があった。小さな石のなかに繊細な模様が描き込まれている。よく見ると、先程窓の上の壁から外した刺繍と同じ模様だ。
「見て見て、おそろい」
リーズが差し出したネックレスを見ると、ヨシスケのと同じ模様が描かれたものがあった。リーズが机に向かっていたのは、10分前後だったはずだ。よくまあ、こんなに細かい模様が二つも描けたものである。
「相変わらず上手だね」
ヨシスケは素直に感想を言う。
「ふふ、今まで色々描いたからね」
リーズはそう言うと、ヨシスケのネックレスをそっと手に取る。ヨシスケはなにも言わずにリーズにネックレスを渡した。
「それにしても、やっぱりヨシスケのネックレスの石は変わってるね。吸い込まれそう」
リーズの言うとおり、ヨシスケのネックレスの石はこの村の人達のものとは少し違っていた。村の人の石は、この村の周辺にたくさんある火山岩だ。多少色などに違いはあるが、全体的に黒っぽく、目を凝らすと小さな白い鉱物が点々と見える。丹念に磨かれているのでツルツルではあるが、たまに小さな穴が空いていたりする。
一方ヨシスケの石は、全体的に淡く白っぽい色をしている。所々に淡い緑や紫が混じっており、まるで絵具を混ぜるのを途中で止めたような、何とも言えない色をしている。
石はその人が産まれた地域によくある種類のものが使われることが多い。そのため、同じ土地出身者のネックレスは必然的に同じ石が使われるのだ。ヨシスケはこの村で産まれたのではなかった。小さい頃に両親に連れられてきたらしい。
「でも懐かしいなあ、これはヨシ君が成人したときだね」
リーズはヨシスケのネックレスの、今彫った石の隣の石をつつく。
「……これは最後の行商から帰って来たときのでしょ、農業するって決めたとき、すごく大きなウミスズメを捕ったとき……」
リーズは一つひとつ撫でながら、印の意味を次々呟いていく。ほとんどリーズが彫ったものだからか、すらすらと意味が出てくる。多分、持ち主のヨシスケよりもちゃんと覚えているだろう。
感心しながらヨシスケはぼんやりと聞いていたが、不意にリーズが黙った。ヨシスケがリーズの手元を見ると、ある一つの石をゆっくりと撫でていた。珍しくヨシスケが自分で彫ったものだ。リーズが彫ったものと比べると、少しガタガタしている。
石に刻む印は自由だが、なんとなく習慣で決まっているものもあり。人が産まれたときと、死んだときだ。リーズが撫でている石には、上半分に丸がかかれており、そのすぐ下に上を向いた三角が、丸にくっつくようにかかれている。これは魂が天に還っていく様子を表しているらしい。
「……ベイリットのおばさんが亡くなったとき、かぁ」
基本的に人の生き死にを刻むのは身内だけだが、ヨシスケにとってベイリットの母親は、親友の親以上の存在だった。
「……3歳の頃から育ててくれたからね……」
ヨシスケはそう言うと、リーズが撫でている石から少し離れたところにある、2つの石に触れる。その2つにも、魂が天に還る印がかかれていた。
ヨシスケの両親は、東の果てから来た、色々な国を巡る商人だったそうだ。両親は、村に色々なことを伝えた。例えば今子供達が行商で使っている荷車やソリは、ヨシスケの父が作り方を教えたものだ。取り扱う商品も、見たことのない物が多く刺激的で、旅の途中の話もすごくおもしろかったそうだ。
このように、ヨシスケの両親は村にいくつかの変化をもたらしたが、中でも一番変わったのは、村の人々の“妖の生物”の対処法だった。
この世界には“現の生物”と“妖の生物”が存在する。それぞれ色々な生物種類があり、ヨシスケは現の人間である。妖の生物を現の生物が食べても、毒にもならないが栄養にもならない。温度や固さは感じるが、味はないしお腹にも溜らない。触れたり壊したりすることはできるが、本質的には干渉し合えないものなのだ。
そして妖の生物とは、全く意思表示ができない。出会うと、どんな生物でもすごい形相で問答無用に攻撃してくるため、こちらも反撃しなければならない。出会ってしまったら最後、殺るか殺られるかの死闘をするのがこの世界の常識だった。
しかしヨシスケの両親は、妖の生物のいなし方が驚くほど上手だった。妖の生物は攻撃を仕掛けてくるが、攻撃が当たったと思っても衝撃もなく傷一つつかないことも多かった。どうも幻覚魔法を使って攻撃する幻を見せているらしい。ダメージのない攻撃は、周りの空気までは動かないので、落ち着いて空気の動きを感じることができれば、識別することができた。ただし、こちらが不用意に動いたり攻撃をしたりすると、実際にダメージがある攻撃も増えてくる。
また、妖の生物は力を溜め、大きな魔法を繰り出すことがある。この攻撃は通常よりも威力や被害範囲が大きくなり大変危険なため、今までは魔法の発動前にこちらから攻撃をしかけるというのが常識だった。しかしこれもダメージのない魔法のことが多い。特に後ろへジリジリと下がりながら力を溜めている場合、攻撃が幻のことが多く、放たれたとしてもなんともない。そしてこちらが動かなければ、そのまま逃げていくのだ。これも周りの空気の動きや温度、音などを感じれば、識別可能だ。
もちろん、どちらも本当に攻撃が当たることもあるので注意が必要だが、うまく受け流しながら極力動かず、距離を少しずつとると、戦いを回避することができるのだった。
元々無益な殺生を好まない村人は、すぐにこの方法を実践し始めた。これにより、村人が怪我をしたり死んだりすることが圧倒的に少なくなり、人々はとても喜んだのだった。村人はヨシスケの両親を信頼し、受け入れた。
ヨシスケの両親も村人の人のよさが好きになり、少し長めに滞在していた。ヨシスケ達は村の端に荷車をとめ、その横にテントを張って生活していたが、しばらくいるならと村長が小さな空き家をあてがってくれたりもした。噂を聞きつけ、ヨシスケの両親から商品を買おうと、大きな町から村に人がくるようにもなっていた。
そんな平和な日々は、ある朝、突然終わりを告げた。
ヨシスケの両親が、殺されたのだ。
誰が殺したのかはわからないが、指や腕は引きちぎられたあまりにも残酷な亡骸だったらしい。そして、なんとベイリットの父親も一緒に殺されていた。
前日、ヨシスケと両親はベイリットの家に晩御飯を食べに行っていた。ベイリットとヨシスケはその頃から仲がよく、大人たちがお酒を飲んでいる間、ずっと二人で遊んでいた。そして大人が気づいた頃には、二人で抱き合いながら眠ってしまっていた。起こすのもかわいそうだと、そのまま寝かせることにして、ヨシスケの両親はお礼をいって家に帰っていった。
しばらくしてベイリットの父親は夜風に当たろうと外に出た。しかし、すぐに引き返してきた。ベイリットの母親に、ちょっとヨシスケの両親に会ってくるからと告げると、すぐに出ていってしまった。
母親は少し気になったものの、これまでも飲み直しにヨシスケの両親の元へ行ってしまうことが何度かあったため、その日は子供達と一緒に就寝したのだった。
翌日、ヨシスケを送りにいったベイリットの母親が見たものは、自分の夫の亡骸と、人としての形も保てていないようなヨシスケの両親だった。




