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39. 再会

 川辺では、シオンが水に足をつけて遊ぶリータを座って眺めていた。まだ戻ってこないノイを気にして、森をチラチラと見ているが、急にナハトがそわそわし始めたのに気がついた。

「どうした?」

 何かを訴えているようなナハトに近づき、首もとを撫でる。その時、ノイが消えた森から何かが近づいてくるのを感じた。シオンはすぐにリータに駆け寄り抱き抱え、ナハトに乗せる。リータはきょとんとするが、ナハトの首にぎゅっと抱きついた。シオンは槍を持ち、構えながらナハトに行けと合図する。だが、ナハトは動こうとせず、シオンに何かを訴えている。


「おい、ナハト、あっちに行っとけって、なんか変な声が……」

「リイイイィイタアアァアァア!」

 がさりと森の中からエルメルが出てきた。叫びながら両腕を目一杯前につきだして走ってきている。リータは驚いたのか、ナハトの首に顔を埋めて隠れるように身を縮めた。シオンは槍を構え、今にも駆け出しそうだ。


「っ!? おい! どけナハト!」

 ナハトがシオンの前に立ちはだかる。ブルブルと首を振り、前足をパカパカとならしている。

「どうし……」

「リイィイィイタアアァアァ!」

 エルメルは走りながらヘルムを取り去り、投げ捨てた。リータはナハトの上からチラリとエルメルを見て、誰だか気付いたのかばっと顔をあげた。

「パパ!」

「リータ!」


 リータはエルメルに向かって身をのりだし、落ちそうになる。シオンが慌てて手を出そうとするが、その前にエルメルが駆け寄り、リータを受け止め胸に抱き締めた。勢い余ってナハトにぶつかっていたが、ナハトは微動だにせずにたったままだった。

「リータ……夢じゃないか……リータ……」

「パパァ……パパァあぁあー」

 泣いている二人を前にオロオロしていたシオンは、戻ってきたノイを見て慌てて駆け寄り報告する。


「ノイ! こいつがいきなりきて……」

「うん、リータのお父さんだって」

「お父さん?」

「パパのことだよ」

「リータ泣いちまって……」

「大丈夫、嬉しくて泣いてるんだよ」

「そ、そうか、なんだ……」

 シオンはホッとしたように槍を下ろした。

「んで、この馬は?」

「エレオノーラ。リータのお父さんの馬。」

 エレオノーラもリータが生きていて嬉しいのか、興奮したようにブルルと何度も鳴いていた。


 ーーーーー


 川辺で焚き火がパチパチと優しい音をたてている。ナハトは焚き火から少し離れて座っており、そのすぐ近くにエレオノーラが立って休んでいた。焚き火のまわりには、ノイとシオンとエルメルが車座に座っていた。エルメルの胸では、グロロスカニーチャの毛皮にくるまれたリータがすうすうと寝息をたてている。


「……信じられない……本当に、君たちだけで妖獣(ようじゅう)を倒したのか……?」

「あ? 嘘なんか言わねーよ」

「いや、すまんシオン、そういうことではないんだ。実際こうしてリータが生きているのだから……」


 あのあと、泣き止まないリータと、リータを抱いてお礼を言いながら頭をあげないエルメルをなんとか宥め、ノイとシオンは話を聞くことができた。エルメルが言うには、森に入ってからここまで、馬で休みなく走っても十二時間ほどかかったらしい。さらにそこから村までは六時間ほどとのことだった。暗闇ではさすがに動けなかったそうだが、それでも視界がみえる限界まで走っていたらしい。日暮れまでに森を抜けるのが難しいこと、そしてエルメルもエレオノーラも疲れていることを考えて、今日はこの川原で休むことにしたのだ。

 リータはエルメルから離れようとしないので、恐縮するエルメルを説得して休ませ、ノイとシオンが魚をとってみんなで食べた。リータは今までで一番はしゃぎ、魚を食べたらエルメルに抱きついてすぐに寝てしまったのだ。


 リータが寝たあと、ノイはエルメルにリータと出会ってからの話をした。大きな鳥について、エルメルは妖獣だと言った。昨日の昼頃にトトゥキマトンが妖獣に襲われ、リータはやはりその時に拐われたのだった。

 エルメルはすぐに後を追おうとしたが、村人や滞在中の冒険者に押さえつけられてしまった。準備を整えてから皆で行こうと説得され、一人で行かないよう監視されることになってしまったらしい。しかし、時間も時間で出発は次の日の朝と決まり、いても立ってもいられなくなったエルメルは、防具と武器を持ち、こっそりと抜け出したのだった。


「皆……私も含めて、リータとはもう、生きて会えるとは思っていなかったんだ。私が行ったところで、救える可能性はほぼない。それどころか、私が生きて帰れる可能性もほとんどない。それでも、せめて少しでも早く側に行ってやりたくて……」

 エルメルは声を詰まらせ、起こさないように気を付けながら、リータを抱き締めた。

「拐われた時は、生きてたんだろ? 救える可能性はほぼないなんて、わかんねーだろ。なんでもう、死んだと思っていたんだ? それに村の奴らも、なんで助けに行くのが次の日なんだよ」

 シオンが不満げに尋ねると、エルメルは下を向いたまま、静かに首を横にふる。

「それくらい、妖獣は絶望的な存在なんだ。村の皆も、生きてなくてもせめて連れて帰ってあげたいと思って準備してくれていた。この森に入るだけでも大変なことでね、更に複数人での行動となれば、それなりの準備もある。次の日の朝出発でも、早い方なのさ」


 エルメルは顔をあげて、ノイとシオンを交互に見る。青い目には涙が溢れんばかりにたまっていた。

「だからこそ、私はまだ、夢を見ているような、信じられない気持ちでいっぱいなんだ。まさか、生きて会えるとは……君たちには、本当に、感謝してもしたりない。この恩は、私の人生を掛けて返していく、本当に、本当にありがとう……」

 エルメルが頭を下げると、リータの頬にポタポタと涙がたれた。リータはむにゃむにゃとほっぺを手でこするが、よく寝ているようだ。


「妖獣について、もう少し詳しく教えてもらえますか?」

 ノイがそう聞くと、エルメルは涙をぬぐいながら頷く。

「ああ、もちろん。と言っても、私が知っていることもそれほど多くないがね。知っていることなら、なんでも答えるよ」

 妖獣とは、数年前に急に現れた新種の妖の生物らしい。どうりで知らないわけだとノイは納得する。妖獣は姿かたちは様々だが、やけに大きいことと様々な魔法をだしてくること、そして体が真っ黒で、部分的に赤青黄色のカラフルなところがあるのが特徴とのことだった。なぜか現の人間の村や町を襲い大きな被害が出るので、国で調査したり軍をだしたりするそうなのだが、色々な場所で出没するため、対応が追い付いていないのだと、エルメルは話す。


「トトゥキマトンにあの妖獣が最初に出たのは、半年も前のことだ。週に一回くらいのペースで村にきて、何かしら持っていくんだ。馬や鶏や、馬車や小屋とか……」

 昨日は妖獣との攻防の際、運悪くエルメルの家のガラスが割れて、びっくりしたリータが外に出てしまったそうだ。妖獣はあっという間にリータを掴むと、森の方向へと消えていったとエルメルは話した。

「ちょうどここらの調査にきていた国軍所属の研究員達が、半年間何度も国に討伐の要請をしてくれていたんだけどね。なかなか来てもらえず、妖獣がきたら追い払うという対応しかできなかったんだ。昨日はついに、研究員の仲間の一人が深傷を負ってしまってね、それに皆が気をとられた一瞬でリータは連れていかれてしまった。スローモーションのようにリータが空に消えて……私は気付いたら、地面に押さえつけられていたよ」

 エルメルは片手で顔を覆い、力なく頭をふった。


「国の研究員、ですか?」

「ああ、元々は滅紫教(めっしきょう)の妖生物調査研究員だったんだが、妖獣が出るようになって国の軍編制に組み込まれたんだ。所属の隊は……何て言ってたかな……長くて忘れてしまった、すまん。正式な名称は研究員じゃないかもしれない。まあ、とにかく村に来ていたのは、滅紫教所属の頃からよく来ていた人でね、仲間もかなり腕のたつやつらなんだが……」

「その研究員が妖獣の討伐を?」

「基本的に妖獣の討伐には軍隊が派遣される。研究員達は妖獣の大きさや危険性を調査して国に報告し、派遣する軍の規模や兵士のランクなんかを提案するんだ。……まあ、比較的弱いやつなら、研究員達や腕利きの冒険者パーティーが妖獣を倒すこともないわけじゃないが、軍隊が動くもんなんだよ、妖獣ってのは」

 エルメルはチラリとノイとシオンを見ると、躊躇いがちに口を開く。

「旅をしていると言ったね。私は今まで、たった二人で妖獣を倒したという話は聞いたことがない。君たちはどこから来たんだ? そして、どこにいくつもりなんだ?」


 ーーーーー


「……聞いたら、不味かったかな」

 しばらくの沈黙のあと、エルメルが申し訳なさそうに言う。ノイがシオンをチラリと見ると、シオンも様子を伺うようにノイを見ていた。

「いえ、その、なんて説明したらいいのかわからなくて……」

 ノイは少し迷ったあと、考えながら話し始めた。


「俺たちも、会ってから十日くらいしか経ってないんです。森の中で出会って、ナハトも……それであの、二人とも、なぜ自分が森にいたのか、わからないんです」

 下手に取り繕って辻褄が合わなくなるよりはと、ノイは言葉を選んで説明する。エルメルは信頼できる人だという自分の直感に従った。

「わからない? 記憶喪失と言うことか?」

 エルメルは目を丸くする。

「日常的なことなんかは覚えているんですけど……世の中のこととか、そういうことは……。正直、自分が何者かも、ここがどこかも、よくわかっていないんです」

「……どうりで、妖獣を知らないなんて、変だと思ったんだ」

 エルメルは納得したように呟いた。


「すみません、でもあの、悪いことする気はないし、罪人や怪しい者じゃない……はずなんです」

 ノイが訴えるように言うと、エルメルは顔の前で手をブンブンと振った。

「そんなこと思うものか! 君たちは私とリータの恩人だ。まあ、不思議な二人だとは思ったが、それでもだ。感謝の気持ちはかわらないし、君たちを拒絶する気もない」

 ノイはほっと息をつく。そしてシオンもまた、そんなノイを見てほっとしていた。

「それで、旅の目的地はあるのか?」

「リーティスという村です」

 ノイは久しぶりに、前世で生涯過ごした村の名前を口にする。

「リーティス……?」

「近くに、少し大きいストールバエルいう町があるんですけど……」

「ストールバエル……」

 エルメルは目を閉じて首をかしげ、考え込んでしまった。


「……王都のディルブランドからはかなり離れていたので、わからないですかね……」

「ディルブランド? ノーズルモルク大陸か?」

 エルメルはがばっと顔をあげ、驚いた声をだす。

「かなり遠いじゃないか。ここはポーヒルネン大陸だぞ?」

「ポーヒルネン大陸?」

 ノイも驚いて声が大きくなる。シオンは聞きなれない単語に眉間にシワをよせていた。


「大陸間の移動は、なかなか面倒だぞ。それに……失礼だが、君たちは個人認証カードを持っているのかい?」

「個人認証カード?」

「こういうものだよ」

 エルメルは胸元から一枚のカードを取り出した。銀色の金属で出来ているカードには、十桁の数字と、エルメル、鍛冶屋、トトゥキマトン、1500、と書かれており、国の紋章が刻まれていた。

「……ないです。初めて見ました」

「……そうか」

 エルメルはカードをしまうと、説明を始めた。


「個人認証カードは、国民全員に所持が義務付けられているんだ。国民一人ひとりに番号を割り振ってね、国が情報を管理しているんだよ。君たちも多分、失くしただけで、持っていたはずだ」

 ノイとシオンは顔を見合わせる。


「カードがないと、貴族がすむような大きな町に入れないし、大陸間の移動はもちろん、領地間の移動もできないんだ」

「そんな……」

 ノイは失意の目でエルメルを見る。しかし、エルメルは心配いらないよ、と笑った。

「個人認証カードは、対になる台帳が作られていて、領地を治める貴族が管理しているんだ。貴族の領地から出る時は、事前に申請して自分の台帳を移動先に送ってもらうことになっている。台帳が届いて、カードと照合できない限り、移動先には入ることができないんだ。だから、君たちの台帳もここの貴族がもっているはずだよ」


 エルメルはにっこりと笑って続ける。

「貴族が住む町に行って、名前を伝えれば、すぐ再発行してもらえるよ。多少料金が発生するがね」

 だが、ノイは不安な顔のままで、シオンも困ったような顔をしている。そんな二人を見て、エルメルは少し顔を曇らせた。

「……何か心配なことがあるのかい?」

 ノイが言い淀んでいると、エルメルが遠慮がちにまた口を開く。


「もし手持ちが少ないのであれば、私が払おう。それくらいさせてくれ。もちろん、町までの案内もしよう」

「いえ、そうではなくて……」

 手持ちもないのだが、それ以上に問題がある。多分、ノイとシオンの台帳はこの領地に、いやこの国のどこにもないだろう。


「……また失礼なことを尋ねるが、君たちの名前は、その……本名じゃなかったりするのかい?」

「本名じゃない?」

 シオンが怪訝そうに聞く。

「いやその、もしかして、名前も忘れてしまったのかもしれないと思ってね……」

 ノイとシオンは顔を見合わせて、黙ってしまった。エルメルはそれを肯定と受け取ったようで、少し困ったような顔をして呟く。


「台帳に記載されている名前がわからないとなると……」

「カード、もらえないですか?」

 ノイがすがるように尋ねると、エルメルは眉間にシワを寄せる。

「再発行は無理だと思う。新規での発行はできるが、簡単ではないんだ。私もそこまで詳しいわけじゃないが」

 エルメルは考えながら話す。


「このカードは、所持していることが大前提なんだ。もちろん、様々な理由でその前提から外れることも、再発行が不可能になることもある。だが、決して多いわけではなく、故意にカードを捨てたいがために、わざとそうしたり、嘘をつく奴の方が多いんだ」

「カードを捨てたい人?」

「元々罪人だったりするとね、結構いるんだ。罪を犯すと、カードに記載されるからね。君たちが嘘をついているとは思わないが、一般的に新規での発行は罪人を疑われる。厄介なことに、余程の大罪人でもないかぎり、嘘なのかどうかを確認する術はほぼないからね」

「そんな……でも、できないわけではないんですよね」


 ノイはショックをうけつつも、食い下がる。

「……ああ、だがかなり慎重だ。貴族のいる町で、一定期間監視されておく必要がある。その間、普通に生活することはできるが、町から出ることは許されない。そして、貴族も受け入れたがらないというのが現実だ」

「一定期間って、どのくらいなんですか?」

「例外もあるが、一般的には十年と言われている」

「十年!?」

 ノイは絶望的な声をあげる。エルメルはそんなノイを見て、辛そうに頭を下げた。

「それに、君たちは妖獣も倒しているから……」


 エルメルの言葉はもうノイには届いておらず、十年足止めされるのかと、呆然としていた。

「そんなもん、無視して入れねーのか?」

 シオンが口を開くが、エルメルは首を降る。

「領地間の移動も大陸間の移動も、潜り込めないわけではないだろうが……そんなことをすれば、それこそ罪人だ……」

 しばらく、誰も声を発することはなかった。前世の自分が死んでからの制度だろうかと、ノイは唇を噛む。ここにきて、大きな壁にぶつかってしまった。


「……いやまてよ、確かアルベルトは……」

 ハッとしたようにエルメルは顔をあげて呟く。

「そうだ、ユスティーナに頼めば……いやしかし、今はクリスタが……」

「何か、いい方法があるんですか?」

 ノイがすがるように聞くと、エルメルはノイに何かに迷っているような顔を向ける。

「あ、あぁ、いや……まだ不確かなことだから、控えさせてくれ、すまない……ノイ、この話は村に帰ってからにしよう」

「でも……」

 今にも泣きそうな声でいうノイに、エルメルは真剣な眼差しを送る。

「私もできる限り尽力する。約束だ。だが、今日はもう寝よう。明日も一日移動だ」

 ノイは、はいと小さく返事をすると項垂れた。エルメルはリータを抱いて立ち上がり、ノイの肩をぽんと叩いてエレオノーラの元へと歩いていく。シオンはごろんと横になり、空を眺めていた。


 つけたままの焚き火が、パチパチと響く。ノイも横になりエルメルの心強い言葉を反芻して落ち着こうとするが、胸から不安のもやもやは消えることがなかった。

ヨシスケの村と近くの大きな町の名前は初めてだしました。

あれっと思った方、すみません。

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